第2話 風呂
「どうかしましたか?」
「……探偵さん、お風呂貸してくーださいっ!」
「え!?」
予感的中だ……。元気よく堂々と頼まれてしまったが、この子、自分の言ってる言葉の意味を分かっているのだろうか。
「お前、こんな二十六歳男の家の風呂に入りたいと思うのか!?」
「はい!」
「なんで即答……」
「別に何も気にしませんしー!」
前に出した右手を左右に振って否定する
「……分かったよ。そこの扉を開けてまっすぐ進んだ後、左に行ったらあるから」
俺は渋々、事務所に上がってすぐ左にある扉を指さした。この家は一階が探偵事務所、二階が自宅になっている。その扉を開けると、俺の自宅ゾーンなのだ。
すると水落は事務所に上がり、すたすたと扉の前まで行くとチラッとこちらに振り向いた。
「探偵さん、これからもタメ口でよろしくでーす! じゃ、お借りします〜!」
「あ、ああ……」
そして彼女は俺の自宅ゾーンの中に消えて行った。どうやら俺は、いつの間にか依頼人に対してタメ口で話していたようだ。本来ならアウトだけど、相手があの子だからいいだろう。
だってあの子、明らかにヤバいもん。
俺は今まで数々のヤバい依頼者に出会って来たけど、その人たちは全員、お日様の下を歩けない怖〜い人たちだ。今まで、自分のこのおかしな体質を活かして裏社会の危険な依頼を華麗にこなしてきた。すると気づいた時には、依頼者の大半があっちの社会の人になっていた。なんでこうなっちゃったかなぁ……。
でも、
そんなことを思っていると、扉越しだがぼんやりと風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。
……え? 何これ、ちょっとおかしな気分になりそうなんだけど。妙に生々しいんだけど。気にすんな、俺。これはただの音だ。あくまでもただのシャワーの音だ。
精神を安定させる努力をしていると、ふと天才的なアイデアが閃いた。
――シャワーの音の動画を流せばいいんだ!
そうすることで、今聞こえているのが本物のシャワーの音なのか、動画のシャワーの音なのか区別がつかなくなる。これで全部解決だ! ……馬鹿じゃねぇの俺。
しかしヘッドホンをして実際にやってみると、意外と効果があった。もうただのシャワーの音にしか感じない。
何となしに床を見てみると、玄関を上がったところから自宅の扉までが濡れていた。水落が通った跡だ。俺は近くにあった雑巾を取り、拭き始める。
大した範囲でもないのですぐに拭き終わった。だがおそらく、扉の向こうの床も濡れているだろう。まだシャワーの音は聞こえて来ているからすぐに行けば大丈夫か。
俺は自宅に入り、案の定濡れていた床を拭き始める。床だけをじっと見つめ、ただ濡れている方へ、濡れている方へ、と進んで行く。まるで、飼い主に目的地へ誘導される猫のようだ。飼い主が目的地まで餌を配置して、何も知らない猫はただ餌のある方へと進んで行く。すると猫は自然と、目的地へとたどり着いてしまうのだ。
そう言う俺も、イケナイ目的地に着いてしまったようで。
「きゃっ! 探偵さん……、私に何するおつもりですか……?」
「へ?」
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