第33話 正しいのは花火らしい
すると、火の玉が二つになった。
「……それだけか?」
二つになったところで俺に対しては何も変わらない。
問うと、亜井川はカウンターに手を伸ばした。
「僕が見せたいのはこっちだ」
そう言いながらまだ開けていない焼酎のビンを取り出すと、中身を二つの火の玉にぶっかけた。
すると焼酎という名のアルコールがかかった二つの火の玉はそれぞれ二倍程の大きさに膨れ上がる。
そして亜井川はそれらを俺の両手に当ててきた。側から見ると俺の両手がデカイ火の玉になっているように見えるだろう。
「なんのつもりだ」
「君は火に当てられると空気になる」
「なぜそれを……!」
俺の身体が異常なことは亜井川も知っていること。しかし、触れた部分が空気になることは知らないはずだ。
亜井川はマッドサイエンティストのような口調で解説を始めた。
「だって憩野君が炎に飛び込んだ時、君は炎が当たっている部分だけ透明になっていたからね」
「何……!?」
だとすると、俺は炎に飛び込む前からこんな体質だったことになる。でも、あの火事が起こる直前までは誰もが普通に俺に触れられていたのだ。家でも、学校でも、塾でも……なら、俺がこうなったのは炎に飛び込む直前ということか……、一体なんでだ!?
しかし今、そんなことを考えている暇はないようだ。
「さぁ、どうする憩野君?」
亜井川が見下ろすように言った。俺は今、両手が空気になっているため亜井川が手に持つ
ただしそれは、火の玉が俺の手に触れているからであって……
「触れてさえいなければ……」
「――させないよ」
俺が右手を上げると、瞬時に亜井川がリモコンを操作して火の玉も俺の右手を追うように上に移動した。
「そういうこと……」
これじゃ俺がどこに手を動かしても火の玉はついてくるな。
てか、亜井川かなりそのリモコン使いこなしてやがる。これなら確かに今夜、狙いだけを定めて火の玉を振り回せるだろう。
やばい。こうなったら、この手で亜井川を殴るしかなさそうだ。流石にこいつも自分に直撃する寸前で侮蔑兵器の電源を切るだろ。
そして俺が亜井川の持つリモコン目掛けて走り出そうとすると、それが不可能なことに気づいた。
「……俺はほとんど動けねぇってことか」
「その通りだよ」
亜井川が愉快に嘲笑する。
この火の玉、デカくなっいるため、俺が大きな動きを取るとすぐに店内の何かしらに当たって燃え移ってしまうのだ。
最悪、この店は燃えていいとしても上の階は関係のないラーメン屋だ。それにこの店の外には大量の店が並んでいる。ここが燃えればこの
これはもう俺は何も出来ない。完全に能力の裏をかかれてしまった。
亜井川は嗜虐的な視線を向けてくる。
「さぁ、焼け野原を創造したければ手を動かしな、憩野君」
「……分かった、一旦退く」
俺がやむなく言うと、亜井川は侮蔑兵器の電源を切った。
手が元に戻った俺は、すたすたと店の出入り口へ向かい、扉を開ける。
外に出て扉を閉めようと思った時、カウンターから亜井川が呟いた。
「できれば当分は退いたままにしておいてもらいたいな」
そう言った亜井川の声に、俺はもう何も感じなかった。俺の知ってる亜井川ではなかった……俺の知っている亜井川とは、なんだろうか。
向こうから話しかけてきたので、俺は花火を信じると決めたことによってそこから発生する亜川への疑問を問うてから帰ることにした。
「最後に聞かせてくれ。お前、俺と同じ学校の生徒だったのか?」
「――黙れ! 今更もう全部遅いんだ!!」
亜井川は突然テーブル叩いた。地雷をしまったようだ。
でもその反応からするに正しいのは花火らしい。花火は自分の兄が俺と同じ学校の同じクラスだったと言っていた。しかし俺は塾以外で亜井川の顔を見た記憶が一切無い。
高校時代、亜井川に何があったのだろうか……。
亜井川がこちらへ歩いて来た。
「憩野君は大きな勘違いをしている。まぁ、それくらい自分で気づいてもらわないと困るよ」
青筋を立てて言うと、亜井川は俺が口を開く間も与えてくれずに内側から勢いよく扉を閉めた。
一気に肩の力が抜ける。
……俺は完全に自分の力を過信し、亜井川を油断していた。亜井川が首謀者だとわかった時、俺ならなんとかあいつを止められると思った。亜井川なら、旧友の俺の言葉を聞いてくれると思った。
そう思った結果がこれだ。
まずまずよく考えたら、高校生の時に俺は亜井川と取り留めもない話しかしてこなかった。
最初から俺は、亜井川遠流と言う人間を知らなかったんだ。「勉強ができて優しいやつ」というイメージも俺が彼に勝手に貼り付けていただけにすぎない。何やってんだ、俺は。
空はますます明るくなってきた。鳥たちの鳴き声が聞こえる。
……帰るか。
通りはランニングしている人が時々見受けられるのみで、辺りは静寂に包まれている。
もう電車は動いているだろう。俺はこの静かな南気通りを駅に向かって歩いて行く。
朝日がやけに、眩しく感じた。
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