君だけのフィルム2030
久茂張 彪
前編
佐藤善継。25歳。
座右の銘はその場しのぎ。
何事も為せば成るがあたしのモットーっす。
大学の時に株について勉強し、今では働かずに金を稼いでいる。
やりたいことなんてない。
強いて言えば、未来が覗きたい。
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世界はどうなっているのか。
あの企業の株は上がるのか。
こんなどうしようもない人間でも幸せになれるのか。
そんなことをネットの掲示板で書いているうちに、
いろんな出会いがあり、
時にはそういう研究チームをのぞいたり。
時には自分で仮定論を出してみたり。
そうこうしているうちに30にも関わらず空っぽのあたしが
「人に教えを授ける」教授なんて仕事をするなんて。
時空移動仮定論。
うさんくさい詐欺みたいな話を永遠とするだけ。
他の授業の見学をしたが学生が一番興味を示しているのは最初の授業だけ。
成績がなにでつけられるか、出席が必要か。
だんだんと出席率の最低ラインが設けられてきているが、そんなものどうにでもなる。
だからあたしは生徒に賭けをさせた。
「単位を取る方法は2つ。テストで60~100点を取るか。
自分のテストの点数を予測するか。」
クラスがざわめくなか最初の講義を進める。
90分授業を60分で切り上げた。
シンキングターイム
学籍番号、名前、点数予想の3つだけが書かれているものを、
必死に悩み眺めるもの、書き連ねるもの。
答えを見つけたがごとく余裕なもの。
回収した結果は予想のまんまだ。
おそらく授業に来ないであろうのは2パターン。
0点の人と0~100点を書き連ねた人。
テスト当日の生徒の不安そうな顔は堪らなかった。
生徒の解答用紙は生徒ごとに決められている。
解答用紙には欠席日数が1日につき1点減らされてスタートになっている。
そして問題は10年後の自分を予想しなさい。
それ以外にルールはなし。
授業を受けていないものの中で、0点のものは焦るだろう。
マイナス分を狙うかそれ+60点を狙うか。
全部欠席だと最初の授業を抜いて14回。
すなわち76以上、極めて高得点だ。
そして授業で点の取り方を教えたかもという不安と後悔。
そして次に慌てているのは、まじめに予想して授業を受けたものだ。
まじめに受けていたはずなのに、なんのヒントもなく60点を取らなければ
と不安に駆られている。
そして悠々としているのはすべての点を書き連ねたものだ。
15点を上回れば単位を得ることができる。
テストが終了し、回答を集める。
なんだかんだ言って全員合格だろ。
誰かのその声で安どの雰囲気とあたしへの軽蔑のまなざしが感じ取れた。
テスト返し全員が喜んでいた。
全員もれなく101点。
面白いほどに例外もなく全員。
「ってことで全員再試っす。」
水滴が落ちたら響きそうなほどの静寂。
ほどなくして動揺によるざわめき。
「みんな60点超えてんじゃんか。」
「はい。」
「はい、じゃねーよ。なんで再試なんだよ。」
「覚えてないんすか?合格条件は点を当てるか、60~100点を取るか。
あなたがたは全員101点。よって不合格っす。」
「は?ふざけんなよ意味わかんねーよそんなの」
マイクで音を遮って話し出した。
「再試のルールを説明します。60点以上を取るか、点数を当てるか。
ただし今回はもう2つ。0点予想は認めない。予想点数は1つまで。
その代わりテストの点数は0~100までにします。」
「そんなの、あんたのさじ加減でいくらでもかえられんじゃねーか。」
「正解です。この試験の合格条件は疑問に思うこと。
最初から理不尽なんすよこの試験は。
点数をうまく予想した?そんなのいくらでも変えられる。
授業を受けたから大丈夫?プリントは穴埋め式おまけに
あたしは授業さえ受けてたら60点なんて余裕、そう言いました。
誰一人として疑問を持たなかった。持ったとしても解決に動かなかった。
自分の楽をその場しのぎの賢さで勝ち取ったつもりで理不尽に気付かないもの。
当たり前のことに疑問を抱くのを恐れ知らないふりをしたもの。
再試の代わりに授業をします。これによりあなたがたはこの場で
あたしの授業を聞くしか単位を取る方法はない。
手荒ですいません。ただこの授業で伝えたいことはそんなに多くないんです。
ここで質問ですが再試通達後あなたは過去に行きたかったですか?
