第18話 残念だけどそんなもの、俺には通用しない
隙間を進んで店の裏に出てくると、そこは暗くて狭い、何もない空間だった。
目の前には高層ビルの背面。このビルが、日光を遮断しているようだ。どうやら俺は、商店街の店々と裏側の高層ビルの間の狭い空間に出てきただけのようだった。
だが俺の心は今、虹色に染まっている。
見つけたのだ。明らかに怪しいドアを。それはこの元おもちゃ屋にあるものではない。裏の高層ビルに付いている。普通はこんな無意味な場所にドアなんてあるわけない。
俺はドアノブを掴んだ。捻ると鍵はかかっておらず、ドアは簡単に開いた。中を覗くと、暗い一本道が続いている。
入ってドアを閉めると、ドアには窓が付いていないので視界が真っ暗になった。マジで何も見えない。怪しさ全開!
だがそんな中で、右の壁にはなにやら光を発するものが。見てみると、パスワード入力機であろう四角い物体が壁に取り付けられていた。
当然パスワードなど知っているはずも無いので、そんなものは無視無視〜。
俺はいつもの手提げ鞄から懐中電灯を出し、正面を照らしてみる。すると、奥には壁があるだけで行き止まりになっていることが分かった。え、じゃあここの空間って何のためにあるんだ?
取り敢えず奥まで進んでみると、あることに気づいた。行き止まりは壁では無く、ドアだったのだ。
なんで二回もドアを開けなきゃいけないんだよ……。それと、さっきからなんか足場がグチャグチャしてて気持ち悪いんだよね……
通ってきた道の床を照らしてみると、そこには大量の死体が転がっていた。
俺はどう感じたか。答えはもちろん、何も感じなかった。
だって見慣れてるもん、この景色。やっぱり今回もこっちの社会に来ちまったか……
そして俺が二個目のドアを開けると――
そこは、なんかよく分からない武器みたいなものがあちこちに置いてあり、奥にはカウンターが。チャラい電球色で照らされている狭い一室。
完全に、「リアル武器屋」だった。
奥のカウンター付近には小さな椅子があり、そこに女性が一人、こくりこくりと舟を漕いでいた。
「お〜い、生きてますかー?」
俺が声をかけると彼女はゆっくりと目を開け、寝ぼけ眼で立ち上がるとカウンターの裏に回り込み、口を開いた。
「いらっしゃいませ〜、何を……え!?」
彼女は俺の顔を認識した瞬間、一瞬にして目を覚ました。
俺も彼女の反応で確信した。
その緑がかった長い黒髪ロング、「強い女感」溢れる美しい顔……。
間違いない。
俺の目の前には、物理部での友人、
少しの沈黙が続いた後、俺は混乱する気持ちを沈めて問いかける。
「瀬渡、久しぶりだな……」
「そうね、久しぶり……」
瀬渡は気まずそうに答えた。
上は黒のタンクトップ一枚、下はジーパン。この衣服はヤクザの愛人などではない。単なる下っ端の衣服だ。
まぁ、瀬渡はタンクトップ一枚で問題ないだろう。だってこいつ、高校の時からまな板を胸部に所持しているから。九年たっても変わらなかったようだな……。
俺は分かりきった質問をしてみる。
「ところで今、何してんだ?」
「……見ての通りよ」
瀬渡は俺ではなく何処か遠くを見つめながら、皮肉っぽく言った。
俺はその何処か遠くを見つめる表情を知っている。あれはクリスマスイブを一緒に過ごすかと聞かれ、俺が断った時の表情だ。
「憩野こそ、何やってんのよ……?」
「……は?」
俺はつい耳を疑ってしまった。そんなことを聞かれると思っていなかったから。
「だから、そっちこそ何やってんのって聞いてんの!」
「……え?」
見て分かんないの!? どう見ても探偵だよ!? こんな格好してんの探偵しかいないでしょ!
俺は初めて職業を聞かれ、ちょっと感動してしまっていた。
気分が良くなった俺は、すまし顔で言い放つ。
「見ての通り、探偵だ」
「そんなの分かってるわよ! 見りゃわかるわ! ウチはここに何をしに来たのかを聞いてんのよ!」
「あ、そっちか」
ですよねー。見りゃわかりますよねー……。
「俺はある依頼の調査で来た。単刀直入に聞く、ここはなんだ?」
すると瀬渡は目を丸くし、その後突然笑い出した。
「……い、憩野、分からずここへ来たのか? お前死ぬぞ……ってあれ?」
「どうしたんだよ」
「……憩野、お前なんで死んでないの?」
瀬渡が前のめりになってカウンター越しに顔を近づけてくる。うーん、こんな美人の女性の顔が目の前にあるのに全然緊張しないな〜、不思議だな〜
「死ぬ? 何の話だ?」
「入ってすぐ、パスワードを入力したのよね!?」
「ああ、あれか。だから言ってるだろ? 俺はここが何なのか知らない。もちろん、パスワードだって知らない」
「じゃあなんで通って来れたのよ……!?」
そういうことか。おそらくあそこでパスワードを入力せずに進むと、人体に有害な物質でも放射されるのだろう。だからあの一本道には大量の死体があった。
でも残念だけどそんなもの、俺には通用しないんだよ瀬渡。
「まぁ、それについての説明はいつか気が向いたらしてやるよ」
「はぁ?」
もちろん納得が行かなそうな顔をする瀬渡。
そして彼女はようやく前のめりをやめた。気をつけろよ。ずっとそんなに顔を近づけられていたらキスしちゃうだろうが、もし俺じゃなかったら。
で、さっさと聞かなくては。おそらく花火のお兄さんは「変な物」をこの店に注文したということで間違いないだろう。
「さ、教えてくれ。ここは何なんだ?」
「それを教えることはできないわ」
「じゃあ住所を裏の商店街の元おもちゃ屋に偽った理由くらいは教えてくれよ?」
「無理ね」
そして、瀬渡は突然拳銃を向けてきた。彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「……ウチが何か教えると思う?」
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