生きているけれど ②

 

 目が覚めた。目線の先には混じりけのない純白の天井が映る。

 ここは、病院だろう。私はそのまっさらな天井の色を見てそう確信し、安心感とともにゆっくりと目を閉じた。車が突っ込んできたことは覚えている。そして、その車が私を宙に舞わせたことも。改めて自分の身に何が起こったのかを思い返すと背筋が凍った。その背筋を温めるように私は深く、息を吸い、ゆっくりと吐いた。一旦呼吸を整え落ち着くと、私は再び目を開け天井に目線を向けた。

 あれ?おかしいぞ。

 おかしなことに気が付いた。私は思考に集中するためにもう一度目を閉じた。

これは一体どういうことだろう。痛みをまったく感じないのだ。まったく、つねるほどの痛みさえ。もしかして、今まで訪れてはこなかった、幸運というものがこの事故が起こると同時に一気に駆け付け、私に奇跡を起こしてくれたのだろうか。目を閉じたまま私は手を握っては閉じて、指を一本ずつ動かしてみた。ついでに足もベッドから浮かせてみた。動く、動くぞ。やっぱり、幸運は私の元へ訪れたようだ!

私は高揚して、勢いよく起き上がった。そして瞬時にどこも痛くないことを悟り目を開けた。

「は?」

思わず、口から声が漏れた。

数秒前の高揚感はその数十分の一の時間で消え去った。同時に寒気とも何とも言えない感覚がわたしを襲った。まるで背筋にまだ、凍った部分が残っていたかのように。

私の前に広がっていた光景は殺風景な病室ではない。ましてや、お金持ちがいるようなVIPルームでも。

 それはかわいらしい部屋だった。白を基調にした艶のある家具、窓から差す日の光をきれいに反射する上品な色のカーテン。そして、私が寝ていたベッドの横にあったドレッサーの鏡に映った顔は私のものではなかった。美意識が変わって美しく見えたのではない。派手ではないものの端正でどこか気の強さを感じさせる、美少女だった。

落ち着かせるために目を閉じて思考を巡らせたいが、次第に高ぶっていく鼓動がそれを拒否し、私は部屋を見渡した。どこか見覚えのあるその部屋を。

「夢なのかしら」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、私は恐る恐る立ち上がった。幸か不幸か、私の足が下りた先は崩れ落ちることはなく、上質なカーペットが全体重を支えてくれるような感覚だった。私の夢はいつも、もっとぐにゃぐにゃしている。

もしかして、私はあの時死んで天国に来てしまったのかもしれない。いままでそんなことは考えたことはなかったが、非現実的なことは変わらないのにそう考えるのが一番自然なのではないかとさえ感じられた。

 立ち上がると、ドレッサーの上に手帳があった。私は躊躇いつつも手に取り開いた。するとそこには、さっき目にした顔が思いっきり口角を挙げた写真が挟んであった。ペラペラっとページをめくると、カードがするっと抜け落ちカーペットの上に落ちた。拾ってみるとそれは、学生証のようだった。

さきほど見た写真とは異なり、どこか寂しげな、端正な顔も相まって氷のような表情をした「私」であった。だが、そのことを考える暇もなく次の瞬間私の頭が稼働し始めた。

「レインボウクエスト学園 2年B組 ジュリア・ユーゴ」

記憶が戻ってきた。私が、あの時、ゲーム主人公に付けた名前、そしてタイトルにもなった学園の名前。そして、なんにせよ、物語はこの部屋から始まっていた。これは、夢でも、天国でもない。私はゲームの世界に入ってきてしまった。考えもしなかった、圧倒的な非現実世界に入ってきてしまったのだ。理性がこの事実を否定しようとするが、一方で目の前に広がる事実はそれを肯定しようとしてくる。


これは、転生だ。




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