それとも未来に行きたかったですか?
あたしに疑問さえ持てばと過去に行きたかった人の方が大半でしょう。
例外があるとすると、大学自体しんどいから大学卒業後に行きたいとかっすかね。
ただ過去に行くと本当に何か変えられるんでしょうか。
ここでテスト問題を思い出してください。
過去に戻ったとして未来予想は変わりますか?
こんなぽっちじゃって思いましたか?
では昔から野球をしてたら野球選手を夢見ました?
勉強をもっとしていたら弁護士を目指してました?
今からでも未来は変えられる。だがもっと前から何かしていたら。
それをどのタイミングでどうしたらいいのか分かってる
今の自分が過去に行くことで実現させる。
それってテストを楽しようとした人たちと同じ考えっすよね。
恐らく同じ気持ちになるでしょうね。誰かのせいにし、楽をした自分を後悔する。
話は変わらりますが、人生には変わらないないものがある。
自分の親を変えたい。他の動物に生まれ変わりたい。
そんな人はきっと今の人生に納得してない。
幸せな未来を夢見て、今にでもその未来に飛びたいでしょう。
でも、ほんとにそんな未来はあるのでしょうか。
過去が今を作り、今が未来を作る。
未来だけ幸せなんてそんな勝手な話ないでしょ。
今あたしの話に矛盾を感じた人は正解っす。
確かに過去、今、未来は繋がっている。
ただ運命を変えることに対してのイメージの話っす。
あたしは紙飛行機でたとえます。
今から未来、飛ばす位置を予想します。ですが紙飛行機なんて思った位置には落ちないでしょう。
それぞれの風や飛ばし方にあったほうに向かっていき。
時に努力をすれば紙飛行機が強くなり思う方向に飛ばしやすく。
まあ中には親や恩人に紐で繫がれ思わぬほうに飛ばされることもあるでしょう。
ただ大体の人はこうやって飛び方を覚えていくんす。
あたしが言いたいのは過去に戻っても人生を変えてもその時点で飛ぶ方向が変わってしまう。
そんな場所で飛び続けられるのか。はたまた、飛ぶことを諦めたものに、
幸せな未来にたどり着けるのか。ってことです。
だからあたしからのアドバイスは常に飛んできた場所、飛んでいける場所を想像してください。
そしてもし時間を移動するなら変えるのではなく確認してください。
自分が飛ぶべき場所を。」
再試効果のせいか。生徒は最後まで静かに聞いていた。
翌年から再試作戦も使えないので、最初にこの話をした。
そして授業は無駄話やゲームで過ごし。
テストはあの問題だ。
大学生という夢と現実の境にいる彼らの未来に向かい風が吹くのを祈るばかり。
5年目の夏頃。試験答案を見ていたら面白い生徒がいた。
お題は相も変わらず「10年後の自分」
永瀬翔くん。彼の解答はこうだ。
10年後はこの世にいない。
分からないなんて書く生徒は少なくない。
だが、この世にいないなんて書く生徒は。
0ではなかったが、理由が死にたいが全員だ。
ではなぜ彼は、市という選択を選んだのか。
”死を最も近くに感じたものは
死を最も遠ざけることができる。”
あたしの話を聞いてこう思ったそうです。
ある未来、プロ野球選手になるや花屋になる
これらの場所は決まっている。
同様にケガや死なども決まっている。
ゆえにその場所に近づきその逆に向かえば死ぬことはない。
例えるとすると、車の不注意の事故で死にかけた人は
今後車の運転には気を付けるようになる。
なので私は未来で死を向き、現在でその逆に進む。
この年の冬、研究室配属があり、彼はあたしの研究所を選んだ。
「タイムマシンはつくりたい。」
あたしは驚いた。あんなにまじめな回答を書く彼の口からそれが出るとは。
どうやらあたしだけではなかった。全員があっけにとられている。
この発言の意図はシンプルだった。
過去に行かせたい人がいる。過去は変えられない。
でも折れた紙飛行機をもう一度飛ばすことはできるはずだから。
だがそんなに簡単にに行くはずがない。未来に行くにしても光よりも速い速度で
移動しなければならない。人間がやると塵になる。
さらに過去となると時間をひっくり返さなければならない。
例えるならば割れたグラスを100%元通りに戻すってことだ。
不可能×不可能。人類が到達できるはずもない。
「あ~!このわからずや!!」
声は研究室中に鳴り響いた。
「どうしたんすか?」
あたしは声の主に話しかけた。
珍しく怒っていたのは永瀬君だ。
どうやらお兄さんとチャットで揉めているらしい。
「タイムマシン出来たら過去に行け。」
「そんな意味わかんないことしてないで就活しろ。」
「兄貴に言われたくなーよ。仕事してたって心ここにあらずじゃねーか。」
「大体過去に行ったところで何が変えられんだよ。」
「何も変えられなくても過去を受け入れて前に進むことはできる。」
「受け入れるってなんだよ。忘れるってことか?
いいか。過去ってやつは記憶で出来てるんだよ。
たとえお前がタイムマシンを作れても世界全員が忘れたら存在しないことになるんだよ。」
過去が記憶で作られている。妙に引っかかったがそれどころではなかった。
「教授!この馬鹿兄貴どうにかしてください。」
「いやー、そういわれましてもね。」
この日は少し騒がしかったためか、すごく疲れた。
帰って付けたテレビでさらに疲れた。
バイト中の動画をSNSに載せて炎上。
時代は移っても人間の愚かさは変わらない。
大体なんで人の記憶に残るようにわざわざ投稿するのか。
本当に急だった。天才が作詞するときはこうなのだろう。
あたしの頭の中に浮かんできた。
次の日、生徒たちを集めて案を伝えた。
結論から伝えると過去は記憶からできている。
その記憶から過去を作り出す。
SNSや日記等で人の記憶を集める。
これはガラスの破片を組み合わせていく作業。
ここで足りない部分や接着が難しい部分が出てくる。
人による記憶の相違や虚偽。
それをAIにより学習させより公正な過去を作り上げる。
そしてそれにより人口時空を作り上げます。
それにより過去に行くというよりは、
映画やテレビ感覚で過去を見るって形になります。
これが可能かどうかは置いといて、
実現するには、大量のデータが必要です。
そのためのアプリ開発、工夫。
そのあとの過去の公正処理。
ただ完成すれば過去を体験できるタイムマシンの完成。
思ったより時間はかからなかった。
デジタル化社会といわれる現在。人々はネットの中で生きている。
大変だったのはむしろそのあと。
AIや5Gなどを駆使し、記憶というものを3D空間へと変換する。
日々変わり続ける街の風景から人々の行動まで
そのすべてを事細かにつなげることで疑似世界を作り上げる。
およそ1年半かけて作り上げた我々の技術は
「仮想並行世界」「Virtual Parallel World」「VPW」
として世界中から注目を集めた。
そして1番の難関はここから。実用化だ。
この技術は過去を体験できるだけでなく、過去を知ることができる。
未解決事件等をはじめとする捜査への実用。
いち早く前例を確認することによる医療機関への実用。
ウイルスの経路捜索など社会への効果は絶大だ。
ここで問題となるのがこの技術の信用性とプライバシー。
信用性は言うまでもない人の記憶から作られたものだ。
AIを駆使しているとはいえ、記憶の曖昧さ虚偽など怪しい点が垣間見える。
もちろん開発者としてあらゆる実験やテストを繰り返し自信はある。
ただそれを世間が認めてくれるかは別の話だ。
そしてプライバシー。この技術を運用するには全国民の、いや全世界の承諾が必要だ。
まあ、といってもここからはあたしの仕事じゃないんで。
物語の結末があっけないなんてことよくあるじゃないですか。
あれってそこまであっけなくないんすよね。
例えば同じ結末でも素人の作品だとそんなもん程度。
でも大人気作家の売れてる作品だとあっけなく感じる。
あれは単純に期待値の違いっす。
期待値が高ければ高いほど残念に思う気持ちが生まれる。
ただこれが現実に起きるとあっけないなんてものじゃない。
絶望ですよ。
VPWは実用前に姿を消すことになる。
ある議員Aがある議員Bと議員Cへの不正の調査のため、VPWを体験使用した。
AとBは敵対していたがAとCはむしろ味方のような印象だったため疑問が残った。
そこを疑問で終わらせたのが間違いだった。A議員とその党の何人かがVPWで
調査した結果、BにもCにも不正が発覚した。VPWは様々な体験使用により
信用性としては随分と買われ、現実調査のための許可を取るまでになっていた。
そのあとBとCには調査が行われ、Bは事実が発覚され自主退職を申し出た。
だがCは違った。全くもって不正など出てこなかった。
