第4話 騒々しい護衛騎士
ゼルゼンの内容はこうだ。
今日は学校の入学式で、始業式の開始が9時から。
その後クラスでオリエンテーションがあり、午前中で全ての授業が終了する。
それ以降は自由となるが、これは社交でのつながりが深い上級生に貴族が挨拶回りをするための時間である。
「上級生への挨拶……ね。面倒だけど、そういう風習がある以上サボるという訳にもいかないわね。そして時間が限られている以上、優先順位も付けなければ」
「そうだな。家同士の付き合いについては、毎年の社交場での挨拶に倣って、セシリア個人がする必要は無いんじゃないか?」
「そうね。となれば、後は個人の人脈についてだけど――」
などと、ゼルゼンと二人で話していた時だった。
この部屋に面した扉は全部で7つ。
その内の一つがバンッと開いた。
「ヤベェ、寝坊したっ! っていうかゼルゼンお前、何で起こしてくれないんだよ?!」
そう言いながら出てきたのは、深緑色の短髪に水色の瞳をした青年だ。
起きがけの上に、おそらく慌てていたのだろう。
シャツの前ボタンがまだ止められていないせいで上半身がはだけ、鍛え抜かれた肢体が晒されている。
やはり二人同様に、まだ幼さの残る顔立ちだが、3人の中では最も背が高く肩幅も広い。
騒々しい登場に、セシリアは思わずフッと笑ってしまう。
あまりに彼らしく、あまりに日常的である。
「俺は起こしたぞ、5回も。それでもお前が『あと5分ー』とか言って起きないのが悪いんだ。俺にだって仕事があるしな」
「っていうかユン、早くボタンを止めなさい! 主人の前で無礼ですよ!!」
「あっ、そうだった! 悪いセシリア!!」
ジト目を向けたゼルゼンの声と、額を抑えながら告げられたメリアからの指摘。
それらを受けた護衛騎士……の筈のユンが謝ってくる。
大雑把な彼でも流石に、一応朝食中の主人の前で上半身を晒すのが良くない自覚があったのだろう。
慌ててシャツの前ボタンを止めている、のだが。
「まだ遅刻というほどの時間じゃないし、急がなくても大丈夫よ。だからちょっと落ちついて。おかしなことになっているから」
思わず笑いながらそう言えば、ユンは自分の胸元を見てまたハッとした。
ユンが急いで止めたボタンは、残念ながら止める位置がズレている。
それも、二つも。
彼はよくセシリアを、まるで口癖のように「危なっかしいヤツだ」と言っているが、ユンだって実はあまり人の事が言えない。
「そんなそそっかしいところも私は割と好きだけど、外では気を付けないとダメよ?」
「わっ、分かってる!」
そんなやり取りをしつつ、セシリアはまた食事を一口口へと運んだ。
朝食が終わり、セシリアは本格的に身支度に入る。
洗顔の後、メリアに肌を整えてもらい髪を再度梳いた後でハーフアップに結わえてもらった。
着ていた白いブラウスの首元に黒地に金色の縁取りがされたリボンを結び、上から赤石がはめ込まれたタイブローチを付けた後、スカートと同じ赤のベストを着せてもらう。
これで出来上がりだ。
「ありがとう、メリア」
「いいえ。素材が良いと、着飾るのも楽しいものです」
微笑んでそう言った彼女にセシリアは「そんな風に煽てても大したものなんてあげられないよ?」とクスクス笑う。
そして「貴女もそろそろ準備していらっしゃい」と言葉を掛けた。
すると彼女は、一礼の後に部屋を辞去する。
寝室を出れば、リビングでセシリアのカバンを用意していたゼルゼンが振り返った。
「赤なんて普段のお前は着ないけど、意外と中々似合ってる」
この学校では全部で5つの科が存在し、見た目ですぐに所属科が判別できるようにとそれぞれ異なる色を基調とした制服が用意されている。
セシリアが所属するのは貴族だけが所属する『貴族科』で、赤を基調にしたデザインだ。
その色合いが、どうやらゼルゼンには新鮮だったらしかった。
そんな彼に「ゼルゼンの制服もね」とセシリアが言葉を返すと、彼は「俺?」と首を傾げて自らの服を確認する。
「制服とはいえ俺のはあくまでも執事服だし、そんなに変わらないんじゃないか?」
「そんな事無いよ。いつもの燕尾は無いし、タイだってループじゃなくてクロスタイ。結構違うよ?」
ブラウス白とボタンの銀以外は全て黒で統一された執事服の彼に、セシリアはそんな風に答える。
そう、ゼルゼンもセシリアと同じくこの学校指定の制服を着用している。
彼だけじゃない。
セシリアに着いて王都に来た3人全員が、今日からこの学校の生徒である。
因みに、ゼルゼンの所属クラスは『執事科』だ。
と、ちょうど自分のカバンを持ったユンが自分の部屋からリビングに出てきた。
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