第2話「それでも生きていく その2」



「宗光、最近どうだ」

「親父、またそれかよ」


 縁側で腰かけていた宗光に、父親の康治が歩み寄る。一人で日向ぼっこをして落ち着いていたが、実家を訪れる度に自分に構う父親を少々鬱陶しく感じてしまう。


「ちゃんと食べとるか。体には気をつけなあかんぞ」

「それはこっちの台詞だよ。親父の方こそしっかりしてんのか?」

「昨日も夜中まで懐かしの資料を読み漁ってしまってなぁ」

「ちゃんと寝ろよ」


 自身の老体を労ることをせず、呑気に笑い転げる康治。呆れた宗光は父親に小声で叱る。康治はシマガミの研究者で、ライフ諸島の伝承やシマガミの正体について研究を行ってきた。


「でもな、実に興味深いことばかりなんやぞ。ライフ諸島がどうやってできたか知っとるか?」

「また始まった。隕石の衝突だろ?」


 康治の語りに宗光が苦笑いする。どうやら息子に何十何百と語り続けていることらしい。しかし、宗光は呆れながらも耳を傾ける。同じことを何度も話す父親の病気は、治す術がない。唯一できる抵抗は、諦めて何度も聞くことだ。


「あぁ。何十もの隕石の衝突で地殻変動が誘発され、海底火山で形成された島々。それが発覚してから、今まで謎だったシマガミの正体もベールが解かれつつある。隕石に封印されていた地球外生命体、つまり宇宙人であったとする説があるんだよ」


 声に熱を上げていく康治。対して宗光は子どもを相手にするような態度だ。


「ふーん、それにしては竜の姿をしてたり魚の姿をしてたり、宇宙人らしくない宇宙人ですな」

「まだ馬鹿にしとるか。これは有力なんだぞ」


 それでも、宗光の口元はかすかに緩んでいる。何度も聞かされたあくびの出る話だが、こんな何気ない一時が大好きだった。本心としては父親を誰よりも尊敬している。




「何度も言うが、約束してくれるか?」


 そして、あのことを口にする。


「宗光、キオス島だけは、何が何でも守ってくれ……」


 キオス島が海の底に沈むことは、何が何でも阻止してほしい。康治が唯一真面目なトーンで話していたことだ。


 康治の研究から判明した事実。キオス島のシマガミと生け贄の契りを交わされ、それを解放してしまった後に、キオス島を含むライフ諸島の島々全てが海の底に沈む。

 キオス島のシマガミは全てのシマガミを統括する存在らしく、その魂が消滅すると、島々自体の命が消えてしまうという。


「……あぁ」


 そのことだけは宗光も信じ、真面目に返事をする。先の短い老いぼれが、キオス島の死守を何よりも願っている。宗光は時期町長として守り抜くことを決意した。康治が亡くなってからは、その思いがより強固なものとなった。


“親父、絶対守ってみせるよ。どんな脅威が立ちはだかろうと、キオス島を……ライフ諸島を守ってみせる”




 しかし、キオス島を含むライフ諸島全ての島々は、深い海の底へと姿を消した。




 そう、清史の手によって。







 誰もがライフ諸島で各々の信念を持っていた。幸せな生活を築いていた。一人の少年の手によって、海に沈められるまでは。


「なぁ、千保」


 清史は自宅で千保に問いかける。千保は清史の隣でソファに座り、清史の弱々しい声に耳を傾ける。


「俺のしたことは間違ってたのか? あの島々では、たくさんの人達が生活してたんだよな。家族と笑いあったり、恋人と愛し合ったり、大切な人とかけがえのない約束をしていた人もいた」


 清史は千保と共に、ライフ諸島で宝玉探しの旅に出た。千保との絆を深めていくうちに、彼女の残酷な運命を知った。その運命から救いだそうとして、結果的にライフ諸島を海に沈めた。

 幸い救助がうまく働き、死者は一人も出さなかった。しかし、多くの人々の心に悲しみを生んでしまったことは、紛れもない事実だ。


「その人達の幸せを、俺は海の底に沈めたことになる。俺のやったことは、正しいことなのか?」




 千保は清史の手を握る。


「『俺の』じゃなくて、『俺達の』でしょ? 私もいたんだから」

「千保……」

「正しいかどうかなんて、今更考えてもわかんないよ。確かに大事な故郷が海の中に消えていって、悲しんだ人はたくさんいると思う」


 千保の手はとても温かく、罪悪感で冷えた清史の手に瞬時に温もりを与える。


「でもね、キヨ君のおかげで私は救われたんだよ」


 千保は清史の瞳を見つめ、清史も千保を見つめ返す。視線を合わせるだけで、不思議と心苦しさから救われるような気がした。


「元々死ぬはずだった私は、みんなの故郷を犠牲にして生き残ってしまった。だから私は、みんなのためにも生きてかなくちゃいけないの。自分の選択を無駄にしないためにも」


 千保の自信に満ちた言葉は、清史の心に引っ掛かった罪悪感を少しずつ削ぎ落としていく。決して無くなることはないものの、生きていくことに戸惑っていた清史の足に道を示してくれた。


「だから、一緒に生きていこう。私達は互いの命を繋ぎ止めた仲でしょ? これからも支え合って生きていこうよ」

「……そうだな。悪い、変なこと聞いて。ありがとな、千保」

「うん」


 そして、二人は優しく抱き締め合った。助かった命をどこにも行かせまいとするように。互いの心臓の鼓動を確かめ合うように。


「千保、大好きだ……」

「私もだよ、キヨ君……」


 清史と千保はこれからも共に生きていく。自分達の幸せは誰かの幸せの犠牲の上で成り立っていることを、決して忘れることがないように。


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幸せの旅路 番外編 KMT @kmt1116

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