これによりVPWは完全に信用性を失い表の世界で日の目を見ることはなかった。
事件直後に我々が調べた結果、不正を行っていたのはA自身だった。
Aの狙いはライバルを潰しつつ、自分の身を守るためにVPWを潰すことだった。
我々はすぐにその事実を訴えたが、信じる者はなく
むしろあらぬ疑いをかけられたとAとCから攻撃され
VPWの使用禁止と研究の中止を言い渡された。
なぜ人が過去を変えたがるのか、初めて分かった気がした。
なぜ自分は過去を見るだけの干渉できないものを作ったのか。
後悔と悔しさと。
空っぽだった私はいつの間にか喫茶店にいた。
正確には永瀬君に言われてきたのだがあまり覚えていない。
気が付いたころには目の前に彼のお兄さんがいた。
会うのは初めてだった。第一印象は、普通。
若干人見知りを感じたが、話し出すと話上手聞き上手。
しだいに気を遣うれていたことに気づいてからは意識がはっきりした。
「あたし、励まされてるんすかね。」
ちょっと嫌味に聞こえたのかもしれない。
ただこの一言で自分は気を遣うような状態ではないと伝えられただろう。
「さっきまでのあなたは昔の俺にそっくりだった。
そっくりだったからこそ言われたい言葉は分かってる。
何もいらないですよね。
そう分かっていても、こっち側になると言ってしまうんですよね。
見た感じ、回りくどいのはいいから何が言いたいって顔ですね。」
彼の要求は単純だった。
彼の開いた喫茶店でVPWを使いたい。
あたしは二つ返事で許可をした。
VPWの製作は禁止されている。
見つかればただでは済まないだろう。
それでもこの人を過去に行かせたい。
そう思ってしまった。
「え?永瀬さんが使うんじゃないんすか?」
「弟と呼び方分けてくださいよ。僕は過去に未練なんてないです。
ただ過去が希望になる人だっている。その人たちに使いたいんです。」
永瀬(兄)さんはカウンセラーの資格を取り、その相談にこの喫茶店を使っている。
そしておそらくお客さんに過去を体験させるのであろう。
なので大体が予約客。普通の来店は珍しい。
ドアの鈴の音がした。今日は予約はないはずだ。
来客は永瀬(弟)さん。と見知らぬ男性。
少し不機嫌な弟さんは席を外し、あたしたち3人は席に着いた。
男性は名前を五十嵐 聡と名乗りこう続けた。
永瀬朱莉の婚約者です。
そしてこう続けた。
アカリを過去に行かせたい。
アカリは後悔をしているかもしれない。
せっかく吹っ切れたのにって思うかもしれない。
それでも僕と同じ気持ちなら
アカリの幸せを願っているのなら。
お願いします。
隣のこの人はどれだけの期間思い
どれだけの期間をかけて忘れていったのだろう。
忘れるはずなどない。
今でも心のどこかに彼女がいる。
だがそれでも前を向いて生きていこう。
そう思ってるに違いない。
永瀬拓海の返事に真っ先に口を出したのは弟の翔だった。
「なんで?今更振り返られていいわけ?
それで兄貴を選んだらどうすんの?」
返事はまさかのイエスだった。
「さあな。」
それだけだった。
それだけで十分だった。
アカリさんを送り出すとき、永瀬さんは席を外した。
たまたまカウセリングの仕事が入っていたから。
今思えばそんな予定あったかと思う。
顔を合わせづらかったのだろう。
過去に行った彼女の思いは手紙として添えられた。
手紙の最後にこう告げられていた。
「私は五十嵐さんと結婚します。
元気な子供を産みたいのもあるけど。
もうすっかりあの人に惚れてるみたい。
最後に
真実を知った時、父と母を少し恨みました。
でも今は感謝しています。
二人が別れてくれたおかげで
あなたのお母さんと
父が出会ってくれたおかげで
あなたが生まれることができた。
あなたと出会うことができた。
愛しています。」
中編に続く
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