12-2


 2021年12月31日。二十三時五十分——。


 優は時計に目を向けては、また周りを落ち着きなく見渡した。境内にいる人々は、写真を撮ったり、振る舞われている甘酒を飲んだり、お守りを買ったりとめいめいに過ごしている。


「……で、おめーら何があったんだよ。なんか変だぞ」

 仁礼丹は紙コップに入った甘酒を差し出した。仁礼丹は胡座をかいて、少し汗で崩れたオールバックを撫でる。優は甘酒を受け取り、微かに首をすくめた。

 優たちは、事務所にいた。慣れたはずの仕事にも身が入らず、ミスを連発していた。見かねた仁礼丹から裏に引っ張られ、詰め寄られている。優はうっと喉を詰まらせ、視線を落とす。このかんなぎ姿は、もう何度しただろうか。


「あったっていうか、これからあるっていうか」

「はあ……?」

 仁礼丹は口にしかけた甘酒を離し、眉をひそめる。

「用事あったのかよ、じゃあ断っていいんだぞ?」

 優はますます首を縮める。ヤクザのような顔立ちで、心配が滲む声色でいうものだから、どう受け取っていいのかが一瞬わからなくなる。だが単純に優しさが痛い。

「あ、いえ、用事ではないというか……あ、バイト二回くらい……サボって……すみません」

「今日しか頼んでねーが?」

 首を傾げる仁礼丹をチラリと見て、それはそうだ、と優は思った。不安のせいか、焦るとますます言わなくてもいいことが口をついて出てしまう。


「……もし、同じ日をループしてたって言ったら、信じます?」

「あん?」

 仁礼丹は目を瞬かせた。優ににじり寄り、肩を叩く。顔をあげた優に、真剣な面持ちで口を開き、全ての真実を語るように告げる。


「知我——社会に出たら、毎日そうだぜ」

「それは人によるんじゃないですかね……」


「ま、それはそうか」

 ははは、と豪快に笑う仁礼丹に、なんだか、力が抜けた。甘酒の熱が手のひらにじんわりと伝わり、優は小さくふ、とうなずいた。

 ふと、仁礼丹は笑みを止めた。

「……なんか、外が騒がしいな」

 仁礼丹は立ち上がり、売り場に顔を覗かせた。

 確かに、と優もつられ視線を向ける。喧騒は繰り返しの中で聞いていた、新年に向けての盛り上がりとはまた違った。黄色い声というか——そう、芸能人や、テレビの撮影だを見つけた時のような。

 優は仁礼丹の後ろから顔を出し、売り場へ目を凝らした。。

 売り場の近くには、半円を描くようにして人だかりが出来ている。中心にいる、猫背の男の、重い灰色の髪が強い照明に当てられて輝いている。夜闇の中に関わらず、男はサングラスをしたまま怪しく微笑む。


「は〜いどうも、UFO研究家、新進気鋭オカルトコレクターの遊泳歪でーす。今、超〜パワースポットと噂の神社に来ていま〜す!」


 遊泳歪が大勢のギャラリーをバックにして、テレビカメラに向かって笑顔で手を振っていた。




「えっ、初耳なんだが」

 ウチがパワースポット? と仁礼丹が目を見開いた。

「てか、遊泳歪ってあれか、さっきおめーら一緒にいたよな」

「あ、まあ……」

 優が言葉を探していると、仁礼丹は優の肩を抱きこみ、視線を誘導し、矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。

「おい、なあ、後ろにいるの拝見と杭手じゃねえか」

「えっ、あ、ほんとだ」


 遊泳のやや後ろに、拝見と杭手が立っている。拝見は手をひらひらと振ったり、ピースをしたりと忙しないが、杭手はやや恥ずかしげに視線を動かしている。二人とも見目は芸能人と見劣りがしないのに、素人だと見分けがつく。


「中継見えてますか〜! 年越しまであと五分となりましたね〜! ええ、なぜボクがですね、スタジオを飛び出して地方の神社にいるかと言いますと! 実はこの神社、ある儀式で宇宙と繋がりやすいと噂を聞きまして! UFO研究家としてこれは見逃せないとね、急遽ロケさせてもらうことになりました!」


