第32話 「やる」か「やられる」か

 そんな神の言に対してソラは、あくまで静かな口ぶりで言った。内容的には反論になるだろう。


「それではきりがありません……これではまるで、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」


 すると、神は「お前にもあきれた」とでも言いたそうな顔で、まくしたてた。


「なんじゃぁ、ボクまでそげん甘かことをゆとな?(標準語訳 なんだ、ボクまでそんな甘いことを言うのか?)……あのな、『やられたらやり返す』のが、戦術の鉄則じゃ! 歴史の教訓じゃ! やられても、ようやり返さんような国や集団は敵に滅ぼされてしまうだけじゃぞ!」


 それでも、あくまでソラは冷静だった。


「でも、それでは永遠に戦争は終わらない……」


「そいでん仕様あね」


と、神は鹿児島弁でにべもなく言った。


「は?」


 思わず聞き返すソラ。


「それでも仕方がない、と言ったんじゃ」


「神三佐、本当にそれは仕方のないことなんでしょうか?」


 神は「当然だ」というような顔をして答えた。


「仕方ないじゃろ~、相手が話し合いのテーブルに着く気がない以上、『やる』か、『やられる』かじゃ。現実は厳しいんじゃよ、少年。国際社会は、学校みたいに『人権』言うても、戦争いくさになったら実際に守ってはくれんのじゃ。だいたい、昔から戦争は無くならん。にもかかわらず、女子おんなこどもがこうやって国のやり方に口を出すこと自体、おいは気に食わん」


 さすがにそれには、今まで黙っていたユキが、


「ジェンダーは平等のはずですし、私たちは学校で主権者教育を受けていますよ」


と言った。


 いやはや、どうにも神の頭の中身は一〇〇年ほど前の人間とたいして変わらないらしい。


 しかし、神のような男が、高校生に反論されて面白いはずがない。だんだん頭に血が上ってきたようだ。


「だから~、学校と現実は違う言うたじゃろ! てか、なんで三人そろって、おいに絡んでくるんじゃ? テロリストは一人で、高校生二人は巻き添えくらった被害者じゃないのか? いつまでもわけわからんことグダグダ抜かすと、わいたちもあのテロリストと一緒にしょっ引くぞ!」


 工作員七号が冷たく言った。


「どうやら私たち、いくら話し合っても永遠に意見の一致をみることは無さそうですね」


 工作員七号は、とっさにユキの右腕をつかんで身体を引き寄せ、小型の銃らしきものを突きつけながら、


「来ないで! この子のいのちがどうなってもいいの?」


と、神に向かって叫ぶ。


 しかし、ユキの耳元では、


「大丈夫、あなたを撃つつもりはないから」


と、小声でささやいた。


 ユキは、とっさに無言でうなずく。


 しかし、人質を取る作戦は、神のような男に対しては逆効果だったようだ。


「はあ? 貴様、何のつもりだ? 人質を取ったつもりだろうが、そうはいかんぞ。なんなら二人ともまとめて撃ってもいいんだぞ! 目的のためには手段を選ばずじゃ。よ~し、動くなよ!」


 と言って、じりじりと二人との間合いを詰め、手にした銃の引き金を引こうとした。


 これには工作員七号も、さすがに想定外だったようだ。


 あわてて、


「やめて! 来ないで!」


と叫んだ。


 しかし、完全に優位に立ったと思ったのだろう。神はふざけた口ぶりで、


「や~だよ!」


 と笑みを浮かべて、工作員七号に向けて銃の引き金を引こうとしたまさにその時。


 ソラがおもむろに無言のままさっと右手を挙げてから振り下ろし、さらに神に向けた人差し指を、すでに照明が消えている一階へ続く階段の方向に向けた。


「おっ、わっ、いてててて!」


 突然、神の悲鳴が店内に響き渡る。神の銃を持った右手があらぬ方向へ曲がっていた。


「あ、脚が勝手に!」


 神の首と両腕がそれぞれあらぬ方向へ曲がり、脚は脚で全速力で出口に向かって走り出した。実に珍妙な格好だ。この姿勢を見た人は、十中八九、おかしくて吹き出すことだろう。


