第2話 おはようとデレ執事
僅かな陽光に覚醒を促されて目を開ける。
視界に映るのは見慣れた天蓋……ではなく、かざりっけの無い天井だ。
それを見て、セシリアは「あぁそうだった」と思い出した。
彼女の住まうプレリリアス王国には、『貴族家の子女は満12の年になると学校に通う』という風習がある。
王都に立つその建物は、基本的には全寮制。
成人の満16歳までに必要な知識を学んでいく。
そこに、セシリアは3日前に入ったばかりだ。
「全く慣れない……」
起き掛けの風景にそんな感想を呟けば、すぐに「それはお前がここに居るのが憂鬱だからなんじゃないか?」という声が返ってくる。
それは彼女の心を良く理解した言葉だった。
故に、思わず「どうにもならない現状への不安を指摘しないでほしい」なんてちょっと理不尽な感想をこの執事に対して抱いてしまう。
こげ茶色の髪と瞳。
もう大人と呼んでいいくらいまで背は伸びて、元々セシリアよりも高かった背丈が今は頭一つ分ほどの差になった。
それでも顔にはまだ少年らしさが少し残る。
「ゼルゼンって、何だか年々意地悪になる気がしてならない」
「もし本当にそうだとしたら、それはお前の日頃の行いのせいだよ」
「ほらまた意地悪」
言いながら体を起こし、スッと手を前に出す。
と、ティーカップが差し出された。
起きがけのティータイム、目覚まし代わりの一杯。
それをゼルゼンは当たり前に提供し、セシリアは当たり前に享受する。
このやり取りは、ゼルゼンが彼女の専属執事になって以降、2年も続く光景だ。
それ以前に、二人はもう8年来の付き合いになる。
勿論付き合いの長さだけが全てではないが、その他の部分を加味しても、彼ほどセシリアを理解できる人間は居ないだろう。
そんな彼が、ニヤリと笑って彼女を揶揄う。
「そんなにこの俺が嫌なら『いつでもどこでも主人と使用人』でも、俺は別に良いんだけどな?」
そうして茶化す辺り、彼は彼女がそれを了承するとは全く思っていない。
そして彼女は、まさにその通りの言葉を返す。
「冗談じゃない。友達に四六時中そんな態度で居られたら私、息が詰まって窒息しちゃうわ」
そう言ってコクリと一口紅茶を飲んで、投げやり気味にこう続ける。
「いつ無断で城下に下りてもおかしくない状態になるわね、間違いなく」
「それは是非とも勘弁してくれ」
主人の爆弾発言に、ゼルゼンはすぐさま拒否をする。
実は去年の社交期間中、領地から王都に出てきた際に一度、そのような事態になった事がある。
セシリアの考えや行動を予測するのが得意なゼルゼンなので幸いにもすぐに見つけたが、その後セシリアの父でありゼルゼンの雇い主でもある伯爵家当主・ワルターから、主従揃ってこっぴどく叱られた。
ゼルゼンに至ってはその後筆頭執事のマルクにまで叱られて、本当に本当に、そりゃぁもの凄く大変だったのだ。
だから彼はアレの二の舞は断固として阻止せねばならないのである。
真に迫ったゼルゼンの声色を受け取って、セシリアは思わず笑ってしまう。
「分かってるわ。降りる時はちゃんとゼルゼンに相談するから」
「いや、警備上は降りないに越したことはないんだけど」
「降りる時はちゃんとゼルゼンに相談する」
「あぁ降りるのは確定な訳なんだな……?」
セシリアの頑なな断言に、彼は思わず苦笑した。
今年16歳になるゼルゼンは、もう執事服に着られるような事も無ければ、手つきはベテランのソレに近い。
しかしそれでも、主人に振り回される日常からは未だに解放される気配がないのである。
しかしそれでも、彼はセシリアがそういう人間だと分かっている。
だから「仕方がない奴だなぁ」と思うだけで全てを済ませ、彼女の肩に上着を掛けつつこう言った。
「ついに今日からだな、学校」
その声に、セシリアはただ「うん」とだけ答えてみせる。
ここに来た理由こそ、その学校に通う事だ。
が、登校初日の朝であっても、セシリアは決して晴れやかな気持ちになれはしない。
「風習だから……」
この後に続くのは「仕方がない」である。
貴族にとって学校は、相応の理由があれば入学せずとも良い場所だ。
しかし同時に、相応の理由が無ければ半ば強制的に通わされる場所でもある。
「同年代が集まって共同生活をするなんて、どう考えてもトラブルの元にしか思えないのよ」
そう言って口を尖らせた彼女を、ゼルゼンは「まぁまぁ」と宥めにかかる。
「でも、伯爵方からは『あの場で他の人たちと交流するのは貴族の義務だよ』と言われ、キリル様とマリーシア様からは『私たちも我慢したのだから』と言われたんだろ?」
「そうなのよ。それで拒否なんて、まさか出来る筈も無くて」
だから安息の地・オルトガン伯爵領から出て、王都へとやってきた。
学校生活は、一年で通算4か月。
それ以外でも学校内で自習をする事は出来るが、セシリアはそれに付き合うつもりはない。
しかしそれでも、学校の期間と被らずに4か月の社交期間がある。
領地で生活できる時間はほんの僅かだ。
領地が好きなセシリアにとってはそれも、学校が憂鬱な理由の一つだった。
そんな彼女に、ゼルゼンは「まぁでも」と努めて明るい声で言う。
「今年は、最高学年としてマリーシア様が校内にいらっしゃるし、お前の身辺だって『同期組』で囲ったんだ。それだけでも良かったと思えよな」
「それにはホントに感謝してる。着いてきてくれてありがとう」
セシリアはそう言うと、フッと彼に笑みを向けた。
するとゼルゼンは、まさかここで感謝されるとは思っていなかったのだろう。
顔をプイッと背けて「うん……いや、まぁ、仕事だしな」などとゴニョゴニョ言う。
努めてポーカーフェイスを浮かべているが、彼女から背けたその横顔には僅かに口角がフヨついている。
それに耳だって赤い。
それ以外にも色々諸々、彼が思わぬ感謝に驚き動揺し照れている事など、セシリアにはお見通しである。
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