第3話 主人と真面目メイドの小さな勝負



 そんな彼を眺めながら、セシリアは紅茶をゆっくりと飲み終えた。

 いつもは紅茶を飲んだらベッドから下り、着替えてから鏡台の前へと座る。


 そのルーティーンは今日も同じだ。

 しかしゼルゼンにセシリアの着替えの手伝いは出来ない。


 と、ここでちょうど、部屋の扉がノックされた。


「入って」

「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、セシリアよりもほんの少し背が高い女性だった。

 


 黄み掛かった茶色のセミロングに釣り目がちな琥珀色の目をした人で、メイド服を身に着けている。

 ゼルゼンと同様に少しだけ幼さが残る顔立ちだが、背筋をピンと伸ばしているからか、それともその瞳に真面目さが宿っているからか。

 どこか凛とした雰囲気を感じさせて、彼女の大人っぽさを強調していた。


「おはようございますセシリア様」


 綺麗に従者の礼をした彼女に、セシリアは「おはよう、メリア」と声を掛ける。



 彼女もまた、ゼルゼンがいう所の『同期組』の一人である。


 もちろん建前があるから他の使用人たちの前では晒せない関係性だが、彼女も同じくセシリアとは主従関係である以前に友人だ。

 だから少なくとも他の目が無いこの場でなら、彼女はセシリアに普通に話す事だって許される。

 しかしそれでも、彼女はいつもセシリアに対してはこうして礼を尽くした態度を取っていた。


 しかしゼルゼンには要求した『完全なる友達付き合い』も、セシリアが彼女に強制する事は無い。

 セシリアは知っているのだ。

 この真面目さこそがメリアの個性なのだという事を。



 メリアが入ってくるのと入れ違いでゼルゼンが退室して、部屋は二人きりになった。

 そして流れるようなスムーズさで、メリアはゼルゼンが用意していた白いブラウスとふくらはぎまでの長さの赤いスカートに、主人を着がえさせていく。


「――ありがとうメリア」


 不意に、セシリアがそう言った。

 するとメリアは、相変わらずの真面目顔で「何がです?」と聞いてくる。


「ここまで着いてきてくれた事よ。貴女は本来パーラーメイド、食事やティータイムの給仕が仕事でしょう? 少なくとも主人の服の着せ替えなんかのレディースメイド領分まで仕事を請け負う必要は無い。でも私、ここ数日貴女がしてくれるお世話に私、何の不自由も感じていないもの。それって貴女が、事前に沢山訓練していてくれたっていう事でしょう?」


 しかも、真面目なメリアの事である。

 おそらくその練習時間は、自分本来の仕事が終わった後に捻出したものだろう。

 

「ここに来る前にあった集中特訓の他に、アヤが練習に付き合ってくれましたから」

「そう……じゃぁアヤに、後でお礼の手紙を送らなければ」

「い、いえ、主人にそのような……!」

「良いのよ、だってこれは、私個人が『友人』に充てる手紙だもの。ゼルゼンがグリムから定期的な手紙報告を頼んでいたから、それを出す時に一緒にね」


 セシリアがそう言うと、メリアはおそらく知らなかったのだろう。

 右手でおでこを支えるような格好で、呆れ交じりに「グリム……」と呟く。


「ほら、グリムも『来たい』って言ってたけど、庭師は流石に帯同の理由が付けられないから」


 だからまぁ、せめて手紙くらいはね。

 そう続けたセシリアに、メリアは「はぁ」とため息を吐く。


「あんまりグリムを甘やかさないください、セシリア様。アイツの場合、来たかった理由なんて『セシリア様の傍は面白そうだから』などというどうでも良いものなのですから」


 そう言った彼女を「まぁまぁ」と宥め、セシリアは良い事を思いつく。


「メリアも一緒に手紙を出しましょう。そうすれば貴女たちの財布に響かずに済みますし」

「し、しかしそれは――」

「貴女が『主人にメイドが便乗するなんて』と思っている事は分かります。が、どうせ私が手紙を出すことは今しがた決定事項になったのですから、メリアが書こうが書かまいが掛かるお金は同じですよ?」


 セシリアがそう言うと、メリアはグッと押し黙った。

 そして数秒後、こんな答えが返ってくる。


「……分かりました、用意しておきます」

「よろしい」


 攻防戦の勝利を勝ち取ったセシリアは、ひどく満足げな様子である。



 そんなやり取りている内に、着替えと髪を梳かし終わった。

 二人して寝室を出て、隣室・リビングへと出る。



 食事用のテーブルは、朝日でも明るい窓側に設置されている。

 机上にはテーブルクロスにランチョンマット、そしてピカピカに磨かれた銀食器。

 既に朝食の準備が済んでいる。


 これはメリアの仕事の範疇だ。

 おそらく着替えを手伝う前には既に済んでしまっていたのだろう。

 流石はメリア、優等生の手際の良さが窺える。



 今日は実にいい天気だ。

 そんな風に思いながらセシリアが歩いていけば、ゼルゼンが椅子の前で待っていた。

 不自由にならない絶妙なタイミングで彼が椅子を引いてくれるので、セシリアはすんなりと席に着く。

 そしてメリアが運んできてくれた朝食を口へと運びつつ、今日の予定をゼルゼンから聞いた。


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