第40話 混ぜるな危険! ゼロと∞の力

人気のない、深夜の神社。厄除祈願、合格祈願、といったのぼり旗がはためいている。初夏とはいえまだ肌寒い。わたしは駅前で買ったコーヒーを静かに啜りながら、すっかり暗くなった境内に歩を進める。――鳥居を潜った途端、異世界にでも迷い込んだような感覚がした。ドゥラコーンによる結界が張られていて、外界からわたしたちの姿が見えないようになっているのだ。


「――来たか。待ってたぜ」


金髪リーゼント、短ランボンタンという昭和のヤンキー・スタイルで、賽銭箱の上に腰掛ける亜堂雷鳴レクと、その傍らに立つ悪魔竜人ドゥラコーン。


「……そんなとこに座ってると、バチがあたるよ?」

「ハッ。それもそーだな。……よっ、と」


たっ、という革靴の音を立て、彼は敷石の上に飛び降りた。天神さまをお祀りしているこの神社で、学問バトルなら兎も角これから殴り合いをしようというのだから、わたしもまあ、同罪か。


「わたしが勝ったらバロックは返してもらうからね。――あと、ドゥラコーン」

「なんだ?」

「わたしが負けたら、あなたの宿主とデートするのは構わないけど……、もしわたしが勝ったら、何かないの? 賞品とか、さ。……流石に、『願いの悪魔』ともあろうものが、ただ人質を返しておしまい、ってことはないでしょう?」

「……」


勿論、そんなものは期待してないけど、バロックが人質に取られているという不利な状態を、ちょっとでも変えようという作戦。チラッと、亜堂雷鳴レクを見るドゥラコーン。そして口を開いたのは竜人ではなく、金髪リーゼントの方だった。


「俺の使ってねー『願い』を、アンタにやる。何を願ッても構わねえ。それが俺の、アンタへの気持ちだ!!」

「……!」


――――『願い』を、わたしに使わせる……!?

それがどれ程のことか。今まで『宿主』たちと戦ってきたわたしには解かる。自分そのものの存在を預ける。それに等しい行為……!


「――正気なの……?」

「あたぼうよ!!」

「『願いの悪魔』ヴァイオラよ。我が名は誇り高きウォルコーンの兄、ドゥラコーン。この者の『第1の願い』は、貴様と戦うこと。そして、その結果に関わらず、『第2の願い』は、端から貴様に捧げるつもりらしい。貴様が何を『願う』のか――、楽しみにしているぞ」

「もっとも、その前に……」


パンッ!と、亜堂雷鳴レクが右拳を左掌に叩きつける。


「タイマンだッ!!」

「――いつでもどうぞ」

「悪魔の姿になんねーのかよ?」

「だって……、殺しちゃうから」


怒気とともに、亜堂雷鳴レクが目の前に現れた。『アストリオン』じゃない。前に見た、ドゥラコーンの技だ……! 右手に正体不明のオーラを纏いながら、振りかぶっている。


「ナメやがって」


大振りのフックを紙一重で躱す。けれど掠った頬がなにかに蝕まれるように、じりじりと痛む。これは一体……? 『アストリオン』でカウンターの気配を見せると、亜堂雷鳴レクは危険を察知し、飛び退いた。中指を弾いて『星紋弾』を撃つ。が、あっさりと片手で弾き飛ばされてしまった。


「なるほど。ちょっとは本気を出しても大丈夫みたいだね」

「あのなぁフザっけん……」


『星紋撃勁』。虎拳による掌打を、亜堂雷鳴レクの胴体に打ち込んだ。左脇腹の肋が2~3、折れる感触が伝わる。急所は外して、死なない程度に。彼は音もなく10mくらい吹き飛んで、ずしゃしゃあ、と砂利の上に転がった。


「ガハッ……! うぐ、クッソ……」


その姿を見て、弄びたい衝動が沸き上がってくる――のを抑え、ふうっ、と一息ついた。それにしても、さっきの技――。あれは……? それに、今の打拳も、思ったよりダメージが通ってない。『アストリオン』が液体だとすると、ゴムのような、弾力のあるものを殴ったような……。


「追撃ナシかよ……。トコトン舐められてんな……」


と言いながら、その謎のオーラで傷を回復して立ち上がってくる。


「さっきの技は、人間がそう簡単に立ち上がれるダメージではない筈……。一体どういうこと……?」

「……こういうことさ!」


ボッ! 彼の右手から放たれるこの波長は――亜堂雷鳴レクの『アストリオン』! 鉄錆色とでもいうか、ギャリギャリと火花を散らす、暗い赤の『願いのエネルギー』だ。そして左手から、もう一つは……


「『デヴィリオン』!?」


そんなばかな。『デヴィリオン』は悪魔しか扱えない力の筈。なぜ、普通の人間である亜堂雷鳴レクが……?!


