13(年越し! バックトゥザフューチャー編 完)

13

 


 元旦と言っても、深夜営業を行うファミレスには年明けもクソもない。ハッピーニューイヤー、と言葉は交わしたものの、何も変わったところはない。どこかの会場で花火が上がる音が微かに聞こえるだけだ。


 人生は時間が経てば経つほど、気持ち新たな意識は少なくなる。ただの地続き。また同じ、代わり映えのない繰り返しの日々である。年末最後そして年始初の深夜のシフトを任された店員は、欠伸をしながらそう考えた。


 しかし、と目をやる。大人数用の角席を埋めるあの珍妙な団体はなんだろうか。朝にも変な目立つ客が来ていたと、バイト仲間がSNSで呟いていたが、どうやらそれを超えそうだ。


 まず目につくのはラメ入りの赤スーツに銀髪の派手な美貌の男、その親戚かと伺える美少年が二人。ショートヘアの子と長髪の子が、真剣にメニューを選んでいる。長髪というと、と次に目についたのは暴走族の頭でもしてそうなド金髪の背が高い男。その隣に、シンプルにヤクザみたいな強面をした男。その横には、オレンジ色の派手な髪をしているが、顔立ちは優しい青年。目があうと、会釈をしてくれる。そして、顔色の悪い巨躯の白衣の男と、そのメンツに埋もれるようにして肩を縮める黒髪の青年。

 何か怪しげな勧誘でもあっているのか、と思い耳を傾けていたが、聞く限り、この黒髪の青年の方がヤバそうだった。何がどうやばいかというと——下手な漫画の設定かと思う、夢のような話をヤクザに向かって真剣にしているところだ。



「……というのが全貌なんですけど」

 優はぎちぎちに詰まる角席で、濃いメンツに囲まれながら、仁礼丹に向かって全てを白状した。

 仁礼丹は話始めに口元にコーヒーカップをつけたまま、固まって聞いていた。

「いや、全っ然わからん」

「ですよね俺もです」

「なんか一周回って冷静だなおめー! つーか誰だ!その横のでけー奴は!」

「件のフラン先輩です」

「そうかいどーもねえ!」

 仁礼丹はコーヒーカップを投げやりに置いた。フランは巨躯を角席の端に寄せ、何食わぬ顔でコーヒーを啜っていた。


「オイオイ、フラーン! カシラに迷惑かけたンだからよーッ! ケジメがいるんじゃァねーか?」

「業務妨害は遊泳歪だ。私の実験自体は大した影響ではなかったはずなのだ」

 拝見の柄の悪い茶々を受け流し、フランはそっぽを向く。

「いや人体に影響が出るわ」

 優はげんなりとした。


「ねーなんか追加頼んでいい?」

 マシカがパフェ食べたーいとメニュー表をかじりつくように見つめる。

「いいぞ。お年玉がわりに吾輩が馳走しようではないか」

 ダラマが高笑いをするのに対し、同じようにメニューを見ていたヨヴが顔をあげた。

「僕らのお年玉って、いくらなんですかね?」


 話が脱線していく中、そろりと杭手が手を挙げた。


「あ、あの〜……俺本当に、何があったのか……わかってないんですけど」

「そうなんだよなァ。ユーさんに「何言われても肯定しろ」ッて言われたからそうしてたけどよォ、何だったんだよあのパフォーマンスは」

 拝見も首を傾げた。「ユーさん」とは、遊泳のことだろう。いつの間にそれほど仲良くなったのか。


 フランがコーヒーを置いて、滔々と話す。

「……遊泳歪の結論は、タイムリープの原因は間違いなく神社での一件だ。無視をするには大きすぎる出来事が、タイムリープのトリガーになっていた。……無効できない事象がある場合、全てを検討し直すか、その事象を良しとして再構築するほかない」

 仁礼丹は指を組み、まんじりともせず耳を傾ける——が、途端にテーブルを軽く叩き、きっと凄んでフランを見た。


「まっっったくわからねえな……もうちょっと、バカでもわかるように言ってくれや、兄さん」


 物言いが完全にヤクザである。仁礼丹はパニックになると短気になるようだ。


「………………本来起こるはずだった未来の出来事に繋がる、同条件の類似した出来事を引き起こすしかない」

「……だあーっ! わからねー! いいわ、細けえことは! 元通りってこったな!?」

「そうッすね!」

 眉間を抑える仁礼丹に対し、拝見は同調を見せる。完全にヤクザとその舎弟である。


 優は一旦、話を進めることにした。


「で……その未来が、この緊急生放送ってことですか」

「そうなる」

 優のスマートフォンを、全員が取り囲むように覗きこんだ。画面には、『世界どうなってんだミステリー』の生放送が映し出されていた。

 カメラがブレたせいで、特番に集団アブダクションが乗ることはなくなったが、代わりに集団幻覚——宙に浮いた宇宙人らしき姿を見たという内容が放送されていた。即席で取られたであろうインタビューや、〇時の中継VTRを見直したりと、オカルト研究家たちによる徹底討論が繰り広げられている。

