第42話 はじめてのご依頼
部室で一人、スマホをいじる。今日も輝空と鈴は来なかった。あいつら、どうしちゃったんだろ。――ヒマだし、帰りにとりあえず輝空んち行ってみるか。
おっと、ヴァイオラからLIMEが入った。なになに……?
ヴァイオラ > ジョゼ、復活ー! やった!
「……え?」
前にヴァイオラから聞いた、元宿主の仲間。その人を蘇らせるために、ヴァイオラは『王の試練』をクリアするつもりだ、って聞いてた。あたしはその手助けをするつもりもあって、『宿主』になったんだけど……。
「……」
ナッツ > どうやったの?
ヴァイオラ > なんか、たまたま、神様と同じ力? をゲットしちゃって!
ナッツ > マジか
やばい。頭の中が真っ白だ。どういうことだ。えーと。とりあえず猫が『GOOD!』ってやってるスタンプを送って……と。
「一気に話が進んだね」
「うわあ!」
突然背後から男の声が響いたせいで、あたしは変な声で叫んでしまった。恥っず。
どうやらいつの間にか、遥戸が部室に来ていたらしい。
「お前かよ遥戸! 脅かすな! いつから居たんだよ!?」
「最初から。ここで本を読んでた」
「嘘。気配まったく感じなかったんだけど……。一応武道家の娘なのに」
「神様と同じ力、か――。興味あるな。ヴァイオラが帰ってきたら見せてもらおう。それより、モチベーション下がったんじゃないか、ナッツ? ヴァイオラを助けるという目的が無くなってしまって、さ」
「まぁ、ね……」
昔っからそうだ。コイツには隠し事が出来ない。いつだってなんか見透かしてるような目をして、先回りしてくる。
「――けど、あたしの大きな目的は、ホンモノのヒーローになって、人を助けることだから。だから、いいんだよ。ヴァイオラが嬉しそうにしてると、あたしも嬉しい」
「――なら良かった。ほら、見なよ」
遥戸がスマホの画面を差し出すと、ボックスに届いた一通のメールが表示されていて、『助けて下さい』というタイトルが付いていた。
「……依頼か!?」
「そうみたいだ。僕たちの部で最初の事件、ってことだね」
「な、なんて書いてある!?」
「まあまあ、そう焦らないでよ」
と遥戸は、まるで暴れ馬を諌めるかのようにあたしを、どうどう……と落ち着かせ、静かにメールの内容を読み上げ始めた。
――助けて下さい。
実は私の両親が、なんだかヘンなんです。どこか目がうつろで、自動再生みたいに同じセリフばかり繰り返して。それだけじゃなくて。鏡になにか、変な生き物が映っているときもあって。怖い
「ここで文章が途切れてる」
「……それって何か、マズいんじゃないか……?」
「差出人は2年B組の女子だ。ナッツ、『アストリオン』で住所を調べてくれ」
「そっか。『情報を得たい』って願えばいいんだな。オッケ。ちょっと待って」
あたしはスマホの画面に手をかざすと、『藍青のアストリオン』を集中させ、『このコの家はどこ?』と願う。誰に願っているのかはわからない。けれど、あたしは願った。『無事でいて』……と。
途端。
あたしの脳裏に流れ込んできたのは、血が飛び散った部屋と、あたしが着ているのと同じ制服の――……! 血溜まりに倒れている女子の姿!