「……


そして、2つの力を両手で混ぜ合わせた……!? それは、先刻からわたしが攻略に梃子摺っている原因の、謎のオーラ。その正体は、『アストリオン』と『デヴィリオン』の融合……!


「……なるほどね、ドゥラコーン。あなたが彼を選んだ訳がわかったよ……」

「――そういうことだ。この者は人でありながら、悪魔の血を引いている者。それも太古の『願いの悪魔』だ。大方、『宿主』が『願いの悪魔』との子を望んだのだろうな。その子孫、というわけだ」

「素敵な話――、だけど今は、聞いてる場合じゃないか」


ドゥラコーンのお話しを聞いてる間に、亜堂雷鳴レクのパワーが充満している。また気配を感じない攻撃が――


「――ッ」


被弾した。なんとかガードしたけど、躱しきれない。右肩の辺りに、亜堂雷鳴レクの左前蹴りが突き刺さった。激痛が全身を駆け巡る。『アストリオン』と『デヴィリオン』が混ざったダメージだ。右手が痺れて上がらない。


「オラァッ!」


追撃の右フックは通常の『アストリオン』を纏った拳だ。これは難なく躱して、バックステップする。……ッ。目眩が……。


「俺はアンタと同じようなタイプ、てこった。アンタは後天的にあとから悪魔化したが、俺は先天的もとからっつーわけ。甘くみてたな」

「……言葉もないや。ごめん。侮ってた」


もう少し本気を出さないといけないみたいだ。わたしは両手に意識を集中していく。翠緑の輝きが増し、パキパキ……と結晶が宙に舞って、周りに極小の星空が形成されていく。


「……『星紋装纏アストラ・ドレスト』……!」


バロック抜きなので、『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』は使えない。全身を覆った黒いアンダースーツの上に、結晶化した『翠緑のアストリオン』をアーマー化して装着する。これであのオーラをどの程度軽減できるかは判らないけれど。


「やっとかよ……! 流石の俺も、生身のアンタを殴るのは気が引けるからな……。ようやく本気ガチでいけるぜ……。ドゥラコーン! 『第1の願い』を再発動だ! 『俺を望む戦いに導き、俺と共に戦え』ッ!」


わたしの技は、かつて戦った『宿主』ジョゼの……、そして彼女と融合した『願いの悪魔』ウォルコーンから学んだもの。ドゥラコーンはその兄。つまり――


「『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』!」


ドゥラコーンの頭部がヘルメットとなり、その巨躯が流線的かつ、近未来的なスケイルアーマーへと変化して。ジャララララ、と金属的な音を響かせながら、鎖で翼が形成されて、亜堂雷鳴レクの全身に装着されていく。


「――ま、そう来るよね……。本家本元って訳、だもんね」

「未熟者の我が愚昧、ウォルコーンを倒した腕前、見せてもらおう――」

「アンタも俺も、同じ武器を持った。遠慮なく使わせてもらうぜ」

「よし……、かかってこい!」

「いくぜ!」


ジャララララッ!! けたたましい金属音と共に、彼の背中から生えた、8本の鎖が襲いかかってきた。スピードはさほどではないものの……、一つ一つに籠められた威力とプレッシャーが尋常じゃない。触れたものは素材関係なく、容易く砕かれてしまうであろう、そんなイメージが沸いた。わたしはそれらを躱す。


「ラアッ!!!!」

「――――」


背中に激痛が走る。しまった……。あのアーマーは囮……! いつの間にかがわたしの背後に移動してきて、その膝蹴りを背中にもらってしまった。人間態だとどうしても反応に限界がある……!


