第41話 カフェで待ってる

ドゥラコーンの城に囚われたヴァイオラ姿のオレ様は、石造りの牢屋で聞き耳を立てていた。鉄格子の外がザワついているからだ。その理由は単純にして明快。ヴァイオラのヤツがあの金髪ヤンキーをぶっ飛ばしたのであろう。それを証明するかのように、門番のミノタウルスみてーな悪魔がずしんずしんと牢の前に立ち、挿した無骨な鍵をがちゃがちゃと回して、この隔離空間を開け放った。


「出て良い」

「ふー、やっと解放されたぜ」

「我が主が敗北された。我々は貴様らの支配下に入る」

「あー。んじゃココも今後ちょいちょい使わせてもらうわ。……んじゃ、またなー」


ミノタウルスは特に感情を浮かべることもなく、ずしんずしんと持ち場に戻っていった。ま、そのうちまた会うことになんだろ。


「さて、と……」


オレ様は目の前に出現した扉をガチャッと開く。その向こう側には、オレ様の棲み家――。すなわち、ヴァイオラの部屋があった。ドアをくぐる。ふっと悪魔城の気配は消え、オレ様の背後には、ドコにでもある一軒家の廊下の景色があった。


「アイツが行きそうな場所は――、あそこだろーな」


オレ様は一応、ローファーを脱いで、ヴァイオラの部屋を出、階段をとんとんと降りて、玄関でまた靴を履き直し、玄関のドアを開いて外に出た。


「うおっ、まぶしっ」


オレ様は徒歩で駅前に向かう。大体こっから1kmくれーだから、10分やそこらで着くだろう。梅雨の気配が漂ってきたトーキョーの端っこの街。雨の季節も嫌いじゃないが、晴れてる方がどっちかっつーと好みだ。


ふとショーウィンドウに、オレ様の姿が映り込む。セーラー服を着たアイツの姿だ。そのガラスが透けて見える奥には、最近の流行りの服が飾られている。……いつも同じカッコだし、たまにはこういう服を着てみるのもアリかな。


「……へへッ。アイツ、びっくりするだろーな。ま、そのうち……な」


と言ってる間に、駅前のカフェに着いた。思ったとおり、アイツは道路に面した一番手前のカウンター席に座って、とびっきりの笑顔でオレ様に手を振っていた。カフェのガラスに映り込むオレ様の顔も、自然とアイツと同じカタチになっていた。


オレ様は小走りで店内に駆け込む。


「……待ったか? ヴァイオラ」

「さっき着いたとこ。あ、2号は『秘密の小部屋』に戻ったから!」

「おーそっか」


オレ様はヴァイオラに向き直る。相変わらずヘラヘラしながら、でもヴァイオラは優しい瞳でオレ様のことを見つめている。


「……ありがとな」

「いいっていいって。ドゥラコーンも、本気でバロックを殺すつもりは無かったみたいだし」

「……だな。けどよ」


カウンターの上に置かれた、ほんのり温かいヴァイオラの右手を握り、指を絡ませ――、アイツの肩にオレ様はもたれ掛かった。


「寂しかった」

「わたしも」


よしよし、と頭を撫でてくるアイツの手に、オレ様は安堵した。それ以上言葉を交わす必要もない。オレ様とヴァイオラは絶対的な信頼で結ばれており、何人たりともその間に何者かが割り込むことはない。


「――ところで、なんか妙な気配をオマエから感じるんだが、なんかあった?」

「そうなの。これ見て」


と言って、アイツはエメラルド1カラット分ほどの、小さな『翠緑のアストリオン』の結晶を作り、テーブルの上に転がした。きらきらと輝くそいつをつまみ上げ、眺めてみると――。驚いたことに、その内部に広がっているのは、小さな銀河だったのだ。じわりと、オレ様の額に汗が滲む。


