へんじん探し
炎天下、言うまでもなく真夏の、苦しいまでに青いあたしたちを照らす日。ソーダ味の安っぽいアイスキャンディーが溶けて手を伝い、空色の雫になって地面に落ちる。
__当たった?
__まさか。知らないの?当たりなんて
ほんとは、入ってないんだよ。
__うそー!あんたが当たったことない
だけでしょー?
__あはは、そうかもね
結局、リカコは当たりを引いたんだっけ。思い出そうとしても、リカコの影のある笑顔が邪魔をして、思い出せない。あたしたちはいつもくだらない話ばかりしてたから、あんまり思い出って呼べるものがなくて、でもそれってその時その時が思い出ってことで、とっても素敵なことだった。写真に残ってなくても、あたしたちならいつでも会えるし、これからもそうだから大丈夫って漠然と思ってたんだ。漠然と、いつかは当たりくじが出るって、そう思ってたんだ。
__それで、調子はどうなの?
__うーん…。よくはないかな。
__え!大丈夫なの?
__まぁ、大丈夫ではないよね。
カエデは短距離で全国レベルの陸上選手だった。テキパキしてて、先輩や先生と仲が良くて、少し抜けてる、誰が見ても可愛い女の子。
当時カエデは、全国大会の1週間前に足首を痛めて見るからに落ち込んでいた。あたしは"大丈夫じゃない"って言われても、大丈夫?しか語彙を持ち合わせてなくて何も返してあげられなかった。
あたしとカエデは小学校からの付き合いで、人気者のカエデと目立たないあたしが仲が良いのを不思議に思ってる人も多い。腐れ縁みたいなものなのかな。ちょっと鼻につくところがあってもカエデを嫌いになることはなかったし、カエデは目立つゆえに陰口を叩かれることが多く、それについて注意したこともある。好きな人の話もした。カエデは、学年一かっこよくて、足が速い、同じ陸上部の男の子と付き合っていた。カエデとその男の子は幼馴染で、距離感がいつも近くて、周りもそれが当然のように扱っていた。まぁ、あたしは、その男の子が好きだったんだけど、カエデにその話もしてたんだけど、あたしが入り込む隙なんかなかったみたい。
カエデが足首を痛めた原因は、その男の子とのラインを歩きながらしていて、前方不注意で階段から落ちたこと。
__カエデ、危ないよ。ちゃんと前見な
きゃ。
__うん。これだけ返したら終わるから
__カエデ、
__分かってるってば。
__あ、
それからなんだか、カエデの目が冷たい気がする。冷たい、と言うより温度のない、の方があってるかな。自分がスマホに夢中になっていたせいなのに、あたしはちゃんと注意したのに、カエデはあたしのことがちょっと嫌いになったみたい。顧問の先生に怪我の原因を話すと酷く叱られて、教育熱心な両親からも叱られて、あたしに怒りの矛先を向けるしか逃げ場がなかったんだと思う。
__ねぇきいて、私超能力が使えるん
だよ。すごいでしょ?
__ふーん…。
__あ、その声は信じてないな?嘘じゃ
ないんだからね。
__へーそう。じゃ、使ってみてよ。
__いいよ!
トウカは元気よく答え、ポケットから直角に曲がったスプーンを取り出してきた。銀のスプーンに、眩しい日光が反射していた。まるでトウカの笑顔そのものみたいだと、ぼんやり思ったのを覚えている。
__ほらね、これ私が曲げたんだよ。
__…ふふっ、あんたもともと曲がった
スプーン持ってきてどうすんの?