「……なっちまえよ、悪魔の姿に……」


耳元で囁かれる。少年らしい高音と、大人びたハスキーボイスが同居した、好みのタイプの声だ……。思わず、ぞくぞくと肌が粟立ってしまう。


「ちっ!」


振り向きざまに肘打ち。でも、虚しく空を切った。すでに彼はそこにいなかったのだ。さっきまで囮だった『悪魔装纏』が首をコキコキと鳴らして、彼がその内部に戻ったことを示した。


「アンタの力は、こんなもんじゃねーだろ?」


背中の傷が痛む。通常の『アストリオン傷』とは違うから、『翠緑のアストリオン』を集中しても治りが遅い。……普通ならここでキレて悪魔になったり、力の差に打ちひしがれたりするんだろうか。でもわたしの感情は、そのどれとも異なっていた。

歓喜。

愉悦。

楽しい……。いつも抑えているものを、解き放たさせてくれる。


「――わたしの正体は、愛する人にしか見せないの」

「俺じゃ役不足、ってわけか」

「――でも、ちょっとだけ、見せてもいいかな、って思えてきた」

「へッ。じゃ、これはどうだ……?」


彼が『錆鉄のアストリオン』を増幅させていく……!と、文字通り錆びた剣が大量に上空へ出現した。数十、数百――


「らあッ!」


それらが、雨のように落下してくる。彼の『アストリオン』の特性、それは恐らく――、『貫通』じゃないだろうか。だがそれは物質的にではなく、『アストリオン』などでの防御が無効であることを示す。その象徴が、あの錆びた剣……! そして、この技を回避するのは、不可能だ。


「これで終わりだッ!!!!」

「――人間態なら、ね」


そう、呟くとともに、わたしは悪魔態へと姿を変えた。この僅かな時の合間に、彼に少しだけ、心奪われてしまったのかもしれない。


静止した時の中で、ゆっくりと彼の背後へ歩いていく。ドゥラコーンは勿論、わたしの状態を認識している。が、戦っているのは亜堂雷鳴レク。ドゥラコーンはあくまでも使役されるアーマーとして、戦いの行方を見守るようだ。


「――いいのね? ドゥラコーン」

「構わん。貴様を殺すことは、我が望みでは無い――」

「……わかった、ありがとう。――!」


わたしの胸にあるジョゼのクリスタル――ウォルコーンの魂が、わたしの気持ちを昂ぶらせたのか妙なことを口走っちゃった。っていうことにしておこう。


「お、お兄……!?」


わたしの姿がもとの人間態に戻る。と、停止ボタンを押していた映像が再開するようにして、空中に止まっていた数百の剣雨が勢いよく石畳に突き刺さり、破壊しながら砂煙をあげていく。


「ははッ! これなら流石のアンタでも……」

「後ろだよ」


一瞬ビクッとして、ゆっくり振り返る亜堂雷鳴レクのほっぺたに指を突き指す。女の子みたいなレクの顔はぷにっと歪んで、そのまま硬直した。


「な……、な……、な……」

「一瞬だけ、悪魔態になっちゃった。わたしの負けかな……」

「てめ……」


レクの『アストリオン』と『デヴィリオン』が同時に集中していく。振り向きざまに、例のオーラパンチを見舞う気だ。――でも。それを待ってた。


「『第3の願い』を再発動――。『悪魔の設計図デモンズ・プラン』……起動」


ブン……、低い唸りと共に、わたしが『宿主』だったときに願った、3つ目の願いが再び発動した。左手の上に輝く、緻密な紋様が刻まれた青い球体。これには、触れた『願いの悪魔』に関するすべてのデータを分析し、再構築する力を秘める。


「なんだそりゃ!? これでも……、喰らいやがれ――――ッ!!!!」

「駄目だ我が『宿主』ッ! それに触れては――」

「もう遅い」


亜堂雷鳴レクの作り出したオーラが、わたしの『悪魔の設計図デモンズ・プラン』によって解析されていく。『アストリオン』と『デヴィリオン』を混合する際の、正確な比率。1:1.1618……。いわゆる黄金比率だ。その2つを錬金術のように混ぜ合わせ、練り上がったを分離しないように留める感覚。そういった情報が、『悪魔の設計図デモンズ・プラン』の内部に格納された。新しいアプリを、スマホにインストールするみたいに。


「……ラーニング完了、っと」


鼻と鼻がぶつかりそうな至近距離で。亜堂雷鳴レクの長い睫毛がぱちぱちと瞬いた。多分年下なんだろうけれど、毛穴も見えない、キレイなお肌。……なんでヤンキーになったんだろ? じっくり眺めててもいいけれど、一旦距離を離すとしよう。


「……ッ!? 消えた……!?」

「えっと、右手から『アストリオン』、左手から『デヴィリオン』……、こうやって混ぜて……と。……へへっ、楽しいね、これ」

「…………………!!!!」


その時だった。無限と無の力が均衡して暗黒のほらを形作り、人間態の目では視認できない球の空間から、超高次元宇宙空間のどろりとしたが滲み出てきた。わたしたちの住む三次元宇宙空間におけるとは、空間そのもののこと。では、さらなる高次元宇宙の器とは……?