 拍手ー!とギャラリーに向かって手を叩く。ギャラリーも年越しとテレビに映るという興奮で、盛り上がっている。

 優は事務所にある、小さなテレビの電源をつけた。チャンネルはちょうど『どうなってんだミステリー』。まさに今、リアルタイムで放映されているのだ。


「親父〜……」

 面白いからおっけー!で許可出してんじゃねーよ! と仁礼丹はスマートフォンを投げ出した。おそらく、ゲリラ放送を疑っていたのだろう。実際ゲリラではある。優は台本を見た限り、こんな段取りではなかったのだから。


「えーその、ある儀式っていうのがですね、至極、単純なものです。ね、そうなんでしょ」

「そうでーす!」

 拝見がピースを見せつけている。なんだこの嘘みたいなザ・ヤンキーは!という視線が、ギャラリーから突き刺さっている。

「あいつ何やってんだよ」

「はは……」

 仁礼丹の呆れ顔に、優はただ笑うことしかできなかった。内心はパニックだった。本当に、何をするつもりなのだろうか。

「単純も単純。ただァし、年に一度しかできないッつーのがミソッすね。な!」

「え? あ、えっと、そうですね……」

 話を振られた杭手が弱々しい笑みを浮かべた。

「あはは、緊張してまァす! な!」

 拝見は杭手の背を叩く。囁く低い声で、杭手に耳打ちした。

(杭手ェ〜〜〜〜? 優のためだと思え〜〜〜〜ッ)

「はーい! そうです!」


 優は目を覆った。俺なんか泣きそう。罪悪感を覚えている杭手の顔は、彼の父親とよく似ている。そういうのは、優はよく知りはしないが、神職者向きの顔だと思う。


「え、何だ? 仕込みやらされてんのか?」

「……そう見えますよね……」

 仁礼丹は目を強く瞑った。酒でも飲んだかの勢いで、顔が赤くなっている。優も脂汗をかいて顔を下げる。

「で、その儀式っていうのが、ですね……こちら! ジャン!」

 遊泳はフリップを取り出す。

「年越しジャンプです!」

「はあ?」

「みんなよくやりますよね〜! 年越しの瞬間、〇時ちょうどにジャンプして「地球にいなかった」ってやつですね〜! で、それがなぜ宇宙との交信に繋がると言いますと、どうやらこの神社は立地条件的に、宇宙の別次元と繋がりやすいのです!」

「いや知らねえぞ、そんな話……」

 仁礼丹は頭を抱えた。確かに、知らない間に実家をパワースポットにされている当事者にとってみれば急に語られるトンチキ話は頭が痛い。いや、優も頭が痛い。だが、遊泳が何をしようとしているかはわかる。その目的は全くわからないが。


「なので、ここにいるみなさんと一緒に検証してみたいと思いまーす!」


 つまり彼は、年越しの瞬間にみんなにジャンプをさせようというのだ。ギャラリーのメンツは、ノリノリの若い男や、少し気恥ずかしくなっている様子の女子のグループ、冷めた表情を浮かべる家族連れ——などが映っていた。

 優は時計を見た。時刻は二十三時五十九分。もうすぐ年が明ける。売り場の巫女が、スマートフォンを掲げている。

 仁礼丹は「ちょっと親父に文句言ってくる」と立ち上がり、事務所の奥へと去った。


「それではー! 十秒前からカウントダウンいきましょうか!」

 遊泳は少し待ち、両手を手をかざす。ギャラリーはどうする? と気恥ずかしさと戸惑いを見せていた。だが、カウントダウンが進むごとに、ギャラリーたちは表情を失った。何かに気づいたように、カメラの方を向く。


「ごー、よーん、さーん、にー……」

 優は、ざわつく集団に目を凝らした。

 様子がおかしい、と気づいたのか、カメラから目を離し、カメラマンは振り返る。


「ぎゃ」短い叫び声が聞こえた。


 当然である。背後には、上空に浮いた、黒いマントを纏い、赤いスーツを着た銀髪の男がいた。悍ましさすらある美しさを湛えた、銀髪の男の瞳は朽ちかけた薔薇のように赤く、鉱石のように冷たい。やや首をそらし、髪の隙間から尖った耳輪を覗かせる。人間を俯瞰に見下ろすダラマは、口を開いた。

「飛べ、人間」

 一。


 テレビに映る映像が、画面が激しく揺らいだ。どうやら、カメラマンもジャンプをした——という、体になった。

 秒針が進む、音がする。

 優は、おそるおそる、スマートフォンを取り出した。


 2022年1月1日——0:00——。

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