「……クソっ! 一体何が起きてんだ!?」
「場所は分かったのか? 急いで行こう。僕も連れて行ってくれ」
「よし。あたしが守るから、状況をみて、指示を出してほしい。瞬間移動でいく。――捕まってて」
「頼んだ」
遥戸があたしの背後から両肩を掴む。華奢なナリに見合わず、意外と力がある。……あー、こんなとこ輝空に見られたら、すっごいジト目で睨みつけられそう……。あいつ、遥戸の事好きだからなあ……。
っと、そんなこと考えてる場合じゃない。行かないと。
あたしは脳裏に浮かぶ場所へ『移動したい』と願う。
ジジッ、と薄いノイズが一瞬聞こえて、瞼の外側に太陽の光が刺さる。
あたしはゆっくりと、瞼を開けた。
「ここか……」
そこは、茶色い外壁の大型マンション。入り口にライオンの石像が飾ってあるところだ。丁寧に刈り込まれた庭木が建物を取り囲み、風防室からエントランスにつながる自動ドアの近くには、カードリーダーが備え付けられていた。
「カードキーがないと駄目か。
あたしの手には、カードキーがあった。最初から持っていたかのように。そう、『アストリオン』で創造したんだ。そいつをスウッと、カードリーダーにスライドさせる。果たして、自動ドアは静かに開いた。人の気配がない。なにか、得体のしれない不気味さが、エントランスのそこかしこに漂っている。
「ホラー展開は趣味じゃないのに。305号室だ」
「エレベーターで行こう」
遥戸がボタンを押す。と、3階に停まっていたエレベーターの箱が降りてくる機械音が、あたりに低く響いた。
…………ウウンンンン…………
数秒経って、エレベーターのドアが開く。まるで、悪夢の入り口が開くみたいに。
あー、嫌な予感しかしない。あたしの心臓がどくどくと脈打っているのがわかる。冷や汗が一滴、垂れた。ホラー映画は大っ嫌いだ。グロいのを観て何が楽しいのか、さっぱり理解できない。でも、助けを求める人がいるなら、あたしは行かなきゃならない。そう、あたしは行かなきゃならない……。
「……」
「大丈夫?」
「……正直、怖い。ホラー系、苦手だから、さ」
「ナッツは強いから、きっと大丈夫」
「……わかってんじゃん」
遥戸の励ましでちょっと元気が出たチョロいあたしは、305号室の方を見る。
「……あぁ、クッソ。なんで、ちょっと開いてるんだよ。不気味じゃんか……」
「行ってみよう」
「あぁ……。いやだいやだ。ヒーロー挫折しそう……」
流石の遥戸もやれやれ、と肩をすくませ、305号室の方へ歩いていった。あたしはそれに続く。――じゃなくて、走ってあいつを追い越した。
「危ないから、あたしが先に行くって!」
「そうだった。よろしく」
「もう、ワザとだろ。――よし、開けるよ」
「指紋を付けないようにしよう。『アストリオン』で開けてくれ」
ゆっくりと。扉は開いていく。その途端、漏れ出す瘴気。
うっ……。こ、これは、血の匂い……。思わず息を止め、口を手で覆う。
「中に人が倒れてる。僕たちの学校の制服だ。恐らくメールを送ってきた本人――」
「危ないッ!」
キラリ! と鏡が光った気がして――、遥戸を押し倒した。同時に、あたしの右肩に鋭い痛みが走る。何者かが通り過ぎて、引っかかれたらしい。3本の爪痕からは血が滲み、その辺りの制服が斬り裂かれているからだ。
「ッて―――――――ッ! クソッ!」
「外に逃げた!」
「待てッ!」
あたしは反射的にドアを飛び出、外廊下の柵を飛び越え、空中に躍り出た。ソイツが空中に居たからだ。戦闘モードに入ったあたしの目には、透明化なんて関係ない。『アストリオン』を通して視ると、ソイツは物質ではなく、空間そのものの波長として存在していることが理解できた。この世の者ではない。
「悪魔か」
「キサマ……、『宿主』ダナ……!? ケッケッケ」
「何がおかしい?」
「アノお方が言ってた通りダナ――、クキキ! キサマの心臓を食ラエば、俺サマは『願いの悪魔』にナレル……」
「……は!?」
あたしをおびき寄せるための罠だったってわけか? あたしたちが部活で事件の依頼を受けている事を知っているヤツ、って事だ。つまり、校内の誰かが、委員長や先生、そしてこの部屋の親子を狂わせたヤツ、って事になる。ゼルテってヤツの手先か、それとも――
「とにかく、てめーをとっ捕まえて吐かせりゃ判る」
「ケケケ――ッ! いくら『宿主』ダロウが、上級悪魔に勝てるハズが――」
