中編

永瀬拓海。

現在はカウンセラーを行いながら、カフェを営んでいる。

  ”過去に戻ることができる”

そんな噂もあるカフェで。


このラインより上のエリアが無料で表示されます。

「永瀬さん永瀬さん。ちょっといいですか?」

い・や・だ!

こいつにこれを言われるといつも二つ返事で断る。

「つれないなー」

ここまでがいつもの流れだ。

過去にいく。そんなすごい技術を俺のために使わなくていい。

それよりも俺は過去を引きずっている人の背中を押したい。


ある日、俺の大事な人が過去に行き、そして決断した。

俺とのことに区切りをつけ前に進むと。

彼女の手紙を読んだとき、背中を震わせずにいられなかった。

それでも涙だけは見せまいと食いしばった。


「手配しましょうか?」

頼む。

初めてこいつの声に首を縦に振った。

知りたいことがある。知らなきゃいけないことがある。


「過去に行く前に説明しますね。」

今更そんなものいるもんか。と思ったが被験者になるのは初めてだ。

「あたしの作ったシステムでは特定の人物をその人の過去に入れ込むってもんなんす。」

あっ。

こいつが言おうとしていることが分かった。ただそっちの方が簡単なのでは?

「仕組みとしては監視カメラみたいなもんで。入れたい時間で止めて。そこからを作り替える。

元の監視カメラの映像は残ったままなので過去が変わることがありません。ただ今回の場合、永瀬さんはその時代にまだ生まれていない。

そんな人を過去にいきなり登場させると、監視カメラに急に人が出てくるみたいなもんです。ホラーでしょ。」

なるほど。そっちの方が難しいのは分かった。

でも無理なことをやろうと言わない男なのも知っている。お前が持ちかけたってことは。

「今回永瀬さんの目的は行動ではなく知ること。つまり見えさえすればいいわけですよね。なら、透明人間になりましょう。」

は?いない人間は作れなくて、透明人間は作れるのか?

「触れられない。話せない。臭わない。味わえない。使えるのは視覚と聴覚のみ。1回は可能でしょう。ただ我々も未経験のことだ。もしかしたらこのマシンが壊れるかもしれない。

あなたはカウンセラーとしてこれを使えなくなるかもしれない。それでもやりますか?」

一瞬迷った。自分の私利私欲のためにこれから救えるかもしれない人を見殺しにしてしまうかもしれない。

そのとき一枚の写真が机の上に置かれた。

家族4人。幸せそうな写真。

俺は1度この家族を恨んだ。

俺と母さんと父さんと。

横を見るともう1人がそこにいた。

翔。


それでも過去を知りたい。

これが俺の出した結論だった。


カプセルの中に寝転がる。

あいつの声がスピーカー越しに聞こえる。

それ以外の音は聞こえない。

青白いパネル越しに皆が見える。

呼吸は特には苦しくない。

過去に行く。もっと不安だろうと思った。

心は旅行の前のようなウキウキがある。

段々と意識が遠くなる。

頭の中が黒く、白く。スぅーと吸い込まれた。


気づけば街の真ん中にいた。

駄菓子屋、タバコ屋。昔見た事あるようなないような光景。牛乳屋さんが自転車を走らす。

前もって知っていたこともあるが間違いない。

俺は過去に来たんだ。


まずは父さんと母さんを見つけないと。

高校は確か「絢飛高校」(あやとび)。

ただ、場所までは知らない。

俺らの地元と少し離れてることは知ってる。

すぐさま近くの人に話しかけようとした。

その人は俺に気づかずぶつかってきた。

体は触れ合わずすり抜けた。

゛話せない。触れない ゛

忘れてた。足と頭脳で探すしかないのか。

ここは地元だ。

街並みは違うが変わらないものもある。

公園や交番なんかは今と同じ場所にある。

感じは違うけど小学校、中学校だろう。

そういえば校舎立て替えて何年とか言ってたっけ。探すことを忘れて少し思い出に耽っていると空が急に暗くなった。

゛今回、滞在時間が長すぎるため時間をコント ロールします。いつ来るかは分かりませんが1日の半分、12時間を飛ばします。一気に飛ぶこともあれば1時間ずつかもしれない。こればっかりは調整できません。 ゛


急に夜になった。 今何時だ?

公園の時計台が11時を差していた。

初日から深夜スタートかよ。

ただこの体は寝なくていい。疲れもしないから。夜中はむしろ探すのには好機。

だと思っていた。

触れない。話せない。がこんなに苦しいとは。


結局探り探りで1ヶ月かかった。

いろんな地図を辿り、時には部活動大会の学校名を除きやっと見つけ出した。

今は9月だろうか。夏をまだ僅かに残し、汗も滴るような温暖湿潤。元気な声が校庭から鳴り響く。部活にしては時間が早いような。

高校ではもうすぐ体育祭のようだ。

校庭では生徒たちが準備を行っていた。

本番は明日だろうか。

そのときテントの会話が耳に入った。

「女は危ないから陰で休んでろ。」

差別的ではあるが女性を気遣っているのだろうと流そうとしたが、本能的に反応してしまう声が響いた。

「女だからって舐めてんのかよ!」

よく聞いた声。否、怒られた声。

間違うはずがない。母さんだ!

