第20話 そんなこと言えない身体にしてあげる

 そして返事を待たず、俺は数歩下がって両手を広げ、瀬渡の前に立った。数歩下がったのは、彼女が後ろの男達の位置を確認できるようにするためだ。


 すると後ろから下っ端の一人の荒々しい声が聞こえてきた。


「瀬渡、その男を打てば見逃してやんよ。どうする?」


 瀬渡は先程落とした拳銃を拾い、俺を目掛けて構えた。目で俺に「どうしたらいいか」と訴えかけてきている。


 だから俺は一言で答える。


「俺を信じろ」

「憩野……」


 瀬渡はまだ迷っている。拳銃を持つその手は震えている。


 しかし本当のことを言うと、彼女に迷っている暇などない。というか、今すぐ撃たないと逆に瀬渡が死ぬ。  


 なぜならこのまま瀬渡が動かないと、後ろの奴らは見切りをつけるだろう。そして瀬渡を撃つために、まずは前にいて邪魔な俺を撃つ。

 

 するとどうなるかは自明の理。銃弾は俺をすり抜けて瀬渡に直撃する。俺はこういう時、自分を守れても誰かを守ることはできないのだ。


「おい、どうしたぁ?」

「今の状況分かってんのか?」

「ほら、やれよっ!」


 後ろからは急かすような、煽るような声。まじで下っ端共だな。


 裏社会の人間は本来、任侠を重んじている。弱者を助け、強者をくじく。漢気溢れる奴らなのだ。まぁ最近はそんなの年配の方やそれ以外の極一部の者だけになっているが。


 だからましてやこんな稚拙な言葉は使う連中が、下っ端でないわけがないのだ。たとえ下っ端でなくても、本物のヤクザとは言えないだろう。


 だから……さっさとこんな中途半端なところから瀬渡を連れ出してやる!


「――おい女子力ゼロのペチャパイ暴力女」


 俺がそう言った瞬間、銃声が響いた。


 瀬渡は青筋を立てて俺を睨んでいる。そうだ、そうしているのがお前らしい。


 背後からは喧騒が消え、代わりに静寂がやってきた。振り向くと、三人は無事死んだ模様。


 でもこいつ、ちょっとキレるの早すぎない!? 俺「女子力ゼロのペチャパイ暴力女」しか言ってないよ? どれにキレたんだろうか。「ペチャパイ暴力女」は多分こいつ気にしてないから……


 なんてことを考えていると、瀬渡はカウンターを出て俺のそばへやってきた。俺はどやされるのだろうか。


「大丈夫!? 救急車、救急車呼ばないと!」


 そう言った瀬渡の表情は、とても不安に満ちている。どうやら怒るどころか、心配してくれてるようだ。


 瀬渡、馬鹿だなぁ……。救急車がこんな秘境の地にやってくるわけないじゃないか。


 というか俺今普通に立ってるよ? 立ったまま死んだと思ってるの?


「あ〜あ、またコート縫わないと。今回は三箇所かよ」

「…………はぁ?」


 俺の呑気な声を聞き、瀬渡は自分の目を擦った。そして俺をじーっと見つめると、ぽかんと間抜けな顔をした。


「……なんで、生きてるのよ?」

「それが、俺がこの一室に辿り着けた理由だよ」

「は……?」


 もうここまで見せておいて種明かしをしないわけにはいかないだろう。

 俺は右の手のひらを上にしての瀬渡に差し出す。


「ほら、ここに撃ってごらん」

「……分かったわ。……いいのよね?」


 拳銃を向けたものの、心配そうに確認を取ってくる瀬渡。しかし俺が頷くと、トリガーが引かれて銃弾が発射された。

 

 すると俺の手のひらは銃弾が当たった部分のみ空気になり、綺麗にすり抜けた銃弾は床に直撃する。そして一瞬だけぽっかりと穴の空いた手のひらは、一秒程で元に戻った。


「つまり、こういうことだ」

「……いや、全然わかんないんだけど」


 瀬渡はちょっとイラついた視線を俺に向けてきた。でも俺だって原理も原因も分かんないんだよ!


「ある日突然こんな身体になったんだよ。ほんとそれだけ」

「要は憩野も分かんないのね」

「そーだよ」


 するとその直後、突然瀬渡の表情は怒りに満ちていき、柳眉を逆立ててきた。

 俺は嫌な予感がしたので戦略的撤退を申し出ることにする。


「……さっさとここ出るぞ。俺は次にやらなきゃならんことがあるんだ」


 しかしどうやらそうはさせてもらえないようで、俺がドアの方へ向かうと瀬渡は先にそこへ回り込み、仁王立ちをしてきた。


「おい憩野、誰が女子力ゼロだって?」

「やっぱそれ根に持ってますよね……」


 瀬渡は恐怖のにっこり笑顔で言ってきた。しかも予想通り、彼女が気にしているのは「女子力ゼロ」に関してだった。


 俺は両手を前で合わせて、神に祈るように瀬渡に謝る。


「ご、ごめんて……そうでも言わないと撃たなかっただろ……?」

「まぁそうね……。許してあげるわ」


 そう言い切った直後、瀬渡は悪い笑みを浮かべて付け足した。


「……二度とそんなこと言えない身体にしてあげるから」

「やべぇ、俺何されるんだろ……」


 瀬渡が何をしても俺には無意味なことは重重分かっているのに、なぜか寒気を覚えた。


 

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