「『
ソイツがべらべらと無駄口を叩いているスキにあたしは『異世界プラグ』を2本取り出し、『プラグデバイス』へと挿し込んだ。未来を司る『フューチャー』、そして科学を司る『サイエンス』。デフォルトの2本、『フューチャーサイエンス』だ。
「ナンだッ!? 姿が変わっタ!? 変身する『願い』カ……!?」
「遅いッ!」
幾何学的なフェイスマスク、近未来風のスーツに身を包んだあたしは、鏡の悪魔へとと高速で掴みかかった。が、握った指は虚空を掴めない。実体がないのだ。現象――つまり光の反射でも、ファンタジー――鏡の世界の住人でもない。最初に感じたイメージそのまま、空間の波動。それがコイツの正体に違いなかった。
「クカカカ……」
「チッ……、マトモには掴めないって訳か。じゃあ、こいつでどうだ?」
取りい出したるは、2セット目の『異世界プラグ』。『エルダーマジック』の片割れ、魔法を司る『マジック』のプラグだ。『サイエンス』を抜き、こいつに差し替える。ズヒュン! という効果音が鳴り、ストリングスを使った軽快なEDMが響いて、周囲の景色がぐにゃりと歪み、あたしの『アストリオン』が『魔力』へと変わる。
――クロスオーバー! 交わる世界! 『フューチャー×マジック』!」
あたしの纏うアーマーのRサイドが、赤い魔導師風のローブへと変わる。と同時に、マスクの左側がフードに覆われ、その内部に赤い複眼が発光した。所謂、亜種フォームってヤツだ。
「ス、姿が変わっタ!?」
「へっ! おまえさては、ニチアサ観てないな!」
理外の相手は、理屈を越えたパワーだ。バロックに引っ張ってもらった異世界の『魔法』は、正直あたしにもパワーソースが良く分かってない。
「喰らえッ!【
『魔力』に変換されたあたしの『アストリオン』が、まるで拷問にでも使われているかのような、刺刺しい鉄格子の檻となって、鏡の悪魔をがっちりと捉えた。
「ギャアアアアス!」
漢字一文字+カタカナ三文字で構成される『魔法』は全部で300種類(!)ほどあり、その一つ、捕縛用のやつを使った。なぜ異世界の魔法に漢字が使われているのか、なぜ英語の省略形なのか、さっぱり解らないけど、別にいいや。そういうもんなんだろう。
「この『魔法』はあたしが解除しない限り、外れない。この世界でこの『魔法』を使えるのは、あたし一人だからね。異世界から魔法使いでも、連れてこない限り。――フラグじゃないよ?」
「ク、クソーッ!」
コイツは悪魔だから、輝空に従わせるのがいいだろう。パチン、と指を鳴らす。フッと檻は消えてなくなった。鏡の悪魔は、消滅したのではなく、あたしの見えないストレージの中に格納されている。よく異世界転生モノで使われるようなヤツだな。
「よし――、コイツはあとで輝空に引き渡すとして……」
あたしは『装纏』を解除しながら、さっきの部屋に戻った。部屋の中では相変わらずの生臭さが漂う中、遥戸が冷静に死体や部屋の写真を、スマホに収めていた。
「ちょ、何してんの?」
「見れば解かるだろ。現場写真を保存してるのさ。君がこの子らを生き返らせる前に、ね。どうにかするんだろ?」
「――まあ、ね」
確かにその通りだった。こんな現場を通報するわけにはいかない。だって、悪魔の仕業だって伝えたとして、何が解決するっていうの? センセーショナルに報道がなされて、しばらくの間お茶の間に毒毒しいフォントが躍って、SNSでは飽きるまでの間犯人探しが行われて、被害が消費されていく。クソみたいな連中が、したり顔でマウント取り合うんだ。うんざりする。
「しかし、どうやって? 君の『アストリオン』は、治療に特化したヴァイオラ君の『翠緑のアストリオン』とは違って、物理的な現象を起こすのが得意なんだろ? 死んだ命を呼び戻すのは、あまり得意ではなさそうだが」
「フッフッフ。そう言うと思った。――これを使うのさ!」
あたしはさっき『装纏』に使った『マジック』の『異世界プラグ』を取り出す。それを『プラグデバイス』に装填し、『藍青のアストリオン』を左手に纏わせた。
「……! それは……さっき使った『魔法』のプラグ――。まさか!」
「そのまさかさ。蘇生魔法――【
パッ、と青い光が迸り、集合住宅の部屋内が青一色に染まる。被害者の、あたしと同じ高校の女子と、おそらくその両親――、3人の身体とその飛び散った血が光り輝いて、死傷する前のキレイな状態へと回帰していく。あとついでに『アストリオン』の作用で、家具が倒れたり、傷ついた壁なんかもサービスで直しちゃう。
