大嫌い(大好き)なんです

海音²

大嫌い(大好き)なんです

 重い足取りで家に帰り、メッセージが表示されたままのスマホをベットに投げ、フラフラになりながらも私は、煙草に火をつける為に一服だけ吸い込み灰皿に置く。一服と言っても、口に含んで吐くだけで、最初の頃はそれでも、むせてたけど、今は慣れてむせなくなった。

 立ち込める煙を見ながら、匂いが充満する部屋で私は足を抱え、力無くベットに持たれる形で座り込む。これが私の毎日のルーティンになってる。

 ただ……私は、煙たくて臭いタバコの匂いが嫌いだ。嫌いだけど、忘れたくない私の大切な想いが詰まってる……決して、結ばれないへの大切な想いが……


 ───────────────────────


 私、如月 夜宵きさらぎ やよいには、兄が一人いる。兄と言っても、私が高校2年生の時、母親の再婚で、できた義理の兄だ。

 義兄……春樹はるきさんは、私より3つ年上で、大学に通っていて、よく勉強を見てくれる。ただ、春樹さんは、一段落すると必ず、タバコを吸っていた。

 私は、タバコの匂いを嗅ぐと、どうしても私の本当の父親の事を思い出して大嫌いだった。私の本当の父親は、何時も母を罵声や暴力を振るって、母を痛めつけ泣かしてた。

 私は、そんな父親が大嫌いで、でも何も出来なくて、ただ悔し涙を流す日々だった。それ以来、私はタバコの匂いが大嫌いになった。



「……ねぇ、その匂い嫌い」


「ん? ごめんタバコの匂い嫌いかな?」


「……消してください」


 私が冷たく言うと、春樹さんは慌てて火を消してくれた。その日以降、私の目の前ではタバコを吸わなくなった。

 それでも春樹さんからは、いつもタバコの匂いがしてた。

 私の前では吸わなくなったから、これ以上は言えないと思い、そこは耐えて過ごした。ただ、それを除くと、春樹さんは優しくて素敵な人だと思っていった。


 大学2年の夏、春樹さんはその年に入社した会社をやめて、基本毎日部屋に籠ってた。義父さんも母さんも何も言わないけど、私は正直こんな春樹さんを見たくなかった……


 それでも春樹さんは、私に優しく何時も「何かあれば言ってよ? 力になるから」とか私を気遣ってくれた。でも、それならちゃんと働いて欲しいと、喉まででかかったけど飲み込んだ。


 その年の秋頃、私に初めての彼氏ができたけど、その彼氏とは直ぐに別れることになった。彼氏は、付き合って1週間もしないで、キスや体を求めてきて、気持ち悪くなり私から離れた。


 その日、私が部屋に籠ってたら、春樹さんが急に海浜公園までドライブでも行くか?と、誘ってくれたので、私は気晴らしを兼ねて、着いてくことにした。


「夜宵何かあったのか? 大学で困った事あれば相談乗るぞ?」


 何も話してないのに、私に何かあったのかわかってたらしく、突然そんな事を言われ、私は驚きバッと春樹さんに、顔を向けた。


「そんなんじゃなくて……彼氏と言うか男に幻滅しただけだから……」


「なにかされたのか!? 俺がどうにかするよ?」


 私は、顔を戻し俯きながらそう言うと、春樹さんは、動揺したのか一瞬、車が左右に揺れた。


「何もされてない。 逆に、されそうになって、気持ち悪くて別れた」


「それなら良かった」


「それに……別に、好きだから付き合ったわけじゃないので」


「ん? 他に好きな人でもいるのか?」


「……えぇ、絶対付き合えないんですけどね」


 私がそう言って黙り込んでたら、春樹さんは、左手で私の頭に手を置いて撫で始めた。


「絶対なんて無いんじゃないかな? 好きな人がフリーになれば、チャンスがあるわけだしさ」


 そう言って、海浜公園まで私の頭を撫で続けてくれた。

 春樹さんの手からは、大嫌いなタバコの匂いがしてたけど、優しく撫でながら私の事を心配してくれる春樹さん………嫌いと好きが同時に脳内を埋めつくし、グチャグチャになってた。


「夜宵、少し外の空気でも吸おうか」


「……ねぇ、聞いて欲しいことがあるんだけど」


 私は、何を言おうとしてるんだろ? 気がついたら、言葉が出ていた。


「なにかな?」


「私の初恋は春樹さん、貴方なんです……だから……絶対付き合えない……」


 自然と出た言葉に私も春樹さんも驚いてた。決して言ってはいけない言葉……でも1度開いてしまったら、閉じることは出来なかった。


「匂いは嫌いだけど、優しい貴方が好きなんです……なのに、働かず毎日部屋に籠ってニート生活……そんな最低な人なのに私は……好きが消えないんです……そんな気持ちを無くす為に付き合った人は、最低だったのに……なんで貴方は私の欲しい事を、平然としちゃうんですか!」