「こいつは……。驚いたな……。もしこの『殻』が壊れたら……。この星どころか、数光年の範囲が吹っ飛んじまうだろうぜ」

「かも、ね」


フッ、と。その結晶が溶けるように消えて、光の粒子が虚空へと霧散していった。小さな銀河が、目の前でその一生を終えたのだ。時間の流れが全く違うとはいえ、その中にある惑星では生命が誕生し、そして絶滅していったのかもしれない。それはまさに、神の所業といえた。


「アストリオンと、デヴィリオンを――、こう、ちょうど良い感じに混ぜるとね――、今まで出来なかったことが、全部出来るんだ……。でも、なるべくこの日常は変えたくない。わたしは、この世界が好き」


オレ様を見つめながら、世界、と言ったヴァイオラに、オレ様はちょっと肩をすくめた。


「けどよ、ちょびっとがあるんじゃねーか?」

「うん。だから、待ってた」

んだ?」

「失くしたところ」

「あぁ……、ナルホドな。ワカッたぜ」


アイツらが消えた場所といえば、あそこだ。


――オレ様とヴァイオラには、仲間がいた。前回の『王の儀式』で共に戦った、『悪魔数2』の悪魔ウォルコーン、そいつと融合した『宿主』ジョゼ。それから、『悪魔数4』の悪魔フライピッグと、その『宿主』ベルゼだ。正直フライピッグはクッソどーでもいいが、姉のような存在だったジョゼと、(関わった時間は短いものの)妹のような存在だったベルゼを失ってから、ヴァイオラの心にはぽっかりとひび割れた穴が空いてしまって、それを埋めることは遂に叶わず、アイツらが残した2つの『結晶』が、悪魔化したヴァイオラの胸に、今でも突き刺さったまま、残っているのだ。


一度、人間だった頃のヴァイオラが命を賭してその二人を『翠緑のアストリオン』で再生しようとしたが、失敗した。悪魔と融合した二人の『宿主』を再生するのは、2つの宇宙を作るのに等しい行為だったからだ。結果、ヴァイオラは致命的なダメージを負い、二度目の別れを味わうことになる。


その場所が――


AINアインベースか」

「さっすが。えへへっ。大好き」


「――学校の連中はどうする? 連れてくか?」

「うーん、それも考えたけど、やめとこうかな。ほら、仕事だから仕方ないとはいえ、『宿主』のみんなは監視されてるから。いい気分にはならないと思う」

「ま、そりゃそうか――って、オマエも実はイヤだったのか?」

「ええとまぁ……、ちょっとだけね。おトイレとか見られたくないし……」

「案外、繊細な所もあるよな、オマエ」

「……案外はないでしょ、案外は……。酷いなあ……。あー、傷ついたー」

「よく言うぜ。で、どーする? 何で行く? 飛行機か?」

「それも優雅でいいけれど、来週も学校あるし、ポータルかなぁ」

「ああ、アレな。ドクターなんとかが使うみてーなヤツ」

「そそ。じゃ、行こっか。あ、バロックの分のコーヒーも買ってあるよ。はい!」


と、ヴァイオラはオレ様にアイスコーヒーを手渡した。結露した水滴が、オレ様の掌へと伝って皮膚を冷やした。人間の感覚器官は刺激的だ。悪魔態だと三次元宇宙空間における感覚はどうも曖昧で、こんなにパキッと感じることができない。だから、この姿はオレ様もスキだ。


(あーアイツら、元気してっかな。三神のおっさんに、エリザベートちゃんに、アストリッドに、大勢のモブ研究員に……)

「ほらほら、行くよ!」


色々考え散らかしていたオレ様の脳はヴァイオラに手を引かれて店外へ出ることにより思考を中断され、人目のつかない路地裏に引っ張り込まれ、下手な探偵みてーにきょろきょろと通りを伺うと、路地裏の奥に向かって手を広げ、ブゥン、と赤い光が弧を描き、ドイツの地下にある秘密施設に通ずるポータルが口を開いた。