あたしの前で曲げなきゃ意味ないで
しょ。
__あ、笑った。
__え、なに?
__実はね、私の超能力っていうのは、
メイを笑わせることなのさ。
__…それ今思いついたでしょ。
__違うよ。あんた、最近不幸そうな顔
してるから。
トウカは、不幸なのは"あんただけじゃない"ではなく、不幸なのは"あんたのせいじゃない"と言った。あたしは、違うよ、不幸なのはあたしじゃなくてあたしの周りにいる人だよって言いたかったけど、それを言ったらトウカの眩しい笑顔がもう見れなくなる気がして、言わなかった。
リカコは中学2年生の夏休み明けから、学校に来なくなった。9月は若者の自殺者が増える時期らしく担任の先生はやけに慌てていて、空回りばかりしていた。誰かが悪ふざけにリカコの机に花を供えたときなんかはリカコの家までわざわざ謝りに行かせた。そんなの、言わなければリカコは知らないままだったのに。
__行きたくないわけじゃないんだよ。
朝起きるのが他の人よりも苦手な
の。誰も分かってくれないけどね。
__そうなんだ。
__うん。そういえばこの前、先生と一
緒に男子たちが謝りに来てね。びっ
くりしちゃった。
__あぁ、先生心配してたよ。
__…メイは?
__え?あたしももちろん、
__カエデとトウカは、毎日連絡くれる
よ。メイは先生に頼まれた時しか
来ないし連絡もしてくれないよね。
__リカコ、
__なんてね、冗談だよ。どう?
メンヘラっぽかった?
リカコは、口元だけに笑みを浮かべあたしを見つめていた。夏が過ぎたばかりだというのに、じんわりと手に汗が滲む。あたしも笑わなきゃいけないのに、表情筋がぴくりとも動かない。だって、リカコが言ったことは紛れもない事実だったから。リカコの笑ってない目が怖くて視線を泳がすと、おしゃれなゴミ箱にぽつんとアイスキャンディーの袋が入っているのを見つけた。あの時一緒に食べたのと同じだった。
__あは。そういえばさ、あのアイス、
当たった?
__…どう思う?
__えー、その反応は当たったんじゃな
いの?
__残念、結構食べてるけど全然当たら
ないの。あれね、調べてみたら10人
に1人は当たるらしいよ。
__へぇ。確率高いんだね。
__でしょ。私はいつも、だめだけど。
…こんなアイスひとつ、当たんない
んだよ。みんなは当たるのに。
__そんなの、運なんだから気にするこ
とないよ。
__そうかな?ねぇメイはさ、私に学校
来てほしいって、思ってる?
__そりゃ思ってるよ。リカコがいない
とつまんないよ。
__私があんたのこと、嫌いだって言っ
ても?
10人に1人。30人に3人。リカコは多分クラスのみんなであのアイスキャンディーを食べた時、あたしとカエデとトウカが当たると思ってる。自分だけ、運がないと思ってる。自分だけがいつもハズレを引くんだと、そう思ってる。だからいくらあたしたちがリカコを待ってても、もう学校に来ることはない。前はそうじゃなかったし、何がきっかけでそう思うようになったのかも分からない。リカコが本気で言ったのかも、何て答えればよかったのかも、あたしにはずっと分からない。
高校受験が終わり、あたしたち四人は全員バラバラの高校に進んだ。中学生最後の日にはみんなで集まってご飯を食べに行った。満月がとても綺麗な日で、まさに有終の美、みたいな感じ。高校に行っても会おうねって、みんなが言って、みんなが頷いた。本心だったと思う。だけど、きっと会わないってことは何となく分かっていた。だから余計に悲しくなって、多分みんな同じ気持ちで、いや、トウカだけは違ったかもしれないけど、みんな泣いていた。最後まで誰も、あたしたち変わったね、もう前みたいには戻れないんだね、なんて言わなかった。言えなかった。言ったら何か、変わったかもしれないけれど。言えなかった。
三人と別れた帰り道、街灯に照らされて自分の影がくっきりと現れた。やけに小さくて、猫背気味で、何だか情けなかった。影はすぐに闇と混じって、立体のあたしだけが残る。日々変わり続けるあたしだけが残り、家までの見知った道をゆっくりと歩いていく。
あたしがカエデに嫌われようと、リカコに嫌われようと、あたしたちはまだ四人ではいれるはずだと、四人でいることに意味があるはずだと、勝手に思ったのがいけなかったのか。分からない。答えなんて、ないのかもしれない。それでも、あたしはずっと探している。誰が最初に変わってしまったのか、あたしが逃げて見過ごした、きっと大事だった場面で何と返事をすればよかったのか、大人になった今でも、あたしは探している。あたしだけが、探している。
最後に集まった日の満月ほど綺麗なものはまだ、見れていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます