第19話 侮蔑兵器(ディスパイズウェポン)

「……そうか」


 俺には分かる。何度も拳銃を向けてくる奴を知ってるし、何より俺は瀬渡友香という人間を知っている。だからこそ分かるのだ。


 コイツは明らかに無理をしている。上の連中の言われた通りの対応を執るために必死になっている。


 しょうがない。ここは交換条件といくか。


「なぁ瀬渡。裏社会、抜け出したくないか?」

「……何!?」


 瀬渡は俺を睨みながら拳銃のスライドを引いた。今にも打ってきそうだ。でも本当にトリガーを引ける奴は、そんな悲しそうな目はしない。


「俺はこっち社会のことも大層詳しくてな」

「それで?」

「その上、ケーサツさんとの信用も少しはある」

「何が言いたいのよ!?」

「俺に協力してくれたら上手いことしてお前をもう一度、お陽さんの下を歩けるようにしてやる。約束だ」


 すると、カチャッという音がした。瀬渡が拳銃を床に落としたのだ。


「本当……?」


 彼女は真顔で問いかけてきた。その目は輝いている。正直こんな表情の瀬渡は初めて見た。物理部で笑顔を見た時も、彼女の目はこんなに輝いていなかった。


 俺は強く宣言する。


「もちろん、約束だ」


 すると、瀬渡の肩の力がどんどん抜けていった。


「……そう、じゃあ全て話すわ」


 そう言って瀬渡は微笑んだ。その瞬間だけ、「強い女感」が完全に消えたように見えた。そう、普通の美しい大人の女性に……一瞬だけね、本当に一瞬。


「じゃあまずはこの部屋について教えてくれ。ここ、高層ビルの中の一室だよな? 一体どうなってんだ?」

「まず、このビルに入り口など存在しないわ」


 そう言って瀬渡はこの建物の設計図を見せてきた。


 見ると確かに、どこにも入り口という入り口は存在しなかった。でも、七階建のビルであることに間違いないようだ。


「だったら他の人間はどっから入ってるんだ」

「いや、人間は私しかいないのわよ。上は、電気は点いてるけど誰もいない」

「ああ、一見普通のビルに見せるためか」

「そうよ」


 すると瀬渡は、カウンターの下から謎の物体を出してきた。両手で抱き抱えられるくらいの大きさの直方体に、太くて短いホースが付いている。


「なんだそれは?」

侮蔑兵器ディスパイズウェポン。ここで売ってる物よ。ウチもよくは知らないけど、なんかすごいことが出来るらしいわ」 


 侮蔑兵器ディスパイズウェポンねぇ……。嫌な名前だ。


 もしかしてと思い、改めて部屋を見渡してみる。

 するとやはり、形はそれぞれだがこの部屋にある武器はおそらく全てその侮蔑兵器のようだった。


「この部屋の侮蔑兵器はどこから?」

「いや、その辺はよく知らないわ。ウチは日替わりでここ担当させられてるだけだし」


 本当に下っ端だなぁ……。でもここって、客は来るんだろ?


「お前、そんなんでよく店番できたな」


 すると瀬渡は「じゃっじゃじゃ〜ん!」と言って何やら薄い一冊の本を取り出した。同人誌だろうか。


侮蔑兵器ディスパイズウェポンのカタログよ!」

「なんだ、あるのかよ……」


 ただ覚える努力をしてなかっただけかよ。そういえば花火も道を覚える努力をしてなかったな。そういう生き方今流行ってるの?


 そしてそれを受け取り、ペラペラとめくっていくと「超高速で水を発射できる装置」や「有害物質を製造できる装置」などと、おかしなことができる装置がたくさん記載されていた。


 ふと、いろんな「変な物」を見ていく中で俺はあるページで一瞬目を疑った。


 そこに載っていたのは「無温火炎放射装置」。

 

 具体的な機能は「熱を発しない炎を放射できる」というものだった。


 俺はすぐ九年前の火事を思い出した。


 あの火事はとある一室で起きたのだが、その時、何故か部屋に設置されていたスプリンクラーが起動しなかったのだ。

 

 そして俺は、その炎が全く熱を発していないことに気づいた。目の前では炎が燃え盛っていると言うのに、全く熱さを感じなかったのだ。そりゃスプリンクラーも起動するわけがない。


 もしあの炎がこの侮蔑兵器から放射されたものだとしたら、こんなおかしな装置が九年前から存在していたことになる……。


 この装置が、俺をこんな身体にしたのか!?


 そう思って装置の説明を片っ端から読んでみた。

 

 しかし、俺のこの体質に関するようなことはどこにも書いていなかった。だた、熱を発しない炎を放射できると言うこととその具体的な用途が書いてあるだけ。


 せっかくこの身体になった理由が分かると思ったのに……


 でも落ち込んでいる暇はない。今は花火のお兄さんの行方を調べなくては。


「侮蔑兵器の注文履歴って分かるか?」

「ごめん、それは上が管理してるからウチは分からないわ」

「そうか……」


 瀬渡は申し訳なさそうな顔で謝ってきたが、その最中も身体では肩をゴキゴキ鳴らしている。やっぱり瀬渡友香だ。わー、強そうな女だー。


 花火のお兄さんの目的は明日の同窓会で、集まった人全員を殺すことだ。

 ならこのカタログの中から大勢の人間を殺せそうなものを絞り込めば……いや、そんなことをしなくても花火は実物を見ている。


 なら花火に事務所に来てもらってどれか教えてもらえばいいじゃないか。


 俺はその旨をパパッと「はなび☆」に送った。今日が天文部の日だったら申し訳ないが、これについちゃ彼女しか分からない。


 そしてカタログを閉じようとした時、後ろからガタッという音と共に扉が開いて拳銃を構えた男三人が入ってきた。どれも明らかに下っ端だなぁ……


 男達は次々に言う。


「おい瀬渡、裏切ったのか!?」

「上に報告するぞ!」

「大人しく言うことを聞け!」


 どうやらこの部屋で起こっていることを把握しているようだ。ああ、監視カメラか。しまった、忘れてたな。


 この状況で瀬渡を守りつつ、無事にここを脱出する方法は……これに賭けるか。

 俺はそっと瀬渡に近づき、耳元で囁いた。


「俺を貫通させていいから三人を打て」


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