「はい! ……あ、バロック……、ちょっと来て……」


あ。この流れは。考える間もなく、アイツはオレ様の――。


……


…………



「……よし、行こっ」

「…………」


……頭皮の汗腺が開いたせいでオレ様の髪がぼさぼさになってしまった。ヴァイオラはまだ呼吸を荒げているオレ様の手を引き、ポータルに入る。この輪っかは、以前ヴァイオラが倒した『宿主』の持っていた『願い』を受け継いだもので、人間が使っても問題なく、月くらいまでなら一瞬でトラベルできる優れものだ。


「……あー、あん時以来か……久しぶりだな……」

「あれ! アストリッドだ! おーい!」


コンクリート打ちっぱなしの広くて無骨な通路の向こうに、何ヶ月か前に見たあの、水色ピンクのポニーテールをぶら下げた、細身だががっちりとした体格の女がいる。『悪魔使い』のアストリッドだ。その後ろに、相棒の悪魔レッドラムが浮かんでやがる。こっちも相変わらず、赤いサッカーボールに羽が生えたマスコットキャラみてーな姿をしてやがる。


「ヴァイオラ!? ……が、二人!?!? なんで!?」

「あっ。そっか。わたしはこっち。で、こっちがバロックが化けてる方」

「よう」

「ええ……。手なんか繋いで、お前らそういう……?」

「うんまあ、そんなとこ。えへへっ」

「はぁ……。まあ、構わないけど。いろんな愛の形があるし、な。それはそうと、突然どうしたんだ? あんたの三人の『宿主』の件? それとも――」


その質問に、オレ様がかぶりを振って答える。


「ジョゼとベルゼの件だ。復活させる算段が見つかってな。コイツの要望で、んだと」

「!」


アストリッドの目がまん丸に見開いて、金魚みてーに口をぱくぱくさせている。ジョゼとコイツは因縁があって、一回ガチでぶん殴り合ってる仲だ。あと、一回ヴァイオラが目の前で失意のドン底に落ちたのを見てっから、喜ばしいような、ストレス源が戻ってくるような、メチャ複雑な感情を抱いているに違いねー。


「と、とにかく、三神所長のところに案内する。詳しい話は所長にしてくれ」

「わかった。ごめんね急に」

「いや、いいんだ。あんたの頼みなら何でも聞くから……」

「ありがとう、アストリッド……」

「……」


そういやコイツもヴァイオラの事スキなんだった。ヴァイオラ、マジで悪魔だよな。尤も、アストリッドはオレ様が悪魔態のときに出会ってるから、なんつーか、オレ様とヴァイオラはあくまでバディで、その延長線上の関係性、って認識してるんだろーな。だからオレ様とヴァイオラがくっついてても、別にー? って感じなワケだ。


「ゼルテには会ったか?」

「うん。会った」

「あの娘の父親――、デルニエ・エンデの死後、ベルリンの病院に入院してたんだが、ある日、忽然と姿を消しちまって――。あんたの『宿主』を観察しているチームから、ゼルテらしき人物を目撃したっていう報告を受けたんだ。……やっぱりそっちに居たんだな。何が目的なのか……」


ヴァイオラ達の学校を支配しているらしい教頭の室に、『アストリオン』で情報を遮断して潜むゼルテ・エンデのことだ。


「あの女、ヴァイオラを狙っているらしいけどよ、イマイチ殺しにこないっつーか」

「わたし悪魔になっちゃったし、そう簡単には殺せないからじゃない?」

「ったく、女子高校生のする会話じゃないな……。ほら、着いたよ」


スィィ、と自動ドアが開いて、お懐かしい中央司令室の全景が視界に飛び込む。巨大モニタには各地の『宿主』を追うカメラやら、衛星からの映像が映し出されており、その中には我らがナッツ、鈴、輝空の姿も小さく垣間見えた。まあぶっちゃけ、あまり危険視されてないっぽいせいか、扱いがちっちゃい。