「こんなカンジで、『装纏』しなくても、単発で『魔法』使ったりも出来るんだ」
「まったく……。僕も『宿主』になるべきだったか……」
「ははは! 遥戸が『宿主』になったら、頭脳戦で勝てる気がしないよ。助かった」
「フッ、冗談だよ。……っと、被害者が目を覚ましそうだ」
「ん、んん……」
すっかり元通りになった室内で、床に倒れた三人が少しずつ目を開いていく。
「おい、大丈夫か?」
「……え、あれ……、生き……てる……?」
「あなたにメールを貰った者です。悪魔に襲われていました」
「!」
はっ、と息を飲み両手で口元を抑え、小刻みに震えだす依頼者を軽くハグして、肩をポンポンと叩いてやった。
「大丈夫、あたしがその悪魔をとっ捕まえたから。もう心配しなくていいよ」
「~~~~~~~~~~ッ!」
その子はそのまま泣き出してしまった。両親が突然襲いかかってくるんだもんな。怖かったよな……。しばらくそのままでいると、依頼者の両親が恐る恐る話しかけてきた。
「あ、あの、あなた方は……?」
「失礼、自己紹介が遅れました。僕たちは娘さんと同じ学校に通っている者で――、部活動として、超常現象の研究や、悪魔退治をしています」
「え、ぶ、部活で――悪魔退治ぃ!?」
「このコから届いたメールが変なところで途切れて、途中送信されていて……。なんかヤバいなって思って来てみたら案の定、大変な事になってて――」
「え、で、でも、なんとも無い――、確かに、血が――」
と、依頼者のお母さんが疑問符を浮かべようとした瞬間、遥戸がスマホの画面をかざした。その画面には、さっきまでの凄惨な現場が映し出されていた。
「ヒッ!」
「うちの部員が超常的な能力を持ってまして、瀕死の皆さんを救出し、破壊された室内も復旧しました。このことは通報せず、秘密にしておいてください。でなければ、記憶を消去させていただく他……。ナッツ、出来るか?」
「うん。出来るよ。というか、忘れたほうがいいのかもしれない。PTSD? になっちゃうかも、だし。――どうする?」
あたしの目の前で縮こまっている女の子は、身体を小刻みに震わせながら小さく頷いた。振り返って両親の顔を見ると、二人も小さく頷いた。
「しかし……何かお礼を……」
「いえ! ダイジョブです! 捕まえた悪魔を頂きますんで! あ、いただくって食べるって意味じゃなくて、研究材料と言うか、なんというか――」
「ナッツ、説明すればするほど怪しい雰囲気になるから、その辺にしておくことをお勧めするよ」
はぁ。遥戸が一緒に来てくれていて、良かったかな。あたし一人だとうまく説明できてなかった。たぶん。
「――じゃ、あたしたち、帰ります。ドアを閉めるとき、皆さんはこの事件についてのイヤな記憶だけ、きれいサッパリなくなりますから、安心して下さい。ただ、完全に忘れられちゃうと、今後何かあった時に困るから、あたしたちの事と、助けられた事だけは記憶に残しときます」
「困ったときは連絡して下さい」
遥戸は懐から木製のオシャレな名刺入れを取り出すと、電話番号とメアドが記載されたシンプルな名刺を一枚、お父さんに手渡した。って、いつの間にそんなモン用意してたんだよ……。おまえ『アストリオン』使えないだろ。部費使ったのかな。
「じゃ、また学校でね!」
「……ありがとう……ございます!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞわぞわっと。うわわわ~~。人助けするって……、超気持ちいい……。これだ。これなんだ。あたしが求めてたのは……! 身体の芯が熱くなるみたいだ。……。あたし、興奮してる……。……これヤバい。中毒になっちゃうかもしれない……。
「……ほら、行くよ」
「はっ」
遥戸に促され、ふと我に帰る。あたしは一言、呟いた。
「――【
記憶を消す魔法だ。特定の記憶を狙い撃ちして消すことができる。――カチャン。あたしは静かに扉を閉めた。この向こう側ではさっきのコが、きっと呆然とした表情を浮かべていることだろう。
「最初の依頼、コンプリート、っと」
「――そうだ、ナッツ。念の為『アストリオン』で、マンション内にある監視カメラのデータを書き換えておいてくれ。出来るか?」
