リング・オア・プロポーズ! ~指輪をくれなきゃ結婚するぞ?~

ブリル・バーナード

指輪をくれなきゃ結婚するぞ?



 10月1日。今年もこの時期がやって来た。

 付き合ってそろそろ7年になる我が彼女様が、一年の内に二番目にテンションを上げるこの時期が。一番目はクリスマス。そして――


「今年のハロウィンはこれでいきます!」


 そろそろ30歳が目前となってきた27歳になる彼j……


「あ゛?」


 20歳と見間違うほど見目麗しいわたくしめの彼女様、家之いえのミサ様がデザイン画を両手に握って仁王立ちしていらっしゃる。

 その堂々とした立ち振る舞いはまさに鬼神のよう……


「あ゛ん?」


 間違えた。貴人でした。とてもお美しゅうございますよ、愛しい彼女様。

 鬼神すらすくみ上るほどの鋭く睨まれた俺は、ニッコリ笑顔で『何のこと?』とすっ呆ける。背中は冷や汗ダラダラ。

 どうして心の中を読めるのだろうか。不思議だ。永遠の謎。

 実際、20歳どころか18歳の高校生とよく間違われる彼女のミサ。イベントごとが大好きで、毎年コスプレをしたり盛大にお祝いしたりしている。

 イベントごとにあまり興味がない俺は、ミサに強制的に参加させられ、なんやかんや楽しく過ごさせてもらっている。

 実はミサの姉御肌的なところが好き。よし行くぞー、と引っ張って欲しい。

 俺ってドМかなぁ?


「聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「それ、絶対に聞いてないやつ」


 彼女の冷たいジト目が突き刺さる。

 あれだろ? 今年のハロウィンの話だろ? ちゃんと聞いてるって。

 ミサが持ったデザイン画を眺める。


「今年は花嫁ゾンビに花婿フランケンシュタインか」

「チッチッチ! 違うんだなぁ~これが!」


 お手本のように舌を鳴らし、俺の間違いを訂正するミサ。


「これはフランケンシュタインの怪物。フランケンシュタインというのは博士の名前であって、怪物には名前がない。なので、一般的にはフランケンシュタインの怪物と呼ばれるのだよ、ワトソン君!」

「誰がワトソンだ! 俺の名前は和登わとみことだ!」


 確かに学生時代からのニックネームはワトソンだったけど! 読もうと思えばワトソンとも読めるけど! 誰もがキラキラネームと思って最初に和登わとそんと読んでくるけど!

 俺の名前は和登わとみことだ!


「私のことはホームズと呼んでくれたまえ」

「……なんで?」

家之いえのだから。家の。home’sホームズ!」


 ドヤ顔してるところごめん。絶対に呼ばないわ。


「ミサさん。今年のハロウィン衣装は了解した。ハロウィンまで一カ月。今年も準備をしていきますか。できればホラー映画は勘弁してください!」

「ふはははは! 何をおっしゃる兎さん! メインイベントを無くせと!?」


 ですよねー。


「ですが!」


 お?


「今年のハロウィンはテーマが一味違う! ミコト君次第!」


 俺次第? テーマはなんだろうか?

 ミサは得意げに胸を張って、じゃじゃーん、と両手に持っていたデザイン画を床に落とした。

 今度は両手にDVDケースが握られていた。


「リング・オア・プロポーズ! 『リング』にする? 『告白』にする? ねぇねぇ! どっち観る? ねぇってば!」


 可愛らしく揺さぶってくるけれど、俺の心は動かない。

 今の俺の顔は死んでいることだろう。


「告白はホラーではないんだけど、面白いらしいよ!」


 あぁー嫌だなぁ。ハロウィン当日は徹夜残業したいなぁ。無理だよなぁ。

 彼女の瞳がキラッキラしているのは可愛い。だが、ホラーをオススメするのは……どうにかなりません?


「コホン! まあ、前置きはこれくらいにして」


 DVDケースをテーブルに置くミサ様。

 前置きだったのかよ! 助かったぁ。


「本当のテーマを発表しましょう!」


 何かを求めるよう左の手のひらを天井に向け、右手には記入済みの婚姻届けを持っている。


「リング・オア・プロポーズ! 指輪をくれなきゃ結婚するぞ?」


 悪戯っぽく微笑んで、可愛らしいウィンク。

 俺の心がズキューンと撃ち抜かれた。

 ミサさん。俺、惚れ直したわ。


「ミサ。んじゃ結婚しよう」


 俺はポケットから銀色の円環を取り出すと、求めているだろう左手の薬指に嵌めた。


「あ、うん。付き合って7年。両家のご両親にも結婚を前提としたお付き合いをしていますと挨拶し、結婚はまだか、孫はまだかと急かされている今日この頃。いつまでも待っていたら30を超えそうなので私から言ってみました! リング・オア・プロポーズ! 指輪をくれなきゃ結婚するぞ? 我ながら天才的なキャッチコピーでは!? …………ん? 待てよ、今何か……?」

