スマホを持った寅さん
ジュン
第1話
友人の三島と飲んでいると、三島は、ビールに口をつけた後、ビールをテーブルに置いて、呟いた。
「一万円札より千円札の方が、金持ちになれるのかもしれない」
木崎は訊いた。
「なんでさ。一万円の方が価値があるだろう?」
「いや、必ずしもそうとは言えないと思う」
「……なぜさ?」
「物の価格ってものを考えてみろよ」
「物の価格……」
「ああ。たいがいの商品は、千円を基準に価格が決められてるような気がしてくる」
「そうか。まあ、確かにそんな気がしないでもないな」
「だろう。家や車は違うにしても、それ以外のほとんどのものは、千円を基準にして考えると、買い物上手になれるよ」
「ははは。当たってる。けど、貧乏くさい話だな」
「庶民なんてのは、みんな金なんか無いよ」
「まあな」
「俺らのまわりは物で囲まれてる。物ってのは商品だったものだろう。特に私物なんてものは、多くが工業製品か食料品だろう。それって、千円を基準にした物がほとんどだ」
「そうだな。でもさ、金持ちってなると、やっぱ万札が基準になるんじゃないのかな?」
「そう思うだろ。でも万札なんてものは、付加価値の対価として支払われるだけでさ、実体なんてものはほとんどないよ」
「ブランドなんていらないと?」
「そう。それは、俺の考えっていうより、現代の風潮だ」
「現代人はブランドに興味ないと?」
「飽きてしまったのさ。『ブランド信仰』に」
「『千円を基準に生きる人』の方が『万札を基準に生きる人』より、ある意味『豊か』だと?」
「そう。身軽だからね。『スマホを持った寅さん』が、現代社会に現れた『金のない金持ち』ってやつじゃないかな」
三島はそう言って、ビールを飲んだ。
木崎は、物思いにふけっているようだ。不意に木崎は言った。
「缶ビール二本で幸せか……幸せは千円あれば買えるんだな」
スマホを持った寅さん ジュン @mizukubo
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