第3話 無理な依頼
廊下を進んで左へ曲がったところで、そんな声が聞こえてきた。顔を上げると、濡れた身体をタオル一枚でなんとか隠している
俺はまず、真っ先に浮かんだ疑問を問いかける。
「あれ、シャワーは?」
「……何、言ってるんですかー?」
殺意に満ちた笑顔を向けられた。そして気づく。……あ、ヘッドホンしてるじゃん。やっぱり馬鹿じゃねぇの俺。
「すいませんでしたー!」
ヘッドホンをぶっ壊すくらいの勢いで外した俺は、そう一言謝って即座に事務所に戻った。
もしかしたら猫は、「どんな場所にたどり着いても構わない」という立派な覚悟の上で、餌を追っているのかもしれない。……猫、尊敬。
***
事務所の真ん中には四角い木製テーブルと、一対のデカいソファーがある。
依頼人の話はここで聞くのだ。俺が片方のソファーに座ってぼーっとしていると、扉が開いて水落が帰ってきた。制服は完全に乾いている。ドライヤーでも使ったのだろうか。でも乾いてるからと言って、風呂上がりってなんかエロいな……。しかし、そんなことを考えてる場合じゃない。
俺が立ち上がってもう一度謝ろうとすると、水落が先に口を開いた。
「あー、謝らなくていいですよー? 床濡らしたの私ですしー」
「いや、でも……」
「それより早く依頼聞いてくださーい!」
そう言いながら、水落は俺の正面のソファーに勢いよく座ってきた。あえてさっきのことを避けている様子はなく、むしろ「そういうのめんどくさいし、それよりさっさと依頼させろよ」的な雰囲気が漂っている。
彼女が来るまでずっと、どう対応すればいいか熟慮に熟慮を重ねていたので心底ホッとした。
しかし、俺は彼女に先に言っておかなければならないことがある。
「俺が動けるのは明後日からだけどいいか?」
「なんでですかー?」
「先に依頼が入ってて……」
明日は別の依頼で近くの高校まで調査に行かなくてはならないのだ。
しかし水落は全く考えることをせずに言った。
「うん、大丈夫です!」
「……分かった。じゃあ
さぁ、びしょ濡れで事務所に入ってくるや否や風呂を貸してくれと言ってきたヤバい女子高生は、どんな依頼をしてくるのだろうか。
俺が唾を飲み込むと、彼女は上目遣いで話し始めた。
「あのーちょっと止めてもらいたい人がいまして〜」
「止めてもらいたい人?」
「はい〜。私の兄なんですけどー」
すごく楽しそうに話す水落。それにしても、兄を止めるってどういう意味だろうか。
「お兄さんは何をしようとしてるの?」
「えっと、招待状は来てますか!?」
水落は逆に俺に質問してきた。俺はその「招待状」とやらに思い当たるものは一つもない。
「招待状……、それは何の招待状?」
「同窓会ですよー同窓会。探偵さんの」
「俺の? いや、来てないと思うけど」
「そうですか……、かわいそぅに……」
俺を憐れむような目で見つめてくる水落。なんだかとても楽しそうだ。やっと俺という人間の面白さに気づいたか。違うね。
「その同窓会がどうかしたの?」
「はい。その同窓会の開催日である三日後の四月二十二日木曜日に〜、私の兄が集まった人全員を殺そうと考えているんです〜!」
「えぇ!?」
人差し指をピンと立てながら水落は言った。なぜそんな重大なことを楽しそうに言うのかは分からんが、三日後!? それじゃあ俺、明後日と犯行当日の二日間しか動けないよ!? どこが「うん、大丈夫です!」なんだよ! しかもお兄さん結構やばいこと企んでるだな。実際に行われたらかなりの大事件だぞ。
「それ、本当に二日で解決出来そうなの?」
「もちろんっ!」
水落はそう言って肩に掛かった髪を払った。なんで依頼者が自信げに言ってんだよ。
そしてここで、俺は本日二回目の嫌な予感がした。
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