これはほんの発端 ①
私は今歩いている。
アスファルトで固められた地面を私の意志で。いや、とはいっても「私」の意志ではない。私がケーキ屋の角を曲がることも、ふとあの目立たない場所にありながらも、何か惹きつけるしとやかさがあるあの花に目を向けていたこともこの子の潜在している意識からであろう。
とりあえず家をでてみようと思ったのは、これはまた誰の意思だったのだろう。家の誰かに出会わないようにと願いっていたが、それは杞憂でおわった。ふと、覗いたリビングは生活感がまるでなかった。モデルルームのような作られた生活感のなさではない。本当に誰も、生活していないようだった。私は、ふと脳裏をかすめた朦朧とした記憶に、自然に背筋を凍らせた。リビングにとりあえず、足を踏み入れようかとも思った。それでも、この子の意思と私の意思は、早く外の空気を吸いたがっていた。
しばらく歩いていくと、いつの間にか住宅街はおわり、両側には綺麗に手入れが行き届いた木々が、一本道を作り始めた。それは、まるで私を誘うような深い緑の木々だった。
私の足取りは軽くなってきた。
見えた。
私の想像そのものの、あの、学園が。学校名が掲げてあったわけではないけど、私の中には一抹の疑いもなかった。ここが、私の学校。目の前まで来ると、茫然としかし目にしっかりと光は宿し、その西洋風な校舎をみつめた。見つめていると、転生したことについての思考を捨ててはいいのではないかと思い始めた。しかし、私がそのまま転生したのではなく、私が誰かの思考を乗っ取った状態だということも、まぎれもない事実だ。複雑に絡み合った糸を断ちきるためか、私の思考に共感したこの子の結晶のかけらか、それとも現世への未練か。私から一筋の涙が零れ落ちた。
「ジュリア!」
綿あめのようなふんわりとした声が聞こえたかと思うと、猛獣かと思わせる突進とともに誰かが私の腰に手を巻き付けた。何事かと、後ろを振り返ったが、空気を含んだブロンドの髪の毛が見えるだけで顔が見えない。女の子だろうか。
返答せずにいると、
「ジュリア!どうかしたの?」
と再び、声がしたかと思うと、目の前に顔をのぞかせた。
か、かわいい…
丸い目をしたルビー色の目をした美少女だった。その顔を見て思い出した。彼女はルウムだ。確か、この校舎前で最初に出会う登場人物、そして主人公の親友。私は自分がその場面をゲームで見たことを思い出した。その後の展開もみたはずなのに、霧がかかったようにぼやけてかすんでいる。そこまでの思考を私はほんの数秒の間に巡らせ、彼女に何も言わないのはまずいかと思いにっこりとほほ笑んだ。
「何かしら、ルウム?」
よし、なんて完璧で当たり障りのない返答。笑顔もきっと素敵だと…
「気持ちわる!」
私は耳を疑った。ルウムは何か気持ち悪いものを目にしたかのような顔をしながら、そう言い放った。しかし、すぐに言い過ぎたと思ったかのような表情をし、続けた。
「ごめん、ジュリア、でも熱でもあるの?いつも凍った彫刻のような顔してるのに。」
ルウムは一瞬の間に表情を変え、本当に私を心配しているようだった。
なるほど、ジュリアは笑わない。前の私も笑うことは少なかった。
でも、私となったジュリアは笑えばいいのだろうか。
私はルウムに向かって、さらに口角をあげるといった。
それに、彼女はおかしいな、とふんわりと笑いながら私の手を取った。
「今日から、笑うことにしたんだ」
私にもう一度選択権を!~推しを忘れた異世界学園ライフ~ @kyogetsu8
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