 神は、


「くそっ、なんだこれは? くそっ! くそっ! おぼえてろぉぉぉぉぉぉ!」


と捨て台詞を叫んで、神は店の二階から一階へ一気に駆け下り、さらに、


「貴様ら、覚えてろぉおおおおおおおお!」


という捨て台詞を残して、店の出口から、ようやく弱まってきたがまだ雨の降る外の暗闇へと消えていった。


「自らの任務に忠実な神三佐には悪いけど、一時間くらい、ここから遠く離れた郊外の田んぼの真ん中までマラソンをしてもらったうえで、今の記憶は無くしてもらおう。残念だけど、明日、田んぼの中で目覚めた神三佐こそ、今日のことは覚えてないよ」


と、ソラは静かに言う。


 えっ、えっ、えっ?


 この場面を目の当たりにしたユキは、驚きで目を丸くした。


 ソラはいったい神に対して、どんな手品、魔術、テクノロジーを使ったのだろうか?


 やっぱりソラが言うように、ソラは地球人じゃないのか?


 店内に静寂が広がった。


 工作員七号は無言でユキをすぐに解放した。というか、もともと神に対するお芝居だったのだが。


そして、ソラは今度は工作員七号に向かって静かにこう言った。


「地球先住民デルモの工作員七号、さっき日本国防軍の神三佐も言っていただろう? ホモ・サピエンスは、別に君たちの海底都市を破壊したいわけではないんだ」


「あなたのような高い知性を持つ宇宙人なら、デルモとホモ・サピエンスの戦いも虫けら同士が戦っているようにしか見えないのでしょうね……それは本当なんでしょうね?」


「僕も誇り高きアミターゼ人だ……嘘は言わない。ただ、君たちの海底都市が被害を受けないように、僕たちが善処することを約束するよ」


「いいでしょう、あなたの言うことなら信用しましょう。ただ、これだけは言っておきます。私たちデルモは、宇宙のいかなる種族からの侵略目標にもさせません」


 そう言うなり、工作員七号の姿は空間で一瞬大きく揺らいだと思うと、二人の目の前で徐々に薄くなり消えていった。


 その間、一〇秒足らず。


 「えっ、えっ?」


 ユキは自分の見たことが信じられず、さっきまで工作員七号のいた空間に歩み寄ったが、すでに彼女の痕跡こんせきは何も残っていなかった。


 どういうテクノロジーを使ったのかはわからない。


 恐るべきはデルモの科学力。


 しかしユキは、空間に消えていく工作員七号が、ユキたちに向かってかすかに笑みを浮かべていたように見えた。


 工作員七号や神とのやりとりはたいして長い時間ではなかったが、それでもユキにとって、彼女の頭のキャパシティをはるかに超えるものだったようだ。少々目を泳がせながら独り言をつぶやくように、


「デルモが地球の先住民なら……もし、ホモ・サピエンスが地球の侵略者だとしたら……」


と、つぶやいた。


 そんなユキをソラがいたわるように、


「ユキちゃん……そんなの気にしなくていいんだよ。さっきの店員さん、いや、工作員七号の発言も全部が本当かどうかもわからないじゃないか……あの戦いには複雑な事情があってね、デルモにはデルモの正義、ホモ・サピエンスにはホモ・サピエンスの正義があったんだよ」


と言った。


 すると、我に返ったようにユキが、


「ところで、ソラ君、あなたはいったい……?」


と言おうとしたところで、今度はいきなりけたたましい音楽が鳴り出した。


 ワグナーの♪『ワルキューレの騎行』だ。


 この曲は一九世紀ドイツの作曲家、ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指環』第二部「ワルキューレ」第三幕の前奏曲である。「ワルキューレ」とは、北欧神話で戦場で生き残る者と死ぬ者を定める女神のことである。


 一九七九年公開のアメリカ映画『地獄の黙示録』では、ヘリコプター師団によるベトコン村の虐殺シーンでこの曲が使用されている。


 おどろおどろしい旋律に、ユキの頭はまたすっかり混乱してしまった。



※ 本文中のソラのセリフは、ウルトラセブン第二六話「超兵器R一号」所収。そもそも本作品は、それと第四二話「ノンマルトの使者」へのオマージュなのです。

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