あなたはきっと不幸でした

ハリネズミが死んだ。


4年前ぐらいに流行って、僕の我儘で誕生日に家に来たハリネズミが、死んだ。


僕は、あんまり大事にしなかった。最近元気がないのは知っていたけど、受験勉強が忙しくて、後回しにして、言い訳して、見ないふりをしていた。僕は"死"に直面したことがなかったから、勝手にまだ生きているものだと思っていた。


塾の帰りに電話があって、今まさに瀬戸際なのだということが伝わってきた。僕は電車の中で泣いた。何だか悲しくて、泣いた。じっと座ってるだけだといけない気がして、いつもと違う駅で降りて家まで走った。泣きながら走った。でも僕はきちんと赤信号で止まった。僕は自分のこういうところが嫌いだし、ハリネズミを大事にしなかったのはきっと僕が赤信号で止まる人間だったからだ。車なんて滅多に通らないことは分かっているのに、一秒でも早く帰らないといけないのに、僕は赤信号で止まった。僕はこうやっていつも言い訳をつくっていた。ハリネズミが死んだ時でさえそうなのだから、もう一生変わらないと思う。


僕が家に着いた頃には、案の定もうハリネズミは死んでいた。冷たくて硬くて、僕の知ってるハリネズミではなくなっていた。僕はまた泣いた。だけど、僕より家族の方が泣いていて、少し嫌な気分になった。でもそれよりも僕は自分のことが嫌いだ。


ハリネズミは、新品のハンカチで包んで近所の公園に埋めることになった。母親はちゃんとしたお葬式はお金がないからしてあげられないと言った。可哀想だけど、仕方ないと言った。僕もそう思った。一番最後すら大事にしてあげられなくてごめん、謝るけど、許さなくていいと思った。


ハリネズミが死んだ。僕は大事にしなかった。僕はその事実を生涯忘れることはないだろうし、そうでないなら生きてる価値なんてないと思った。今でもそう思う。僕が死んだ方がよかったとすら、その時は考えた。だけどそんなことはしようともしなかったから、僕はその程度の人間なのだ。


僕はハリネズミを大事にしなかったから、あんまり思い出もなかった。写真はいくつかあるけれど、どれも同じようなものばかりだった。なのに、ご立派に涙は流れたし、悲しい気持ちで胸が埋め尽くされた。大事にしたかった。できなかった。しなかった。全部僕のせいなのに、まるで被害者みたいに悲しい顔をしている。


僕はハリネズミが死ぬ時でさえハリネズミのことで頭がいっぱいにならなかった。間に合わなかったのは、僕じゃなくて信号のせいだと、そう言うために僕は赤信号で止まった。きっとチカチカでも止まったし、青信号でも左右を確認した。それは当然の行為だと、自慢げに言ってのけただろう。














ここ最近、僕はずっと歌を歌っている。多分、夢の中で。適当なメロディをつけて、音楽とはとても言えないような、泥臭くて汚い歌。そんな歌を、もうずっと歌っている。だってそうでもしないと、とてもじゃないけど気が狂いそうで、やっていけないんだ。


本当は歌なんかにせずずっと叫んでいたいんだけど、どうにもこの世は生きにくいもので、伝えたいことなんかは歌にのせないと届いてはくれないらしい。美しいものでないと、見たくも聞きたくもないらしい。もっとも、それは人間に限るわけで、僕にはあんまり関係ないんだけどね。


やっぱり僕は人間で、美しくありたいと心で、心から願っているんだろう。僕自身がそうでないと何の意味もなく、この歌に意味を持たせた以上、届いてくれないとやはり何の意味もないのである。


僕は、なぜ生きるのかと訊かれても答える術をまだ身につけていないし、なぜ死ぬのかと訊かれてもまた同じだ。ただ、「なぜ」と思うことすら「なぜ」と思ってしまう僕のような人間は、一生答えに辿り着くことはないだろうとは思うよ。こればっかりはどうしようもない。


生きることが正しくて、とても幸せなことで、絶対的にそうあるべきで、諦めたら駄目なこと。

死ぬことは悲しくて、いけないことで、不幸でしたって言われて、たとえ望んでも許されていないこと。


この世に生まれてしまったから、まるで生まれたての雛鳥みたいに刷り込まれている。僕の感情や行動の全ては結局これに則って、操られている。そう気付いたとて、何ら変わることはない。少し、諦めることが多くなって、それは大人になる、ということでもある。緩やかに、流れていくように。


その流れに身を任せたはずの馬鹿な僕は、今更歌を歌っている。今更救われようとしている。刷り込みから逃れようとするように、滅茶苦茶で、言葉と言えるかも怪しい文字の羅列を、反抗したいがために思ってもいないことをあたかも自分の魂の叫びかのように、歌っている。見苦しい。それはとても見苦しく醜い。そんな歌を、もうずっと歌っている。


美しくもないくせに、音楽もどきのくせに、もうずっと。この行為には、とっくに意味なんてなくなってしまったのだろうか。もともと、なかったのだろうか。

死へと流れていくこの時間の中で、追い越されて腹が立っただけなのだろうか。最初から、同じ時間になんて生きてなかったのだろうか。ただ、存在していただけ?そんなわけがないと言い切れないのも、僕は僕が嫌いな理由の一つだ。


あなたを想って悲しんだり、涙を流したりすることですら、単なる刷り込みでしかないのだろうか。

僕のこの涙は、到底美しいと言えるものではないけれど、一つ、僕からあなたへ、あなたの死に添える言葉があるとするなら、


「あなたはきっと、不幸でした。」



ハリネズミが死んだ。僕は大事にしなかった。僕が、大事にしなかった。

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友の気まぐれ 懐中灯カネ @niwakaame11

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