後編

人間の始まりは生であり、終わりは死だ。

では人生であればどうだろうか?

死の前に人生の終わりが訪れる時もある。


これはある日記での一言。

「ハリネズミの日記」

と称して、日記をあげているのは

僕、五十嵐聡だ。


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僕の仕事はプログラマ。

他の会社の人と一緒に仕事をやることなんて日常茶飯事。だが人見知りの僕には地獄だった。

プログラマになればパソコンとだけ向き合えばいいという甘い考えを覆された。

そんな僕の人生もあの日始まった。

永瀬朱莉さん。あなたに出会って。


「人が人を好きになるのに本能なんてない。

必ず理由があるはずだ。」

自分のブログに書いた言葉を信じたくて、必死に理由を探していた。

僕は気づいた。探している時点で存在しないのだと。そしてあんなに毛嫌いしていた、

一目惚れを彼女にしてしまったのだ。


友人の助けなどもあり、何度か食事を重ね、交際することに。

幸せだった。

ただ、彼女には傷があった。目には見えない心の傷が。

それを知った時、何とかしてあげたいって気持ちともうひとつの気持ちがぶつかっていた。

数年付き合ってプロポーズをした。

返事の前にひとつ聞かれた。

「あなたは兄弟じゃないよね?」

笑いながら冗談のつもりなのだろう。

君は気づかない。

それは悲しみを乗り越えたのではない。

忘れられてないんだ。

その気持ちを押し殺して喜んだ。


仕事終わり久々にいつものカフェに行こうと思ったが、やっていなかった。

新人の頃はよくお世話になったものだ。

通り過ぎる猫に久しぶりと話しかける。

お前は知らないというように去る。

そう知らない。僕はあの傷の深いところを知らないんだ。

カフェには時間つぶしにする予定だった。

今日は約束があるから。

「兄貴!」

記者の弟は相変わらずそうで。


弟の今調べてるカフェに案内された。

昔の行きつけにそっくりな内観になんとも懐かしい感じがする。

「いらっしゃいませ。」

その一言に身震えた。俺は彼を知っている。

あの喫茶店によくいた大学生3人。

彼はそのひとりだ。

彼女のことをすごく楽しいそうに話しているのを見て、俺は青春を思い出していた。

彼はもちろんきょとんとしている。

もしかしたら違うかもしれない。

「この店は賑やかだね。」

彼はハッとしてグラスを渡してくれた。

「ここはLUCKYじゃないですよ。」

やっぱり懐かしさが消えない。


花屋の店先に並んだ色んな花を見ていた。

「プレゼントですか?」

ハキハキとした女性の店員だ。

ネームプレートには

「サチ 好きな花はひまわり」

と書かれている。

読んだのが口に出ていたのか、店員は向日葵を取り

「あなただけを見つめる」

これが花言葉とだけ笑顔で伝えてくれた。

これにしよう。

帰ると俺はアカリに提案した。

過去に行くことを。

彼女は少し悩みながらもプレゼントした花を見つめていた。

「あなただけを、」

今度はそう言うと俺を見つめた。

あの喫茶店に言った日。

弟からこの店で過去に行けると聞いた。

話していくうちにカウンターだったためか、マスターの彼とも話し出し、弟がアカリを自慢し始めた。

空気が張り詰めていた。

それを壊したのが配達のお兄さん。

「今日はいいヨーグルトとチーズが手に入ってさ、タク?」

配達のお兄さんは異変に気づいた。

マスターの彼の目にはアカリの写真があった。

事情を説明すると、配達のお兄さん、名前をタツさん。が今度はそちらの事情を話してくれた。彼がアカリの。

「どもっす。」

裏から怪しい男が出てきた。

佐藤と名乗るこの男はこう告げた。

「ご婚約者の過去。知りたくないっすか?」


今日は快晴。

梅雨も開けたかと思ったが、急な空雨に打たれ

そこへ急かされるように入っていった。

今からアカリはしばらくの眠りにつく。

「どうしてあなたが行かれなかったんすか?」

「どうしてだろうね。」

「彼女が過去に行くことはあなたにデメリットの方がいいのでは?」

「そうかもですね。」

外に出るとさっきの雨と燦々とした太陽で

蒸し風呂状態だった。

「勘弁しろし。」

彼女と出会ってから辞めたはずのタバコが

目に染みる。


2年後。

家に帰るとアカリがニヤニヤしてこちらを覗く。そしてその顔を自身のお腹に向けそっと撫でた。まるでそこに人がいるかのように。

