第17話 答えはまだ、出したくない

「では探偵さん、ごちそうさまですー!」

「あいよ」


 その後俺は、定員さんがドン引きするほどの金額を支払って花火と店を出た。


 駅に向かって歩き出す。

 花火が都会の喧騒の中でもはっきりと聞こえる声で問いかけてきた。


「さっき『人と食べれて楽しかった』って言ってましたけど、普段は何と食べてるんですか?」

「う〜ん、透明人間かな」

「か、可哀想に……」


 ライトアップされた綺麗な夜桜の下で、花火は憐れみの視線をぶつけてくる。


「そんな顔しなくてもいいだろっ、ぼっち飯にはとっくに慣れてるっつーの!」

「いやぁすいません。つい犬とか猫って答えるかと思ってまして……」


 ああ、確かにペットとかを想像してたのに「透明人間」なんて答えられたらそんな表情しちゃうよな。


「なんかごめん」

「いやいや、なんで私が謝られてるんですかー!?」

「え、なんとなく……」


 そしてこんな風に、この駅に向かう道で花火と言葉を交わしていると、俺はふと瀬渡と帰宅していた日々を思い出した。ここは九年経ってもあまり変わってないな〜。


 でも、あの時とは全く違う景色に見える。


 あの頃はカップル共を憎みながら見ていたこの景色。カップルにばかり目が行き、ここにはカップルしか居ないのかと思っていたくらいだ。


 でも今は、ただ一人一人がそれぞれの人生を歩んでいる、一つの場所のようにしか見えない。

 

 もちろん当時は一切視界に入ってこなかった、仕事帰りのサラリーマンや孫と歩いているおばあさんの姿もくっきり見える。


 人は一つのことを望みだすと、それに関するものばかりが目に映るようになる。

 だからこそ、何も望まず中立の立場で世の中を見れるようになることが大事なのでは無いだろうか。


「何考えてるんすか〜?」


 花火がぴょんぴょん飛び跳ねて俺の視界に出たり入ったりしていた。


「いや、何でもねぇよっ……」


 俺はそう答えてまた花火と話し出す。


 ふと自分に対し、疑問を抱いた。

 ――さて、俺は今何を望み、何をこの目に映しているのだろうか?

 

 

 答えはまだ、出したくない。



 ***


 翌朝、まだ七時だと言うのに俺は商店街の中の一軒の店の前に立っていた。

 

 

 ――三十分前

「探偵さん〜、お兄さんが消えましたー!」

「お兄さんが、消えた!?」


 朝六時過ぎ、花火から突然電話が来た。

 やばい。とんでもないことが起きてしまった……。


『私はさっき起きたんですけどー、部屋を出たらなぜか兄の部屋のドアが空いてまして〜!』

「そうか……」


 それはそうと花火よ。一体お前はなんでそんなに余裕ぶって楽しそうなんだ。でもそういえば、昨日カフェで平井健太について聞いてる時は全く楽しそうじゃなかったな。


 まぁそんなことは今はどうでもいいか。


「とにかく今から家にお邪魔させてもらってもいいか?」

『いえ、本当に何も残って無いんです〜、……ただ』

「ただ!?」

『依頼の時に言った変なダンボールだけは残ってまーす! そこに発送元が書いてあるので……』

「ああそうか、送ってくれ!」



……と言うわけで、ものすごい勢いで家を飛び出し、送られてきた住所の場所にやって来たわけだ。場所は山手線で五駅ほど離れた街の商店街。上のアーケードが朝日をいくらか遮っていて少し暗い。


 今の時代、商店街なんてどこも寂れてきている。さらにその上まだこんな時間だ。駅周辺は大勢の人々が行き来していたが、ここはかなり人通りが少ない。


 つい花火のお兄さんが家から姿を消すという可能性を見落としていたな。それが何を意味しているか。それは、もうここに賭けるしかないということだ。


 ここで大きな手がかりが見つからなければ、俺は花火のお兄さんの周りの人物を全てあたってみるしかなくなる。


 そうなってしまったら正直めんどくさいのだが、それ以前にそんなことをしていたら犯行予定日に間に合わないだろう。なんせ花火が言うに、犯行は明日なのだから。


 で、やって来た肝心の目の前の店はというと……思いっきりシャッターが閉まっている。


 まぁ、少しはこうなることも予想していた。そんな「変な物」を送ってくる奴が、実際の住所を宛名ラベルに書くとは思えないからな。小さな可能性に賭けてここまでやってのきたがダメだったか……


 でも、朝っぱらだからまだ閉まっているという可能性もある。なんか埃とか錆とかすごくて長年放置されてる感が半端ないけど。


 とにかく誰かに聞いてみるか。俺は、通りかかった松葉杖をついて歩いているおじいちゃんに話しかける。


「すいません、ここの店って何時頃になったら開きますか?」

「あぁ……そこ、昔はおもちゃ屋だったんだけどなぁ……」

「つまりそれって……」

「そうだよ、三十年くらい前に潰れてしまったよぉ……」


 やっぱりかぁぁぁ! はぁ……。もう花火のお兄さんの周りをしらみ潰しに当たるしかないかぁ……


「あ、わざわざありがとうございます」

「いやいや、構わんよ。でも、この店にはもう近づかない方がいいぞぉ……」

「え? どうしてですか?」

「最近、幽霊が出るって噂されとるからなぁ……、まぁ、ただの噂じゃがな!」


 そい言ってニッと笑うと、おじいちゃんはゆっくりと歩いて行った。


 幽霊か……。もうダメかと思ってたけど、どうやら少し希望が見えてきたぞ! こういう場合の幽霊は宝探しで言うと宝に相当する。


 俺はこの店と右隣の店の間になんとか入れそうな隙間があったので、そこを突き進んでみることにした。何か隠しの出入り口などがあるかもしれない。

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