そして見逃していた。言い合っていたのは雰囲気は違うが面影がある。父さんだ。

2人は喧嘩しながらも準備は着々と進んでいた。どうやったらこの2人がくっつくんだよ。


その時期はそれほど待たなくも訪れた。

次の日体育祭本番。

晴天に恵まれ、ここまでは大きなトラブルもなく。次の演目は紅白リレー。それぞれから選抜が選ばれる1番盛り上がる競技。俺らの時もあったな。

選手入場後すぐに気づいた。

2人が並んでることに。

全く話すことなく駆け足で入場すると一旦座る。リレーは1人1周200メートル。

白熱するレースを追いかけているとふと目を引く女性がいた。すぐに分かった。

足をつっている。そしてそれは母さんだった。あの感じからして母さんは次の番。

前の番の男子が半分をすぎた頃。

1人の男子がスタートラインに並んだ。

彼は1周を終えても、なお走り続け。

それだけではなく順位もギリギリ1位というところでバトンを渡した。400メートルを負けず劣らずに走りきることによって迷惑をかけた母さんの負い目も減らした。

男でも分かった。母さんが彼に惚れてることに。これが父さんと母さんの恋の始まりだ。


俺の予想は間違ってなく、母さんはウブにもアプローチを始め、冬に交際を始めた。

2人の仲良さそうな姿は恋愛小説かのごとくピュアなものだったが、これが自分の両親だと思うとたまに気恥しくなる。

春がすぎ、夏には夏祭り。秋には2度目の体育祭があり、母さんはリベンジを果たせていた。

そして冬。母さんが転校することになった。

俺は迷ったが父さんの方を追いかけることにした。


高校を卒業し父さんは働き出した。

そして同じ職場で働いていたのが、高校の同級生でもある朱莉のお母さん。美穂さんだ。

父さんとのデートで高校の時から父さんのことが好きだったと打ち明けた。次第に父さんも惹かれていったみたいで働き始めて1年で交際、それから2年で2人は夫婦となった。そして1年後二人の間に朱莉が生まれた。

退院から数ヶ月だった頃、美穂さんが病気で入院した。

今は1998年。俺が生まれたのが1999年。そろそろのはずなんだ。

だが親父は何事もなく、日々を過ごしていた。

異変が起きたのは美穂さんの方だった。

退院してすぐ美穂さんが尋ねた。

「今、百合ちゃんと再会したら百合ちゃんをとる?」

「何言ってんだよ。結婚してるんだぞ?美穂に決まってる。」

「嘘。知ってるもん。百合ちゃんのことまだ好きなんでしょ。17のときからずっと。」

そこからしばらく言い合って父さんは家を出た。朱莉は入院した時からばあちゃんが預かってるみたいだ。

父さんは1人で飲んでいた。

うわーこんな父さん見たくねー。

でもまだここまでは見てられるほうだった。


次の日父さんが帰ってきたのは朝だった。

美穂さんとはお互いに謝りあい、父さんはばあちゃんに叱られ。また3人で暮らし始めた。

ある日、美穂さんが打ち明けた。

美穂さんの異変は母さんに会ったかららしい。

母さんは大学を卒業し、ちょうど今年から看護師としてこっちに戻ってきたらしい。

そして入院している間の看護師が母さんだったんだと。ただ母さんは美穂さんには気づかなかったそうだ。苗字も変わってるしクラスも被ったことがないらしいから無理はないか。

美穂さんは母さんと再会してしまった父さんに捨てられるのではと焦ったんだと。

どう見てもここで焦ってるのは父さんだけど。

父さんは出ていった夜。母さんと居酒屋で再会し、朝までホテルから出てこなかった。

見てはないが時期から逆算しても間違いない。

案の定、数週間後、母さんからコネクトがあったらしい。それも家に。結婚してることを知らなかった母さんはテンパっていた。

家には三家の両親と当人が集まり、離婚し2人に養育費で話がまとまっていた。

それを拒否したのは美穂さんだ。

「あなたが父親を放棄することは認めません。

どちらかを選びなさい。ただ申し訳なさではなく、本心から選んで。選ばれなかった方には父親がいないことにする。」

おそらくこの場で答えが分かっているのは、俺と美穂さんだろう。分かっていてこの問いを投げかけたんだ。覚悟すらもすでに出来てるんだ。


1999年4月16日 永瀬拓海 誕生。

その数ヵ月後に父と母が結婚した。

挙式も挙げた。それが美穂さんとの約束だったから。


意識が朦朧としてきた。

そろそろ帰る時間だ。


夢を見た。

俺が過去を変えて美穂さんとは父さんはと

そして朱莉。

さらにそこに新しい命も。

その新しい命に体が吸い込まれていく。


目を覚ますと、喫茶店に居た。

ここは居心地がいい。

誰もが俺を求めてくれる。

客として患者として。

ときたま不安になる、人としては?


「おかえりなさい」

佐藤の声がした。

翔。

そして朱莉の旦那さん、五十嵐さんがいた。

何故か俺は目を背けた。


「どうでした?」

どうもこうもない。分かってたことを確認しに行ったんだ。

ただ思ったよりもショックもあった。


これが夢で、あの夢が現実ならば俺は今消えて無くなっている。いや、弟として生まれたかもしれない。

だが残念なことに俺は俺で、消えてなどない。

生きるしかない。

ご飯を食べて、働いて、眠る。

簡単な事だ。

希望なんかなくたっていい。

いや希望ならある。

過去が、君と過ごした時間が。

希望に変わるまで、生きよう。


後編に続く。

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