12−3


「……はあーい、ハッピーニューイヤー!!! あけましておめでとう〜!」

 ぱちぱちぱち〜、と遊泳は、倒れ込んでいたカメラマンを引き起こし、カメラを覗きこんだ。

「いや〜どうでしたか、みなさん! ボクは今宇宙との確かな繋がりを感じました! 今年はもっと摩訶不思議なことと出会えそうです! 最っ高〜の年明けです!」

 ギャラリーたちは、盛り上がると言うよりも困惑でざわついている。一体、今何があったのか。今さあ、なんか見たよね、息苦しくなったよね。やばくない? 人浮いてた? 私宇宙みちゃた気がするんだけど!

「あ! あれ! あれ!」

 カメラマンが上空を指さす。つられて振り返ったギャラリーはキャア、と悲鳴を上げた。そこには、先ほど見たスーツの男と、それと別に、華奢な影が二人分あった。


「あっ、やば! まあビビるよね〜」

 マシカは目を見開いた。

「いい、いい、どうせテレビには映らん。ピースでもしておけ」

 ダラマは長い指を二本立てて、下々に向けて振る。

「吾輩、まだ全然現役でいけそうだな。経営やめたらハレムでも築くか」

 赤い瞳は、滲む油が揺らめくように怪しい輝きを増す。

「催眠商法で訴えられそうだけどね」

「……それもそうだな。やはり面倒だな、人間の制御は」

「それより、ほら、巻きこまれた人がいないか探さないと」

 ヨヴは少しダラマの後ろに隠れ、マントを引っ張った。

「大丈夫だろう、ドクター・フランが制御しているんだ」

 ダラマはじっと、カメラに向かって騒ぎ立てる遊泳と目を合わせた。遊泳は真剣な面持ちから一変して、素早くウインクを送った。

 ——『誰もが考えたことがあり、まだ誰もが成し遂げていない宇宙への行き方』——。

 ダラマは自分の提案を思い返していた。

 全く意味のわからない説明をフランから受けていたものの、今まさに使用したその装置の衝撃は凄まじかった。息はできないわ、耳は詰まるは、体のあらゆるものが膨張して憤死するかと思った。全身が一世紀ぶりに生命の危機を感じて脈打っている。だが、実際に目前にした宇宙の前後左右もない、眩い空間は——美しかった!

 何より、宇宙に行った経営者はいても、人間を生身で宇宙に連れて行った経営者などはまだいないだろう。

「ま、よかろう。なかなか楽しかったぞ」

 ふっと三体のヴァンパイアは、地上の人間に言葉を聞かせることもなく姿を消した。




 研究室は、エンターキーが響いたきり、静寂を迎えていた。

 さて幾度となく経験した、あの全身がねじ曲がる急速な嘔吐感を覚える現象は——起きなかった。

 2022年1月1日——。

 モニターに映る日付を確認し、法賢はゆっくりと、背もたれに体を預けて深い、深い溜め息をついた。

 2022年1月1日。0:01——。



 2022年1月1日。0:05——。 

「はー、とんでもねえ年明けだよ、全く。あ、知我——」

 事務所に戻ってきた仁礼丹は、部屋に入るなり、瞬いた。

 呆然と、両手をついてうなだれている、後輩の姿を見たからだ。

「知我?」

 そっと肩を叩き顔を覗きこみ、ぎょっとした。

「おめー……何? なんだよ、ええ? ちょ……もう、なんだよ〜……」

 仁礼丹は優の髪を病院帰りの震える犬でも撫でるかのようにかき回し、背を撫でた。

 遠くで、新年を祝う花火の音が聞こえる。

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