「はいよ。お安い御用」
確かに、余計な足跡は消しといたほうがいいな。あたしたち思いっきり不法侵入してるから。――あたしは壁に手を当てると『藍青のアストリオン』を集中させ、建物に巡る配線を辿り、マンションサーバ内の各カメラのデータを消去した。……あと、インターネット経由でシステムセンターにもログ残ってるな……。ちょっと遠いから面倒だけどこっちも消しとこう……。ぐぬぬ……。……よし。
「……お、終わった……。思ったより面倒だった……」
「次回からは予め、こちらの情報をシャットダウンしてから入った方がいいな――、っと、ナッツ、鼻血出てるぞ」
つう――ぴたん、と床にあたしの血が落ちた。インターネット経由でハッキングなんかしたから、脳を酷使したのかもしれない……。遥戸はスッとハンカチを差し出した。紳士だなぁ。あたし『宿主』だから、放っといてもすぐに自然治癒するんだけど、血で汚れるであろう未来を顧みない行いが、とても清々しい。
「サンキュ」
「洗って返してくれよ」
一言余計だが。
「へいへい。じゃ、帰ろっか。歩いて帰る?」
「何でもいいよ」
「んじゃ、このまま様子見がてら、輝空のウチに行こっか。さっき捕獲した悪魔も渡したいし」
「わかった」
というわけで、あたしたちはマンションを出ると、近くのバス停から周遊バスに乗り込んだ。バスは微妙に混んでて、あたしたちは隣同士の席に座った。遥戸は、部室で読んでいたらしい本の続きを読み始める。犯罪心理学……? ふーん……。
「遥戸、警察官にでもなんの? 検事とか?」
「それもいいけど――少し、興味ある仕事があって。……未解決の事件を解決する研究所、というのがあるという噂を聞いてさ。都市伝説みたいなものかな。役に立つかは判らないけど、色々読んでるってわけ」
「へー、だからあたしらの部活動に付き合ってるってわけか……」
「それもあるけど、――皆が心配だしさ。幼馴染として、ね」
「ははぁ。そっか。ありがとさん」
赤い自販機が一つ、青い自販機が一つ、……さっきのお高いマンションから、輝空の住んでる団地の一角への距離は、バスで一区間のところだ。雑談していればあっという間についてしまう距離だ。あたしらはバスの停止ボタンを押した。遥戸が押すよりあたしのほうが一瞬、早かった。ふふっ。
「――さて。輝空、何してっかな。グループLIMEには既読付いてるから生きてるとは思うけど。鈴も音沙汰ないし……」
「そうだな、行ってみれば解かるよ」
遠くに子どもたちの喧騒がまだ残る団地の一角、コンビニのある道路を挟んだ反対側にぽつんと建つ濃い灰色の、8階建てのマンション。入り口の自動ドアをくぐると、0から9までの数字と、「呼出」の文字がついたボタン。ピッピッピ、と輝空の部屋番号を入力する。
「……はい」
「おっす、あたし。様子見に来たぜー。手土産もあるよ」
「えっ!? ナ、ナッツ!? 遥戸くんも!? 嘘、どうしよう……」
なんだ? なんかバタバタしてるみたい。誰かいるのかな? なんて考えていると、ブィィンと厳かに、閉ざされたもう一つの自動ドアが開いた。
「……入っていいよ」
「(なんだろ?)じゃ、上行くねー。行こ、遥戸」
「失礼するよ」
少し年季を感じるエレベーターの銀色の扉が開いて、あたしと遥戸はそれに入った。24時間監視中、というステッカーが目に留まる。背後には監視カメラが付いているので、きっと監視員さんがコーヒー片手に、たくさんの画面をチェックしているんだろうな。
――階です。
あ、着いた。さてと。あたしたちが部屋の前に立ち、ドア横のインターフォンを押そうとしたら、到着したのを察したかのように、カチャリ……、と金属製のドアが開いた。
「や、ナッツ。遥戸くんも」
「……大丈夫? 最近姿見なかったけど」
「何かしら事情があったんだろう。入っても?」
「うん、どうぞ」
あたしたちは靴を脱ぎ、輝空に続いて部屋に入る。……あれ? ローファーが一つ多い。先客がいたのかな? 白い壁。パイン材風のシートが貼られた床の上を靴下が滑る感覚。そういえば最近、遊びに来てなかったな……。
「やっほー」
奥の空間には、見覚えのあるピンクブロンドのツインテールが揺れていた。
「鈴!?」
気まずそうに視線が泳ぎまくっている輝空。遥戸は「やっぱりね」という顔をしている。……えっ、どゆこと???
