たぬきの嫁入り

@Armadillo3612

たぬきの嫁入り

松乃守長親は八代目松乃守家の嫡子に当たる若狸である。

彼は父親から家督を継ぐ事に関して真剣に考えており、妻とする者ははそれに相応しい女性であるべきと考えていた。


父長正は我が子の幸せを考えて、森から年頃の娘を紹介しようとしたが、

「父上、大変素晴らしい女性でありますが、もっと御家の為になる方と結婚したくあります。」


そう言われると、出来息子に信頼を置く松乃守長正はうむ、その通り天晴れであると答えるのだった。

しかし、そうは言っても、選り好みをしていてはなかなか縁談がまとまらない。

長親は若狸特有のふぐりのこそばゆさを持て余してしまっていた。


ある日、河原沿いの獣道を歩いていると、お地蔵様が立っていた。

はて、こんな所にお地蔵様などあっただろうかと不思議に思いつつも、人知れず胸の中にある悩みを打ち明けるにはぴったりな相手と考えた。


「お地蔵様、お地蔵様、」

「少しでも御家の為になるような結婚がしたいと考えているのですが、」

「なかなか良縁に恵まれず、日を追うごとに、その、得物が落ち着かなくなってしまいます。」


するとお地蔵様の口元がぬるりと動き、言葉を発した。


「欅乃山に狼の娘がおります。」

「武家の出の娘で肝が据わっており、まさしく武家の妻に相応しい方です。」

「また婚姻は欅乃山家との強力な同盟となりうるでしょう。」


長親は地蔵が話をしはじめたことに大変驚いた。

しかし、地獄であっても道を示す仏様であるからして、私の悩みが天界に届いたのだろうと考えた。


「それは大変素晴らしいと思います、直ぐに縁談を申し込みましょう。」


狼の娘は快活で物をはっきり申し、見ていて気持ちがいい。


欅乃山の殿様も長親を大いに気に入り、欅乃山の城にて宴が催された。

山海の珍味が並び、それはそれは豪勢なものであった。

そんな中、猿酒を食い気を良くした若狼が、ちょっとした弾みで長親を突き飛ばしてしまったのだ、

大柄な図体の若狼に突き飛ばされてしまい、長親は鼻の骨を折ってしまった。


寛容な長親は、酒の席での事、無礼講であると若狼を許そうとしたのだが、

「長親様それではいけませぬ、規律というものがございます、無礼には相応の罰を与えねば他の者に示しがつきません。」

と狼の娘が話すと、若狼は他の家臣達に押さえ込まれ庭へ引き出された。

そして、若狼は集団で家臣達に噛みつかれ、八つ裂きにされてしまった。


その様に長親は肝を冷やしてしまい、直ぐさま婚姻は白紙となった。


「お地蔵様、お地蔵様、」

「大変勇ましく素晴らしい女性であったのですが、下の者に厳しすぎます。」

「上の者の妻がこのようなありようでは、下の者達は恐怖し、不満が溜まってしまうでしょう。」


するとお地蔵様はひげを揺らしながら言います。

「それでは芒乃平に狐の娘が居ます。」

「教養が高く、七十二般の変化の術を巧みとします。」

「武家に芸を持つ妻を迎えることは、大変箔のつくことでしょう。」


「それは大変素晴らしいと思います、直ぐに縁談を申し込みましょう。」


長親は文武の者であった。

幼少の頃より頭葉流の達人である葉芸より鍛錬を受け、凡庸なれど芸を理解する教養を持ち合わせた。


二人はお互いの変化を見せ合った。

狐の娘の変化の術はそれはそれは素晴らしいもので、一つ一つの所作が洗練されていて、鮮烈で艶やか、それでいて上品であった。

長親は深く狐の娘に惚れ込んだ。


長親には密かな楽しみがあった。

秋になると松の木々より生じる香りの高い茸が好物で、それを猿酒と共に食べることを好んでいた。


長親は自らの好物を味わっていただきたいと考え、自ら採りに出かけた。

森へ入り大きな茸を3つ持ち帰ると、尻尾を右へ左へ揺らしながら、それを切り分けた。

それを膳に出してもてなしたのだが、狐の娘は食べるな否や手ぬぐいで口元を隠した、そして

「この草は、とても玄妙な味わいですね、私には少し難しいですわ」と答えた。

それを聞いて、長親は同じ味覚を楽しめない事を悲しく思った。


「お地蔵様、お地蔵様、」

「教養高く素敵な女性ではあるのですが、私と味覚が合わず、同じ事を楽しめないのは夫婦として悲しく感じます。」

「人生を長く付き合う伴侶であるゆえ、同じ楽しみを分かち合いたいと考えております。」


するとお地蔵様は耳を揺らしながら言います。

「それでは、鱒乃河に熊の娘がいます。」

「食を愛し様々な味覚を共に楽しめるでしょう、」

「また、働き者で、力持ちです。」


「それは大変素晴らしく思います、直ぐに縁談を申し込みましょう。」


して、その娘は大柄ではあるが、愛嬌があり、素朴であった。

好き嫌いが無く、飯を美味そうに食う姿はとても見ていて気持ちがいい。


秋口にはせっせと働き、大量の樫の実を軽々と抱え大変役にたった。

しかし冬になるが否や寝てばかりになってしまった。

長親はこれも愛嬌と思って許したが、厳しい冬の中を生き延びるのに必死で駆け回る家臣やその妻たちは次第に心象を悪くし、たちまち影口の対象となった。

そして、その言葉が長親の耳にも入った。

彼は言を咎めることより、なるほど、上の者の妻がこの状態であれば、下の者にも不満が溜まろうと納得してしまった。

縁談は白紙となった。


「お地蔵様、お地蔵様、」

「あの娘は秋には働けど冬には寝てばかりとなってしまいます。」

「上の者の妻がこのようなあり様では、下の者が不満を持ってしまうでしょう。」


「それでは良い娘がおります。

下の者に寛容で、

変化の術を巧みとします、

同じ食を楽しむことが出来、

厳しき冬の中にあっても甲斐甲斐しく働く娘がおります。」


「それは大変素晴らしく思います、してその娘は」


するとお地蔵様は尻尾を揺らしながら言いました。

「はい、その娘はーーーー」

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