第32話 しかし、そんな意図が伝わるはずもなく
「花火……!?」
思わず声に出してしまった。なぜあいつがいるんだ!? 確かにあの火事の日、亜井川の妹も部屋にいたから妹さんがいるのは知っていたが、花火が、亜井川の妹!?
いやでも、花火の苗字って「
亜井川に特に驚いた様子もなく聞いてきた。
「あれ、僕、妹の名前教えたっけ?」
俺は必死にその場しのぎの言葉を探す。
「いや……、妹さんの学校に調査に行ったことがあって、その時に……会ったんだ」
「ああ、なるほど。花火は迷惑をかけなかった?」
「いやいや、むしろ積極的に調査に協力してくれたよ」
ほぼ嘘はついていない。
ただ出会った場所が違ったり、聞き取り調査の際はコーヒーを奢らされたりした点が嘘なだけ。
でも今の会話ではっきりした。あの家族写真だけではただ似ている人って可能性もあったが、亜井川自身が妹の名前を「花火」と言った。
なぜ花火が嘘をついたのかは分からないが、彼女は「
――それは、今回俺が追っている男が、この
だがどうしても俺は信じたくない。
あの優しい亜井川が、俺の目の前で焼酎を飲むこの男が、そんなことをすると思いたくない……!
せっかくまた会えて、また元のように話合えるようになったというのに……!
そうだ、何かの間違いなんじゃ……!?
よく思い出すんだっ! ……あれ、花火って、自分のお兄さんと俺が同じ学校で同じクラスだったって言ってよな。
でも亜井川は毎回塾で会うだけの友人だった。どこの学校に通っていたかは知らないが、確実に俺の学校ではなかったはずだ。
だいたい、クラスメイト三十人くらいの顔は全員分かる。しかしその中に、明らかに亜井川はいなかった。
……なんだ! 嘘じゃないか! ということは亜井川が事件を起こすというのも、苗字を偽っていたのと同じで花火の嘘なんじゃ?
しかし、いくらそんな都合のいい解釈をしようとしても相変わらず、俺の脳裏からは駅で別れた時の花火の顔が消えなかった。
――よし決めた!
俺は空になったグラスを亜井川に差し出す。
「もうちょっと飲むわ。というか、朝まで飲んでやるっ!」
「いきなりどうしたの?」
「いや〜、やっぱりせっかく再開できたし、今日くらいいいかな、なんてな」
そうだ。雑念が消えないなら、飲んで消してしまえばいい。
亜井川は俺に焼酎を注ぐと、何やら立ち上がり、カウンターに一旦回り込むと少ししてピザとフライドポテトを持ってきた。
「さぁ、食べよう!」
「いいのか?」
「今日くらい、ね!」
亜井川は似合わない悪そうな笑みを浮かべた。
俺たちは改めて乾杯をした。静かな空間に、グラスの衝突音と氷の擦れる音が響く。
「「カンパーイ!」」
***
それから俺たちは数々の取るに足らない話をしたり、ゴールデンタイムよりよっぽど面白いものがやってるこの時間のテレビを見て勝手に批評したり、お互いやってるスマホゲームで共同対戦したりと、とにかく楽しい時間を過ごした。
ずっとカウンター席に座っていただけなのに、もう数年分の楽しんだ気分だ。
そしてついに、濁った水色の光が窓から差し込んできた。腕時計を見ると、五時だった。
俺はもちろんのこと、亜井川もこういう仕事をしているだけあって酒と夜には強いようで二人揃って現在もケロッと元気だ。
お互いがもう時期この一時が終わることを感じていると、亜井川が俺にお茶漬けを持ってきた。
「最後に憩野君のあの早食いを見て締めたいな」
「そうか……、じゃ、やるか!」
「楽しみだな〜」
亜井川が凝視してくる中、俺は限界突破であの頃の、塾での日々を思い出しながら超早食いを披露する。
「ごちそう様でした〜!」
「おぉ〜」
関心しながら亜井川は手を叩いてきた。
その様子は、彼が初めてこの超早食いを見た時の反応にどこか似ていた。俺は咳払いをしてから言う。
「ありがとう亜井川。お前のお陰で雑念を消し去れたよ」
「……雑念?」
怪訝そうな顔をする亜井川。
そりゃ急に言われちゃ、分からないだろう。でも、本当に俺は四時間程で枷となってた雑念を吹き飛ばすことができた。感謝しかない。
だから、俺は席を立ち、鹿撃ち棒を被る。そして、目の前の男を指差す。
「ああ、お前と戦うことを拒むという雑念だ」
「…………」
亜井川は無言で席を立った。
彼が今何を考えているのかは分からない。でも、そんなのは関係ない。なぜならこの四時間で、俺は俺の知ってる亜井川遠流とは別れを告げたからだ。
「俺はもうどこまで行っても探偵なんだ。一度受けた依頼は責任を持って解決する」
こんなカッコ良さげなセリフを言ってみたが、正直花火が一度も真剣な表情を見せていなかったら俺は同じことを言えた自信がない……。
亜井川は俯いたまま言った。
「やっぱり、そうなんだね」
「……やっぱり?」
「最初から探偵らしき人がこの店に入ってきた時から、僕を止めに来たのは何となく分かった。まぁ、それが憩野君だった時は驚いたけどね」
いきなり亜井川は顔を上げると、どこからともなくリモコンを俺に向けてきた。紛れもない、
やっぱり持っていたか……! ここで破壊しなければ……
「亜井川……、お前、それが何かちゃんと分かっているのか?」
俺は今これを起動されても全く問題ないが、亜井川は罪が確定する。
しかし、そんな意図が伝わるはずもなく、亜井川は躊躇なくリモコンの電源スイッチを押した。
リモコンの先端部分からサッカーボールくらいの大きさの火の玉が出現する。俺がカタログで見た通りだ。
「悪いけど憩野君、邪魔してもらっちゃ困るよ」
言うと、亜井川はリモコンの操作ボタンを押して俺に火の玉をぶつけてきた。
もちろん火の玉は俺をすり抜ける。そしてそれはそのまま一直線に進み店の壁に衝突、なんてことはなく、またリモコンの先端部分に戻って行った。
これは、火の玉を発射する装置じゃない。操る装置。これもカタログ通りだ。
それと、一応俺は調査のためにここに来ているので、出かける前に着ている服全てに防炎スプレーを吹いてきてある。なので服も大きな損傷は受けていない。流石に九年前のように全裸になるのは嫌だからな。
だがもちろん、亜井川は全く動揺を見せなかった。
「まぁ、そりゃそうか。憩野君には通じないと思ったよ」
「……そうだ、お前のいう通り俺には効かない。だからもうそんなもんを使うのはよせ!」
「その言葉、これを見ても言えるかな?」
不敵に笑った亜井川は、侮蔑兵器の別のボタンを押す。
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