「いいのか? それ以上の行いは……?」

「0次元から無限次元への循環。ゼロ=インフィニティ……」


『アストリオン・ゼロ=インフィニティ』。これは、そう。新しい『宇宙の卵』を作る力だ。人と悪魔、両方の力が重なったとき、宇宙の理を超越する概念が生まれる。彼――、亜堂雷鳴レクが使っていたのは、その前段階だったんだ。さしずめ、『アストリオン・ゼロ』、ってところかな。わたしに到達するという事象そのものを消していた、っていうわけだ。格闘技でいう、気配を殺す、気を消す、という感覚に近いものだった。


「神様と戦う? ――それはそれで、楽しいかもね。でも、神様はわたしのファンだから、どうかな? ふふっ」


バシュン。亜堂雷鳴レクの『悪魔装纏』が解除された。と同時に、ドゥラコーンの張った結界が解除されていく。破壊された石畳は修復されて、さいしょから何もなかったかのように、静かな夜更けが戻ってきた。


「――我が『宿主』よ。残念ながら我々の敗北のようだ……。もはや『願いの悪魔』どころのレベルではない――、私が自ら戦っても、消滅するのみだろう――」

「……畜生ッ……!」


亜堂雷鳴レクが石畳に跪き、『アストリオン』を纏っていない素の拳を叩きつける。生身の拳では石を砕くこともできず、皮膚が裂けて、血が滲んでいた。


「……けどさ、あの剣の雨は人間態じゃ回避できなかったし、わたし的には引き分けかなって。だから、そうだなぁ……。友達から、ってのはどう?」

「……友達……」


うわあ。心が折れる音が聞こえる……。男の子って、1か0か、どっちかしかない! みたいな所あるしなぁ。正直、ちょっと心惹かれたのはあるし。


「じゃあ、キスくらいなら……」

「……」


石畳の上で跪いたままの彼の顔をがしっとつかみ、唇を奪う。


「~~~~ッ」


頭を抱きかかえて、10秒くらい。変な話しだけど、不老不死とともに完璧な健康を保たれている『宿主』は口臭も一切ないので、フレンチ・キスをしても、別に嫌な感じはしなかった。


「~~~~~~~……!」


彼の顔が真っ赤に染まっていく。顔を離すと、彼は白目を剥いて失神していた。こういう事に慣れてないらしい。わたしは彼の心を支配したことに、大きな満足感を得ていた。悪魔化してからのわたしの悪いところかな。へへ。


「……えっと。あとは任せていい? ドゥラコーン」

「――心得た。『王の試練』の仕来りにより、敗北した我々は貴様の支配下となる。好きにするがいい。――それと」


ドゥラコーンは亜堂雷鳴レクを抱きかかえながら急に真面目な顔になり、わたしに向き直った。


「先刻の力。あれは神の力そのものだ。つまり――ー、貴様の望みを、容易く叶える事が出来るだろう。この宇宙を滅ぼすも、も――な。……我が『宿主』には悪いことをしたが――」


……そうか。ドゥラコーンの狙いは最初からこれだったのか。


「バロックを人質に取ってわたしを焚き付け、『アストリオン・ゼロ』に触れさせることで、『ゼロ=インフィニティ』に到達させる。そして――わたしの望みを叶えさせる。それが、あなたの狙いだった」

「……あとは、任せる。貴様の想いを信じるとするよ――」

「わかった」


フッ、と消えるドゥラコーンと亜堂雷鳴レク。わたしは両手をじっと見る。


「ジョゼ、ベルゼ、ウォルコーン……。ふふっ……」


帰ってくるみんなのために、パーティの準備をしないと。幸福感がわたしを満たし、自然と顔が緩む。神父様の教会をお借りしようかな。……なにか忘れてるような気もするけど。バロックのことはもちろん忘れてないし、なんだっけ。――思い出せない……。


……まいっか。



to be continued......

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