「えっと、ちょっと複雑な事情があって、鈴をうちに泊めてたんだ」
「鈴が輝空に、みんなには伏せておいてってお願いしたの。迷惑かけたくないから……」
「……なるほど」
鈴んちの親御さんか――、……こう言うとアレだけど、鈴に対して、異常に躾が厳しい事は昔から知ってる。これまでも鈴がプチ家出した事は度々あったし、今回もその流れなのかな、とは容易に想像がついた。
「……けど、あたしたち、もう単なる幼馴染じゃないだろ。あたしだけハブるのは無しだからね!」
「ごめん、そういうつもりじゃ……、ナッツに心配かけたくなくて……」
鈴のツインテがしおしおと、しおれていく。何故か昔から、鈴はあたしに隠し事をしたがる。昔なじみなんだし、頼ってほしいんだけどな……。
「いーよいーよ、次に家出するときはあたしにも声かけてよね!」
よしよし、と頭を撫でてやると、鈴はぼおっと顔を真っ赤に染める。そして次にムスッとしながら、こう言うんだ。
「……鈴、子供じゃないんだから……」
「はいはい」
「それにしても、今回は何があったんだい?」
「それがね――……」
簡潔に纏めると、門限を破った事について(けっこう激しく)咎められたのが原因。その時、あたしたちとつるんでる事を(かなり)悪く言われて、カッとなった鈴が反論したらしい。そしたら、思いっきりビンタされた挙げ句、「帰ってこなくていい!」まで言われたんだとか。
「……今そういう時代じゃないよねー。言っちゃ悪いけど、もう毒親じゃん、それ」
「私達、『宿主』になったし、学校行く必要も正直、ないんじゃないかって……」
「いや、学校は行っておいた方がいいよ。その力が失くなる可能性だって十分ある。例えば相手の『宿主』が、力を奪う『願い』なんかをしていたら――」
「えぇ~、だったら今のうちに『アストリオン』で、宝石とかいっぱい作っておけばいいんじゃない? ほらほら~」
雑談していると鈴が『檸檬色のアストリオン』でピンクダイヤモンドを数粒、パラパラと具現化した。一粒つまみ上げてみる。うーん……、一見キレイだけど、微妙に透明度が低かったり、カットが甘かったりして、鈴には言えないけど、あまり値が付かないだろうな、と思ってしまった。
「……あたしもやってみようかな」
軽く拳を握りしめ、『藍青のアストリオン』を内部に集中させる。ダイヤモンドの結晶構造――、ただし完璧すぎると人工的になってしまうから、若干のゆらぎを入れて原石を形成し――、ラウンドブリリアントカットにきっちり仕上げて――と。
「……こんなもんかな。じゃこれ、鈴にプレゼントするよ。元気だしてよね!」
「わー! すごいキレイ! 鈴だけずるい!」
「――っ! ……あ、ありがと……。大事にする……」
「代わりに、鈴のやつ一個貰うね! へへっ」
鈴はあたしが作ったダイヤモンドを握りしめ、瞳を閉じて、静かに微笑んでいた。いつもの鈴の笑顔だ。少しは元気出たかな。
(……さっきの、10カラットはあった。数千万円は下らないんじゃ……)
遥戸がブツブツなんか言ってる。……あ、そうだ。輝空にアレ渡すの忘れてた。
「輝空、そういえばさ、さっき悪さしてた悪魔を一匹、捕まえたんだ。あんたに渡そうと思ってさ」
「え、ほんと!? 私、全然見つけられなくて、途方にくれてたんだ……」
あたしが【
「うわっ! 今の何!? 『アストリオン』じゃないよね!?」
「『マジック』の『異世界プラグ』で『魔法』を使ったんだ。こういう悪魔とか、魔物を捕えて持ち運ぶことができるんだ。便利だよ」
「えぇー!? 私魔法少女なのに魔法使えないんだよ!? ずるくない!?」
「うるさいニャア……」
隅っこで寝ていた黒猫……。輝空の使い魔ミッツ・メイだ。くああ、と伸びをしながら眠そうな三つ目を開いた。
