私にもう一度選択権を!~推しを忘れた異世界学園ライフ~

@kyogetsu8

生きているけれど ①

 鏡を見る。大してかわいくもなく、化粧映えもしない顔だけど、毎朝鏡を見ることは欠かさない。手を伸ばして鏡に触れる。これは、鏡の冷たさなのか、それとも私の心の冷たさなのか。このまま、いつか見たアニメみたいに吸い込まれ何もかもが正反対な場所に行きたい。何もかもが違って、このくだらない毎日を引き換えに。

 私はこの日も変わらぬ、今日を過ごすはずだった。退屈で死んだ方がましだとおもえるような日を。会社では隠れてない陰口を背中で受け止め、可愛いあの子の失態に寛容なふりをして、上司の指導という名の嫌味に愛想笑いして、ただただ生きていた。

けれど、今日はそんなことどうでもよかった。お昼休みになると同時に私はトイレに駆け込んだ。ここならだれにも邪魔されない。スマホの明かりが顔を照らすと、鬱々した気分もいくらかは和らいでいった。

なぜかって?

画面はパステルピンクの背景とともに、まばゆいばかりの文字列が表示された。

「レインボウクエスト学園~はじまる君の学園物語~」

 そう、今日は私が待ちわびた乙女ゲームの配信日だ。この日のために私は生きてきたのだ。理不尽な社会に耐えて、私は今日のために。この瞬間のために、生きてきた。

 チュートリアルで、キャラクターが表示された。どのキャラクターも魅力的だ。しかし、このゲームでは一人を攻略対象として選ばなければならない。

 悩む。早く物語を進めたい気持ちと、熟考したい気キャラクター。10分ほど悩んだ末に私は、後者を選んだ。休み時間がそろそろ終わるころだと気づき、私は急いで、そのまま仕事場へと向かった。戻る際、可愛い同僚とすれ違った。いつもならうつむきながら会釈だけだけど、今日はなぜか大きな声が出てしまった。

「お疲れ様です!」


そういえば、私はショートケーキのイチゴは後から食べるタイプだった。



 帰り道、冷たいはずの風が涼しく感じた。うるさいはずのイルミネーションもいつになく素敵だと思えた。

 今日?じめて、同僚に夕食に誘われた。誘いづらかった、そういわれたが私の陰口を言ってるやつもその中にいたことも分かっていた。それでも、普通の仲間入りができた気がしてこそばゆかった。一瞬、ゲームのことが頭を過ったが、断ってしまうのも後ろめたかったので、私は彼女らと食事にいった。あの可愛い子が酒豪であったことも、陰口言っていた人が気配り上手であったことも初めて知った。

こんな毎日が続くのかと思うと、嬉しかった。何が解決したわけではないけれど。


  駅に向かう横断歩道には誰もいなかったし、車もくる様子もなかったしかし、信号が赤になったから私は立ちどまった。

 私はとっさにスマホを取り出し、キャラクター選択画面を表示した。どれも捨てがたい。どれも素敵で、魅力的だ。だけど、私はこの人を選ぶ。

私はキャラクターのうちの一人を押した。さあ、これが私の推しだ。

「…さん!危ない!」

後ろからあの、可愛い同僚の澄んだ声が聞こえた。振り返ろうとした瞬間私は飛んだ。物理的に。思考を巡らせる間もなく意識が薄れていった。何が起こったのか。薄れていく意識の中で、スマホの画面が見えた。推しの限定ヴォイスが聞こえる。しかし、可愛い同僚の声でかき消され、何をいっているのか私にはわからずじまいだった。

死ぬの?死にたいと思ったけど、私、生きていたいのだけど?



「続いて、ニュースをお伝えします。昨夜11時ごろ、丸丸市の道路でパトカーを振り切り、逃走していた車が歩道に乗り上げ、女性が一人引かれました。なお、この女性は意識不明の重体でしたが、先ほど県内の病院で死亡が確認されたそうです。次のニュースです…」







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