 私は、思ってた事を全て打ち明けてしまった。拒絶されても、軽蔑されても仕方ない事を言ってしまった……


「えっと……まず、俺はニートじゃ無くて、ちゃんとお金あるよ? 元々FXしてて、それで稼いだお金があるから、無理に働く必要が無いんだけど、父さん達に半年だけでも社会を見てこい言われて、働いてただけなんだ」


「え?……そうなんですか?」


「父さん達に聞いてると思ってたよ……それと……夜宵の気持ちだけど……」


「はい……」


「俺なんかでいいのか? その……俺こんなんだしさ……」


「春樹さんの優しさが好きです……何時も私が落ち込んでる時、気づいてくれるのが好きです……それだけじゃダメですか?」


「俺達は……家族なんだぞ?」


「そんなの関係ないです……春樹さんと知り合ったのは高校生の頃で……直ぐに家族と言うより異性としか見れなかったです……」


「少し……時間をくれ無いかな? 必ず答え出すからさ……」


「わかりました……」


 その日はそれ以上話すこと無く、暫く外の空気を吸って家に帰った。


 そして……今に至る……あの日以降春樹さんは、私と距離を置いてる、家も出て今は一人暮らしだし……タバコも今は電子タバコに変え、あの匂いはもう無かった。


 今日母から連絡があり、明日春樹さんが、好きな人を紹介するから私も帰ってきなさいと言われた。

 待っててくれって言ったのに……嘘つき……


 気がついたら灰皿に置いてたタバコは燃え尽き白い灰になってた。私はもう一本と思い、タバコの箱を掴んだが、行き場のない気持ちに苛立ち、箱を床に叩きつけようと腕を振り上げるが、その腕をゆっくり下ろして、もう一本煙草に火をつけて灰皿にセットした。


 タバコから立ち上る煙を見て、私は涙が自然と溢れ、一人しかいないのに声を殺して静かに泣き、気がついたら意識を手放してた……もうあの人には……過去の事なんだ……


 ───────────────────────


 ピンポーン♪ピンポーン♪


 部屋に響くチャイムの音で私は、ハッと目が覚めた。

 一体どれぐらい寝てたんだろ……外は明るい……それより誰か来てる!?


 私は昨日泣いたせいで、目元が腫れ上がってるのに気がついたが、隠すことも出来ず、諦めて玄関を開けた。


「やぁ夜宵……どうしたんだその目!? 何かあったのか!?」


 玄関を開けたら……好きな人を向かいに行ってるはずの春樹さんが、驚いた顔をしてそこに居た……


「な……なんで? あっ! 時間になっても来ないから迎えに来たんですか?」


 私は自分でそう言いながらも、もしかしたらと一瞬淡い期待が脳裏に浮かんだが、あの日以降、距離を置かれた事が私を不安にさせ、淡い期待は一瞬で頭から消えた。


「え、時間?」


「今日、私達に好きな人を紹介するからって……」


「あぁ~その事か。そんな事より夜宵何があったんだ?」


 その事? 私が、昨日どれだけ泣いたか知らないくせに!私はキッと春樹さんを睨みつけた。


「私の事は良いので、早く好きな人を迎えに行ってください!」


「ちょ……ちょっと待って。夜宵何か勘違いしてないか?」


「なにがですか?」


「だから……遅くなったけど迎えに来たんだけど……」


 そう言いながら顔を赤くして、頬をかいて顔を逸らし視線が左右に泳いでた。


「迎えに来た……?」


「やっと準備できて迎えに来たんだけど……もう遅いかな?」


 春樹さんは私の顔を見て、困った感じに笑いかけてきた。そんな彼の言葉に、彼を睨みつけてた私の目は、大きく開き、驚きで固まってしまった。

 つまり……私の事をちゃんと考えてくれてたって事? それなのに……私が勝手に裏切られたと思って……


 気がついたら、もう乾ききったと思ってた瞳から涙が溢れ、頬を伝ってた。


「ごめん……なさい……私……春樹さんが……もう過去の事になったのかと……」


 泣いて言葉がちゃんと言えないけど、両手で必死に涙を拭いながら話す私を、春樹さんは優しく抱きしめてきた。


「ずっと返事を待たせて、不安にさせてごめん……もう二度と不安にさせないから」


 近所迷惑だとわかってても、今まで距離を置かれてた不安と、私を選んでくれた嬉しさで我慢できず、思いっきり泣いてしまった。

 私が泣き止むまで、春樹さんはあの日みたいに、優しく私の頭を撫でながら待ってたくれた。


 暫くして私が泣き止んだ時、春樹さんにもう一度聞かれた。


「迎えに来たんだけど……もう遅いかな?」


 私は、もうタバコの匂いがしない春樹さんに泣いてグチャグチャになった顔で、無理やり笑顔を作り……


「この、嫌いです♪」


 と言って、春樹さんの唇にそっとキスをした。


 準備する間、部屋で待ってた春樹さんが、灰が溜まった灰皿と、昔吸ってたタバコの箱を見て、驚いた顔が可愛いと思ったのは、私だけの秘密だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大嫌い(大好き)なんです 海音² @haru19890513

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