俺はアカリに抱きついた。


お互いの両親に報告をすると、うちの親はとても喜んでいた。

ただ、アカリのお母さんは複雑そうだった。

1度仕事終わりにお母さんを尋ねた。

経緯としては、彼が過去に行き

知ったことを思ったことを両親に話したんだそう。そしてそのあと今更ながら1度、謝罪と息子たちとの挨拶を交わしたそうだ。

「私は後悔はしていない。アカリがいてくれるだけで幸せだったから。でもきっとあの子は私を恨んでる。ただその分、自分の子に愛情を注げる子になってる。だから安心してアカリを支えてあげてね。」


幸せか。

付き合えた時。結婚した時。子供が出来た時。

今時、パンケーキ食べただけで。

布団にいるだけで。

しまいには生きているだけで。

人は簡単に幸せになる。

幸せってなんなんだろうな。

そう弟に呟くとポエマーかと叱られた。

「幸せなんてもうどうでもいい。

兄貴とアカリさんにはもう守らなきゃいけないものがあるだろ。」

ああそうだ。


どうも居心地が悪い。

どこもかしこも。

俺の居場所はここだけだ。

扉を開けると、俺に食ってかかろうとする

配達のあんちゃんをよそに彼が言う。

「いらっしゃいませ。」

コーヒーを1口、口に含む。

舌を喉を胃を。下に巡るコーヒーとは逆に

下から上へと声を発した。

「君にとって幸せってなんだい?」

「あんたよくもこいつにそんなこと」

また彼が宥める。随分落ち着いてるんだな。

俺の声は腹からじゃなく、心から出た。

これは疑問ではない、確認だ。

「好きな人が幸せになることですかね。」

綺麗事だ。反吐が出る。

そんなこと俺だって。俺だって。

「なんて言ってみたかったです。」

2人が黙ると店内はえらく静かだ。

あたりをきょろきょろしている俺を見かねてか

「俺が過去に行った時に壊れちゃったんですよね。それから常連さん以外は来てくれません。」


「お届け物でーす!お花をお持ちしました!

ってお客さんゼロじゃん。」

1だよ、とあんちゃんが俺を指さす。

とても元気な花屋さん。俺は彼女を知っているが知らない。

「白いバラ?」

ネームプレートの横の好きな花が違う。

忘れない、君が選んでくれた向日葵なんだから。


話し合いは4人へと展開した。

「幸せねー。相思相愛かな。

これ白いバラの花言葉なんです!

向日葵も好きなんですけど、あれ結構自己中なんですよね。幸せには2人の相違がいると思うんです!あ、もちろん恋人の場合はです!」


田舎の電車は少しぎこちない。

ゆらゆらと揺れながら進む。

俺にそっくりだ。

田んぼを見ると秋が楽しみだ。

空は青く太陽は程よく降り注ぐ。

そして海は広くて、それでいて深い。

3ヶ月前。喫茶店に行ってから約1年後。

俺はアカリとの別れを決めた。

決め手は一度会わせた時の2人の笑顔だ。

2人の問題は子供だ。

今はあの子がいる。

そして問題は俺だが俺は新しい趣味を見つけた。一人旅だ。旅をしながら思いに耽ける。

俺は勘違いをしていた。

アカリの幸せは自分だと。そう思いたかったのだろう。だが気づいてもいた。そんでは無いことに。君の言葉。

「あなたは兄弟じゃないよね?」乗り越えたという強がりではなく、忘れられないってメッセージに聞こえた。俺はあの時から違和感を覚えていたのだろう。


ここで2人にお願いがある。

2人はこれでハッピーエンドではない。

ほんとのハッピーエンドは

彼女をひまわりを悲しませないことだ。

名前は俺が決めた。

幸せは相思相愛だと思う。

2人にとっても子供にとっても。

だが俺にとっては

あなただけを見つめるのも

幸せじゃないとは思わないから。


この投稿を機にハリネズミの日記は終えた。

これは実話かフィクションか誰にも分からない。けれどもある場所に行くと過去に行けるとか行けないとか。

「どーも。過去に行きたい?うちはただのしがない駄菓子屋っすよ。ただ一つだけ。

幸せって字は上と下を変えても幸せ。

逆に言うとどちらかが変わってしまうと

幸せじゃなくなってしまうんす。

過去に行ったあとあなたは幸せっすか?」




END

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君だけのフィルム2030 ニュアージュハリソン @nuageharison

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