「そこは【リング・オア・プロポーズ】じゃなくて【リング・アンド・プロポーズ】では? 『指輪をくれたら結婚するぞ?』だろ」

「あ、そうかも…………え? ちょっと待って」


 待って待って待って、と一旦話を止めてくる。

 何やら頭が混乱していらっしゃるようなので俺は待つ。いくらでも待つ。

 俺の言葉を反芻し、左薬指に光る銀色の輝きは何かと悩む。それを何度も何度も何度も何度も繰り返す。百面相が可愛い。

 しばらくして、呆然とした泣き笑いで俺を見つめてくる彼女のミサさん。


「ミコト君……」

「なにかな?」

「結婚しようって言った?」

「言ったね」

「指輪くれた?」

「指輪あげたね」

「私に?」

「君に」

「左の薬指?」

「左の薬指」

「ひょっとして婚約指輪?」

「ひょっとしなくても婚約指輪」


 ポカーンと口を開けた間抜け顔がおかしくて可愛かった。

 目がウルウルと潤み出し、突如、大声をあげて俺に飛びついてきた。


「うわぁ~ん! びっぐりじだぁ~!」

「ごめんごめん。実はいつ渡そうかと悩んでいたんだ」

「ばぁ~かぁ~! ミコト君のアホォ~! 大好きぃ~!」

「俺も大好きだよ、ミサ。愛してる」

「うぅ~! 私もあいじでるぅ~!」


 大号泣で俺を押し倒し、涙で塩辛いキスをブチュブチュしてくる婚約者さん。

 あはは。可愛いなぁ。

 いろいろ計画を立てていたけど全部無駄になったや。だが、それでもいい。ミサがこんなにも喜んでくれているのだから。

 あぁー緊張した。OKしてくれるとは思ったけど、内心ドキドキだった。心臓がぶっ壊れるかと思った。緊張で胃が痛かった。

 正直、こんなこともう経験したくない。

 キスの嵐が収まったところで、ミサはグシグシと乱暴に目を拭った。


「もう! ズビ。いろいろ立ててた計画が台無し! スビビ」

「どんな計画を立ててたんだ?」

「グスッ。指輪をくれたら結婚する……指輪をくれなくても結婚する……グスッ」

「その通りになったじゃないか」

「今~日~だ~と~は~思~わ~な~かったぁ~!」


 馬乗りになったままポコポコと叩いてくる。

 ごめんごめん。ごめんってば。


「よし決めた! グスッ。ハロウィンのテーマを変える! ズビッ」

「ほう?」

「セックス・アンド・プレグナント! エッチなことして子供を作ろう……?」


 婚約者様からの甘く可愛らしいお誘い。

 それはそれは……ハロウィンまで一カ月ある。その間に話し合って家族計画をしましょうか。

 俺は愛しいミサに了承のキスをする。


「それならホラー映画は無しだな」

「あ、それは絶対に観る。リング・オア・告白プロポーズ


 ミサはキスで蕩ける笑みから突如真顔に変化し、そう宣った。


「え? マジで?」

「うん。怖がるミコト君……あぁ、想像しただけで可愛い! ゾクゾクする……!」


 あぁーうん。彼女、Sっ気あるわ。何となく知ってたけど。


「というわけで、今年のハロウィンは楽しみだね!」

「……そうだな」


 今年のハロウィンは一生忘れない日になりそうな予感がした。
















「…………で、本当に観るの?」

「オアじゃなくてアンドでもいいよ?」

「……セックス・アンド・ザ・シティ観ない? 面白いよ」

「だーめ♡」



 <完結>












==============================

ちっ! 羨ま死ねっ!

ちなみに、作者はハロウィンのイベントに参加したこともありませんし、リングもセックス・アンド・ザ・シティも観たことがありません。

告白は本で読みました。あの重厚な何とも言えない感情と言ったら……



読者の皆様はハロウィンの思い出はありますか?




一話完結のラブコメはコレクションにまとめておりますので、ぜひそちらもどうぞ!

https://kakuyomu.jp/users/Crohn/collections/16816452219426191625


こちらは複数話ある完結済み作品のコレクションです。

https://kakuyomu.jp/users/Crohn/collections/16816700427171698355

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