第5話 そしてセシリアは運悪く ★



 現れたユンは、今度はちゃんと正しく制服を身に纏っていた。

 深い青を基調にした騎士服だ。


 彼が所属するのは『騎士科』。

 ボタンはゼルゼンと同じく銀色で、上着には白い糸で簡素だが品のある刺繍が入っている。

 ひざ下まである茶色の皮ブーツも、とても動きやすそうだ。


「うん、似合ってるね」

  

 セシリアがそう言うと、彼は嬉しそうに「そうだろう!」と胸を張った。


「帯刀もしたし、全ては準備万端だぜ!」


 そう言って触る腰に下げた黒鞘黒柄の剣には、伯爵家の家紋が入っている。

 これこそ彼が、伯爵家に認められた護衛騎士である証だ。



 と、ここで着替えに戻ったメリアも合流する。


「セシリア様、お待たせし――って、ちょっとユン邪魔」

「何だとっテメェ!」


 現れるなりの一言に、ユンはすかさず嚙みついた。

 せっかく今まではちゃんと騎士に見えていたのに、あっという間にいつものユンである。



 二人は相変わらずの仲が良いようである。

 が、流石にちょっとここまでヒートアップしてくると宜しくない。


「二人とも、ここは曲がりなりにも学校の寮内。貴人が住む場所だから一応それなりに防音はされているけど、もし他の部屋にまで聞こえたら何事かと思われちゃうわ」

「あっ……申し訳ありませんセシリア様」

「すまん、セシリア」

「分かればよろしい」


 そんなやり取りをして、セシリアは「さてと」と言って立ち上がる。



 そのタイミングに合わせて椅子を引いた後、ゼルゼンは用意してきたセシリア分と自分のカバンを手に持った。

 

「じゃぁ少し早いけど、そろそろ行きましょうか学校へ」

「はい、セシリア様」


 そう言いながら歩きだしたセシリアに先行して、メリアが先を歩き扉を開けに行く。

 その後ろではゼルゼンが、ユンに向かってこう言った。


「ユン、間違っても登校初日から暴れるなよ?」

「おいおいゼルゼン、俺の心配よりセシリアの方を注意しろよ」

「セシリアに関してはもう諦めてる」


 遠い目をしながらそう言ったゼルゼンに、ユンは「諦めるなよ!」と突っ込みを入れる。


 そんな中、セシリアは扉を開けてくれたメリアにこう言った。


「メリアも制服、似合っていますよ」

「そうですか? ちょっと私には可愛すぎるのではないかと思ったのですが……」


 言いながら、彼女は思わずといった感じで苦笑する。



 メリアが入るのは『メイド科』だ。

 基調カラーは『執事科』と同じ、黒。

 『メイド科』には女のみが、『執事科』には男のみが入る事を許されるため、色が同じでも問題は無いという事らしい。


 それに、基調は黒だが、その上に着ているエプロン部分が白なので色比率は半々である。

 だから遠目に見ても見分けは十分付くだろう。


「確かにうちのメイド服よりエプロンの裾のフリルが多いけど、真面目で冷静なメリアに可愛い服というギャップ、とっても良いと思うけど」


 セシリアがそう言えば、メリアの仕事モードだった顔がほんの少し表情を崩す。


「そう……ですか。しかしそれは、何だかちょっと恥ずかしいですね」


 その言葉の通り、彼女は確かに恥ずかしそうな顔をしていた。

 しかし同時に嬉しそうでもある。


 そんな彼女の顔に満足しつつ、セシリアは開けてらったドアをくぐった。



 ◇



 セシリアを筆頭に後ろ左右にユンとゼルゼン、最後尾にメリアという位置取りで、一行は外に出た。

 入学式が執り行われるまでは、まだ1時間ほど余裕がある。


 何故そんな早い時間に部屋を出たのかというと、セシリアが「先にザッと校内を歩いておきたい」と言ったからだった。


 敷地内の地図は配布されている。

 が、それはあくまで平面上の物でしかない。

 見てみるとイメージと違う所があったり、地図だけでは分からない事もあるだろう。


 知識欲の権化としては、どうしても自分も目で把握しておきたい。

 それが、この早出の理由だった。


 しかしその、彼女の朝っぱらから迸る知識欲が仇となる。


 

 特にどこに行きたいという事もなく、「とりあえず校内を回りたい」というセシリアのオーダーはすぐに通った。

 その結果「東の端からから順番に散策してみよう」という事になり、散策から約30分後、後者の西側、廊下に面した中庭でセシリアは遭遇してしまったのである。


 例のあの騒動に。




 中庭に面した廊下を通ろうとちょうど角を曲がった時、セシリアは異変に気が付いた。


 不自然に集まっている、色とりどりの制服を身に着けていた人々。

 その殆どが、顔に不安や恐怖を張り付けている。 

 遠巻きに何かを見ながら、事の成り行きを見守っているという雰囲気だ。

 


 そんな彼らの隙間から、おそらく元凶なのだろう人物たちが見える。

 

 日の当たる中庭で、対峙する二つの勢力。

 否、『勢力』と言うには片側が些か弱すぎるだろう。


 綺麗に整備された芝生の上に、緑色の制服を着た少女が尻もちをついていた。

 対してそれに対峙するのは、それを見下ろす数人の令嬢とそのお付き達だ。

 日の光が差し込んでいるため、前者が浮かべる恐怖の顔も後者が浮かべるニヤリ顔もくっきりと見えている。



 紛れもない一対多の構図であり、平民も入学できる農業科の緑の制服である『一』に対し、『他』の筆頭は貴族しか入学できない貴族科の赤を身に纏っていた。

 

 しかし「平民も入学できる」とはいっても、農業科の生徒の全てが平民だけで構成されているという訳では無い。

 その証拠に、セシリアは彼女たち双方共の事をとても良く知っていた。


 緑の方が男爵令嬢、赤の方が伯爵令嬢とその取り巻き令嬢達だ。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428161806725


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