応接ブースでダラダラしている無精髭のおっさんを発見。ニンテンドーのゲーム機で遊んでいるみてーだ。多分、モンポケの最新作をプレイしているんだろーな。「色違い出ない……」とか呟いてっから。……お、気づいた。


「……おやおやおや……?」


ヴァイオラとオレ様の顔を交互に見ている。みんな同じ反応すっから流石にリアクションするのがダルくなってきた。と、三神のおっちゃんがニヤリと笑った。


「……私服の方がヴァイオラ君で、セーラー服の方はバロック君……かな?」

「おっ! なんでワカッた? 服以外おんなじハズなんだが……」

「表情かな」

「……」

「中身は変わらないってことだね!」とヴァイオラ。

「うっせー!」


呆れ顔でオレ達のやり取りを眺めるアストリッド。このやり取りもなんだか、懐かしい。このノスタルジックなチルい感覚、これも悪魔態だとあまり感じなくって、一回体験しちゃうとなかなか……戻り難いところがある。脳内物質が軽く迸って前頭葉を刺激し、鼻の奥がつーんとして、なんか知らんけど目から体液が出そうになる。


「……あれ? バロック?」

「な、なんでもねーよ! それよりヴァイオラ、例の件話せよ!」

「それもそうだね。実は……」


ヴァイオラはあらましを話した。つまり、こういうこった。


――ヴァイオラが新たに会得した力。それは『アストリオン・ゼロ・インフィニティ』といって、『マイクロ宇宙を創造する』という力だった。んで、そいつを応用することにより、これまで不可能だった無茶苦茶な『願い』を叶えることが出来そうだ、と。つまりマイクロ宇宙の極限まで圧縮された質量を、『願いのエネルギー』に転換しちまうことによって、この三次元宇宙空間内にある全エネルギーを集めても不可能な事象を実現する、という、アルティメットな所業だ。それで、ジョゼ+ウォルコーンと、ベルゼを復活させるのだ(あとついでにフライピッグも)。


「……なるほど。一応確認しておくけど、それによって地球上に何か不都合な事は起きないかな? 普通に考えると、放射線が物凄く出たりとか、重力異常とか起きそうな気はするけど……」

「わたしのコントロール下にあるっていう実感あるし、たぶん、大丈夫かな……」

「そーだな。例えば『星紋撃勁』だってホントは、撃った瞬間にマッハ50近い強烈なソニックブームが発生するはずだからな。それをコイツは感覚的に、てんだぜ。だからまあ、迷惑かけるようなことにはならねーだろ」

「ふーん。アタシにゃちっとも分かんないけど、バロックがそう言うならだいじょぶなんじゃないの」

「それ以前に、ヴァイオラ君がいなかったら、この世界はとうに滅びてるだろうし、ね。お任せするとするよ。実験棟を使うのかい?」

「えっと。わたしが前にお借りしたお部屋で、やります」

「あの時の続きからというわけか。実に君らしい。好きに使っていいよ」

「……ありがとうございます」


三神のおっちゃんがまたゲームの画面に視線を落とすと、ヴァイオラは深くお辞儀をして西側の出入り口へと向かった。


「……アンタはいかないの?」

「あー。久しぶりの再会だし、二人っきりにさせてやりてーからさ」

「……アンタ、ほんとにバロックかい……? 随分変わったな……」

「へっ、どーだかな」


オレ様は肩をすくめた。


「それより、あの猫のうんちから採ったコーヒーくれよ。確か高級品なんだろ?」

「……また吹き出すんじゃないの?」

「悪魔態のときってさ、実はほとんど、味がわかんなかったんだ……。本当はどんな味だったのか、知りたくってさ。アイツの感覚をもっと、知りたいんだ」


アストリッドはちょっとびっくりしたような顔をして、すぐにフッと優しい顔になり、親指をグッと立て、リアル<いいね>をした。


「オッケー。じゃあ、アタシが淹れてあげるよ。今度はちゃんと味わいなよ」

「……ありがとよ」




to be continued...

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