「……おやおや。そいつは都市伝説で有名な、悪名高き鏡の悪魔じゃないか。午前二時に合わせ鏡をすると、その中から飛び出てくるっていう。ニンゲンなんかに捕まるなんて、ダッサーい」
「キ、キサマ! 猫又風情が、オレサマを愚弄するのか!? 第一、キサマもニンゲンの使い魔だろガ!」
「うるっさいな! メイは輝空が好きだから一緒にいるの! ね、輝空!」
ミッツは目を細めながら喉をごろごろと鳴らし、輝空のお腹ににすりすりと額をこすりつけている。輝空はデレデレしながら猫ちゃんを撫でくりまわしている。へっくし。毛が舞ったせいで、猫アレルギー持ちのあたしは思わず、くしゃみをした。
「ま、アンタはもう逃げらんないし、観念して輝空の使い魔になるしかないよ」
「ヤダヤダ!! 輝空の使い魔はメイだけなの!」
「(……コイツらめんどくせぇな……)」
「それなら大丈夫。使い魔以外にも、武器になってもらうっていう手があるよ!」
「……ぶ、武器ィ?! オレサマが……!?」
「鏡の剣なんてどう? 絶対かっこいいよ! ネットでバズっちゃうかも!」
「バズる……」
鏡の悪魔はぼそっと呟いてから、しばらくの間ニヤニヤしながら何かを妄想していた。どうせ女子の悪魔にモテるとか、有名になるとか、そーゆーのだろうけど。
「……ヨ、ヨシ。オレサマもキサマを手伝ってやル!」
くっそチョロい……。にしても、あれだけ好戦的だったコイツを一瞬で落とすとは……。輝空にこんな才能があったなんてね。もっとも、普通に生活している中で、悪魔に好かれる才能があるかどうか、なんて判るわきゃないけど。
「じゃあ、コイツは置いてくから、煮るなり焼くなり好きにして」
「やったー! えっと、キミの名前って、なんていうの?」
「オレサマは……、特に名前、無い」
「そっか。それじゃ……――『キラリン』で! じゃ、行くよ。
『アックマージ、封印』っ! 武器になれっ!」
輝空がキラリンに触れながらそう唱えると、ぼふっとキラキラする煙が立ち上り、床に突き刺さった光り輝く剣が少しずつ姿を現した。輝空は鏡を持ってきて、キラリンの剣姿を映してみせた。
「どうどう?! かっこいいよ! キラリン最高! 最高だよ! すてき!」
「おぉ……。コレが……、オレサマ……なのカ……?」
す……、すごい。あの凶暴なヤツが、完全に落ちた。悪魔たらしだわ……。
「フン! ま、まぁ、確かに美しいけど……、輝空の1番はメイなんだから……」
「猫ちゃんツンデレ~。あー、鈴も新しいコ、探しに行かないと、だな~」
お。輝空に触発されて、鈴のやる気がちょっと出た。鈴は壊れた機械を探してメガル化しないと、手駒が増えないのだ。あたしは鈴のちっちゃい手を握って励ました。
「じゃ、一緒に探しに行こう! あたしも付き合ってあげるからさ!」
「……うん!」
「出かけるときは、LIME送ってくれれば、いつでも行くから」
「……ありがと、ナッツ……」
鈴の瞳に優しい光が戻る。はあ、よかった。いつもの鈴に戻ってくれて……。
「それじゃ、そろそろ帰るかな。あっと、二人とも、そろそろ学校に来なよ! あたし一人で部室で待ってるの、ヒマだしさー!」
「僕もいるのを忘れないで欲しい」
「あ、そーだった。ごめんごめん!」
不服そうにボソッと呟く遥戸を見て、二人にすっかり笑顔が戻った。やっぱあたし達はこうじゃないとね。太ももからつま先に軽いしびれを感じながらも、よいしょっと立ち上がり、玄関で黒い厚底スニーカーを履く。とんとん、とつま先を整えて、と。
「――じゃ、また学校で!」
to be continued...
カラーズ・オブ・アストリオン ARMYTOM @armytom
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