 遊泳歪は真実を語ることはなく、宇宙人やUFO、パワースポットについてより詳しい解説をし、真剣に「あれは間違いなく宇宙人です」という。


「しかし、うまいな、あの遊泳歪という男は。詐欺師に向いているぞ」

 ダラマがスマートフォンを見ながら、にまと笑みを浮かべた。

「何があ?」

「確かに怪しい人ですけど……」

 首を傾げるマシカとヨヴを見て、ダラマは眉を上げる。


「芸能人だと言うこともあるだろうが、どう捉えられてもいい状況を俯瞰で作るのが上手い。まず宇宙のパワースポットだなんだをでっち上げる。その次にさも当然というようにジャンプせざるを得ない状況を作る。それを言い出してもおかしくはないキャラクターなのだろう。そして上空に浮かぶ我々の姿をわざと見せる。人間は、摩訶不思議な状況に、先ほど植えつけられた前提にある知識を思い出す……宇宙人だ、と」

 赤い瞳がこぼれそうなほど、愉快そうにまぶたを細める。


「ヴァンパイアはカメラに映らない。証拠は目撃者の伝聞のみ……勝手に想像と噂は広まる。それが、嘘か誠かはどうでも良い。そこは関係なく、遊泳は注目され、仕事は繁盛する。つまりは遊泳歪の一人勝ち、ということだな」


 いい腕前マッチポンプじゃないか、とダラマは愉快そうに笑った。


 フラン自身は「遊泳歪に対して、オカルトとして認知された事象が、遊泳歪に暴かれるのを避けたかった」わけだが、そうはならずに「遊泳歪が認知した状況で、世間ではオカルトとして認識される」形になった。大きな目で見れば、表層に変化はないだろう。だが、最終的にはダラマの言う通り、遊泳が全て欲しいまま意のままになったのだ。


「あの形振りの構わなさを見ると、ドクター・フランの方がよほど愚直だと思えてくるわ。若造の要求など可愛いもんさね」

「アプローチの差だ」

 フランは腕を抱え、小さく舌打ちをした。


 確かに、フランと遊泳は、根本的に考え方が違うと優は思った。

 遊泳の自身に起きたアブダクションの謎は解けた。なのに、どうしてまだ、こんなトンチキなことを吹聴するのか——と、去り際の彼に尋ねると、「だっていたほうが面白いし、言い続けたら、嘘じゃなくなるかもしれないじゃないか」と、無邪気な顔をして言っていた。フランはそれを聞いて目眩を起こしたように、空を仰いでいた。



「はあ、まあ……よくわかんねえけど、よかったな、知我」

「はい」

「今年は何して遊ぶかなァ。優、バイクとか興味ねェ? ニケツでもいいしよォ」

「またキャンプ行きたいね。今度はみんなで行こうよ」

 拝見と杭手が微笑みかける。優は少し、胸のうちが震えるのを感じた。

「——うん」

 静かにうなずく。普段の渋る気配のない優に、周囲は少しだけ、意外そうに彼を見つめて、笑った。



 気だるさを引きずりながらファミレスを出ると、空はすでに明るかった。山の頂上に覗く密集した光を見つめ、優は目をかすかに細める。

「知我」

 振り返ると、フランが立っていた。日の光のもとで見るからなのか、どこか憑き物が落ちたように、いつもよりも眼差しが柔らかい。

「……あけましておめでとう」

 フランは、優を見下ろしてそう告げた。

 優は少し驚いて、おめでとうございます、と頭を下げた。

「……お疲れ様でした」

 フランは返答せず、浅くうなずいた。


 二人の言葉を皮切りに、みんなが新年の挨拶を交わし出す。珍しい、と驚かれ、拝見に冷やかされながら、フランは輪の中に無理やり引きこまれていく。

 賑やかなのに、元旦特有の、ささやかな雰囲気が漂う夜明け。一年に一度。たった一日。冷たい空気が、鼻腔を通り、肺に痛いほど広がる。

 日陰に逃げるマシカとヨヴのはしゃぐ声を聞いた。先を歩いていくそれぞれの後ろ姿を見て、優は少し、立ち止まった。


「あの、仁礼丹先輩」

「ん?」

「改めて、初詣に行っていいですか?」

「おう。つうか許可とかいらねーよ。みんなで来い!」

 仁礼丹は笑い、また歩き出した。

「……はい」

 優は、小さくうなずき、ゆっくりと歩く。

 歩みながら、視線を巡らす。時は進んだ。目に映るものが、全て新鮮に見える。それでも、自分は成長などしていない。幾度時が巻き戻っても、それを楽しめるフィクションの主人公のようにはなれなかった。明日も、明後日も、時が止まったような日々になるのだろう。


 ——それでも日々は、勝手に進むのだ。入れ替わるコンビニエンスストアも、老舗の漬物店も、進みながら今、ここに存在している。そこにただ自分は、あるだけなのだ。


「お兄さ〜ん、ちょっと日陰になってよ!」

「正月の朝日ってとても聖じゃないですか!?」

 ヴァンパイアたちが腰にしがみつき、優はよろめく。

「なんで俺なんだよ……」

 ほんの少しうろたえて、優はため息をつく。それから諦めたように、ヴァンパイアを引き連れて歩き出した。


 日々は、変わらず続くのだ。



                              【了】

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蚊がヴァンパイアだったらギリ許せる話 リスタート 塩野秋 @shio_no_book

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