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優たちはスタジオを後にして、地下駐車場へ向かいそのままロケバスに乗りこむ。地下の独特の暗さと明るさに目が慣れない。助手席の拝見がカーナビをセットする後ろ姿を見ながら、優は考えた。不法侵入に車のジャック——果たして本当にこのまま明日に向かっていいのだろうか。そんな不安がふと過るが、一応芸能人が一緒だから、多分、大丈夫だ。そう思うことにした。
「それで——話の続きだけど」
遊泳歪が運転席から顔を覗かせる。
「スポンサーの意向に応えるため、〇時ちょうどに実行範囲を一部拡大して、同地域の神社の境内で同検証結果を観測。その事実がケンくんに不都合だったために、一月一日に範囲を大幅に拡大し、瞬間移動装置をタイムマシンにまで仕様変更した結果、実験は成功した……ということだね! 素晴らしい」
そう言い切ると、遊泳はアクセルを浅く踏みこみロケバスを出発させる。
「素晴らしかないんですよ」
優のぼやきは走行音でかき消される。
「そして、マサルくんがその瞬間を見てしまった、と」
「俺だけじゃないですよ。他の人も見てたし——それがテレビで取りあげられて」
「まさか結局、遊泳歪と相見えることになるとは私も予測をしていなかった」
最後部座席で腕組みをするフランがそう言った。
「ははは、それじゃあボクらが出会うのは運命だね!」
「気色が悪い」
「つれないなー! そういうところ、カッコいいよね!」
遊泳は愉快そうに肩を揺らした。
「何つーか、いい人じゃン? 俺好きンなってきたわ」
「本当〜? 嬉しいなあ!」
拝見と遊泳は高く笑いあった。先ほどまで少し喧嘩を売るような態度だったにも関わらず、この切り替えの速さ。これがコミュ力が高い人間とコミュ障の差か——と、優は話が擦り合わされる中、理由もわからず、何故か軽く絶望した。隣で困ったように微笑む杭手の優しい視線が痛い。
「これってさー、このまま研究室に向かうの?」
「遊泳さんが、装置を改造するとか……?」
マシカとヨヴが座席から顔を覗かせた。
「いやあ?」
遊泳はバックミラーに視線を向ける。
「件の神社へ、れっつらごー、っつってね。……ワオワオワオ本当に、ヴァンパイアって鏡に映らないんだね〜〜〜〜ッ!?」
「蛇行——!!! 運転乱れてます遊泳さん!!!」
高速道路にクラクションが鳴り響いた。
*
移動の間に、空はすっかり夜の入り口へ差し掛かっていた。
参拝客を追い抜いて、神社の裏手の階段を登りきる。境内はまだ、人影はまばらだ。よく目立つ顔ぶれが揃いまくっているせいか、狩衣を着た仁礼丹が建物の障子を開け、顔を出した。
「あ、おめーら……来るの早くねえか?」
「カシラーッ! 申し訳ねェっす!! 後ほど伺います!!」
「うるせえなおめーはッ! カシラって呼ぶな! ここで!」
拝見のよく通る声と、直角のお辞儀にギョッとして、仁礼丹は慌ててあたりの怪訝な視線に頭を下げてから姿を引っこめ、障子を閉めた。
「……で、なんで神社なんですか?」
悠々と先を歩く遊泳に、優は問いかけた。遊泳はひとしきり進んで、振り返る。
「まあ、まあ、せっかく来たんだし、お参りしようよ、皆さん」
彼の後ろには、賽銭箱と鈴——拝殿がある。
そんな場合じゃ——と言いかけたが、遊泳の真剣な、丁寧な所作を見て、優は押し黙った。拝見と杭手は凛とした態度で続いた。自分の信仰する宗教と違っても敬意を持って倣う姿は美しかった。ダラマがふむ、とうなずいて、二礼二拍手をして見せる。見惚れるほどしっかりとした所作だった。マシカとヨヴも、たどたどしく真似る。フランは、ただ拝殿を見上げていた。
優は二礼、二拍手をして、しっかりと両手を合わせ祈る——心は不思議と、静かだった。
風が枯れた木々を撫でる音がする。
長い沈黙の中、ぽつりと遊泳が呟いた。
「世の中にはねー……摩訶不思議が存在するんだよ」
「はあ」
優は顔をあげる。
「ボクが好きな小さな不思議の一つに、デバッグ神社ってものがあってね」
「でば……」
「どうしても直らないバグに対して、簡易的な鳥居を立てて祈る……というね、SNSでバズってたやつなんだけどさ……偶然、奇跡、運命……人間には観測のできない絶対的な約束。そういうことって、どんな規模でも起こりうると思うんだよね」
「……つまり?」
「神頼みってことさ!」
遊泳は拝殿に向かって、んーま!と大袈裟な投げキッスをした。
「はああ!?」
「私が馬鹿だった」
フランが胸ポケットからテーザー万年筆を取り出すと、遊泳は体を腕で庇い、後ずさった。
「ああああああ待って! 待って待って。そうなったらいいなあ! っていうのはあるんだけど。みんなにはやってもらうことがありまーす!」
「な、何を?」
「ケンくんが不都合としたのはこの神社で起きたこと。ループをしてしまったことで、ケンくんが装置を起動しなくてもループが起きるなら、どうにかしなきゃいけないのは神社の方——かもしれないね?」
ケンくん、まさか思いつかなかったわけじゃないでしょ? そう問いかけられて、フランは閉じた唇により力を入れた。万年筆の蓋を取った時点で、察した杭手が必死にフランを押さえつけた。
遊泳はポンと手を打って、話を続ける。
「ひとまず——ケンくんは装置の方に行ってもらって、本来通りに稼働してもらおう。それからヴァンパイアの皆さんには、素晴らしいその力をぜひもう一度披露してもらいたいなあ!」
「なんかこの人怖いな! この腰の低さ!」
マシカは足に縋りつく細長い男を振り払おうとした。
「お……俺たちは、何をすれば」
「そうだなあ、マサルくんたち……神社にいたみんなは過ごしていた通りにしてほしい。多分ボクの想像が叶うのならば——そうだな、例えるならばサイゼリアの間違い探しの間違いが正しいとしてしまうことが一番もっともいい方法だということさ」
「……どういうことですか?」
優は眉をひそめる。フランとは別の次元で、発言の意味がわからない。
「まあ、平行世界と辻褄を合わせようと思ってね」
遊泳は端末を耳に当てる。呼び出し音が聞こえた。
「あ、もしもし〜? ボクです〜すいません勝手に出てきちゃって」遊泳は妙にトーンをあげた声と、鼻につくイントネーションで話し出した。「そのついでにお願いがあるんですけど」
訝しみ聞き耳を立てる面々に視線を向け、遊泳は満面の笑みを見せた。
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