第31話 神登場

「そこまでだぁ!」


 いきなり、中年男風の野太い大声が、ユキたち以外に誰もいないはずの店内に響いた。


「私は、神だ」


 この時、外でピカッと稲光いなびかりがし、直後に大きな音で雷が鳴った。


 ユキは思わず耳を覆った。


 その光と音を合図にするようにして、物陰から一人の男がゆっくりと現れた。


 ユキたちとの距離は数メートル。ゆっくりとこちらの方へ歩いてくる。


 手には黒光りしている銃を持ち、銃口を工作員七号の方へ向けている。


 まさか?


 これが神?


 ソラと工作員七号は一瞬、「ぎょっ」とした表情で、目を合わせて凍りついた。


 ユキはユキで、


「え~っ! 海底人の次はついに神様が登場~?! もしかしてラスボス?! もう、駄目、展開が急すぎて完全に話についていけな~いっ!」


と、頭を抱えて大声で叫ぶ。


 ところが、その「神」と名乗った男は、ユキの反応に少々慌てたのか、ユキたちから三メートルほど離れた通路上で立ち止まって言った。


「あ、い、いや、違う、おいは神様じゃありまっしぇん、ていうか、かみはおいの苗字じゃ、苗字」


 神はあわてると鹿児島弁になるようだ。


 えっ?


 ソラと工作員七号は「なぁんだ」と安心した顔をする。


 すると、この神は銃口を工作員七号へ向けたまま、いきなり早口で話し始めた。


「ちなみに日本には神と書いて『かみ』とか『じん』と読ませる苗字の人が一万人以上いるんだぞ。一番多いのは青森県だそうだがな、おいはかごんま出身じゃ。実家は出水ん造り酒屋や(標準語訳 私は鹿児島出身だ。実家は出水の造り酒屋だ)。飲み会の時などは一発芸で『おいは神じゃ~』てやると、それだけで結構受けるんだぞ。賽銭さいせんもらえるくらいじゃぞ。全然嘘ついてないんだがな~、がははははは、は、は」


 この神と名乗る中年男、大声でよく喋り、一人で高笑い。トレードマークはちょび髭か? ちょっと見ると、世界史の教科書か資料集で見た二〇世紀のドイツの独裁者っぽい。


 その様子にソラと工作員七号はあきれたような顔をする。まるで、「面倒くさいことになったな」と顔に書いてあるようだ。


 ユキはユキで、


「なんだ、人間か~。よかったぁ~」


と、「うん、うん」と大げさにうなずくようにして安心している。


 すると、この神はさらにユキに向かって、


「お嬢どん、おいが来たでにはもう安心じゃ!」


見得みえを切るように言った。


「お、お嬢どん?」


「お嬢さん、という意味じゃ」


「え~っ、お嬢さんだなんて、今まで言われたことないよ。えへ、へ、へ、へ」


 一人で照れているユキを無視するように、この男は、


「まったく、三年前、おいは自ら水陸機動連隊の一箇中隊を率いて、敵に不法占拠された沖縄県尖閣諸島に逆上陸する作戦を立てた。上が愚図ぐずやから却下されたがな。成功していたら、おいは国民の英雄じゃ。そしたら『さすが神さん、神がかり~』とか、言われたかな? がははははは」


と、一方的にまくしたてる。


 どうやらこの男、かなり自己顕示欲が強そうなタイプに見受けられる。


 さすがのユキも我に返って、


「何、このおっさん、うっざ~」


と漏らす。


 ユキの「うっざ~」という声が聞こえたのか、神は少し口元をへの字に曲げ、ムッとした表情をした。


 あっ、そういえば、思いだした。


 このおっさん、最近、この店の二階で時々見かけた顔だ。


 もしかして店内を探ってたの?


 何を? 何のために?


 ユキにはまるで想像もつかない。


 ソラはソラで、胡散臭うさんくさい者を見るような目つきで、


「それで、その神さんが何のご用ですか?」


と静かに訊いた。


 すると、神はソラではなく店員、いや工作員七号をにらみつけて、


「自分は国防省情報本部の神三佐だ。この女テロリストめ。内偵を続けたかいあって、とうとう尻尾しっぽをつかんだぞ。わが国の新型兵器実験を中止させようとは、貴様、どこの国のエージェントだ? 三年前、尖閣を不法占拠したあの国か? それとも、性懲しょうこりも無く日本海へミサイルを飛ばし続けているあの国か?」


と、少々ドスを利かせた低い声でこれまた一方的にまくしたてた。


「だいたいな、最近、このあたりはリニア新幹線が開通したせいで人の出入りも激しくなった。なにしろ三大都市圏への便が良いからな。そのせいで、不逞ふていやからのような奴も増えたんじゃ。どこの国の、誰ともようわからんような奴らが、わが国の機密情報を狙っている! また、重要な情報を売り渡す非国民もおる! そんなことがおめおめ許せるか?! 折からの新型兵器実験を妨害しようという動きを察知した情報本部の命を受け、自分は何ヶ月も前から、ここ亀島で潜入調査をしていたのよ。そしたら、案の定、おまえが網に引っかかったわ! さあ、今から一緒に来い。絶対に吐かせてやるからな。拷問でも、自白剤でも、何でもござれだ!」


 国防省情報本部とか内偵とか言ってる。もしかして、このおっさん、軍人? スパイ? いや、その両方か?


 いや、スパイが自分から「私はスパイだ」とか、名前とか階級をわざわざ名乗るものだろうか? まあ、何か目立ちたがりのような雰囲気だけど。


 スパイというのは、ユキにとっては大昔の映画である〇〇七シリーズの主役、ジェームズ・ボンドを連想させるものだが、目の前の男はあんなにダンディではない。まあ、ちょび髭を生やしたりしてダンディを気取っているようだが、見た目はその辺の普通の工員風のおっさんである。まあ、「不逞の輩」だの「非国民」だの、もう百年ほど昔の大戦中のような言葉遣いをするのが異様なくらいだ。


 ユキは目の前の神を見て、あれこれ思ったが、話の急展開に考えがうまくまとまらず、言葉も出せない。


 一方、工作員七号も、完全に不意を突かれたのか咄嗟とっさに、


「違う、私は……」


と言うのが精一杯だった。


 神はそんな工作員七号に対して居丈高いたけだかに言った。まるで職場によくいる、若い社員にはきつく当たるパワハラ親父のような口調である。明らかに工作員七号を、若い女性だという理由で舐めてかかっているのであろう。二一世紀になっても、こういう二〇世紀の遺物のような存在もいるのである。


「何が違うのだ?! おとなしく自分と一緒に来てもらおう!」


 それに対して工作員七号は、ようやく言いたいことを言った。


「私は地上のどの国の手先でもない……たっ、ただ、みっ、南鳥島沖での実験はやめてほしいだけ」


と、多少たどたどしい口調で答えた。


 しかし、この答はかえって神を刺激したらしい。


 神は目をいて、


「ああん、なんじゃと~? では、新手の反戦団体か? それとも過激な環境保護団体か? どっちにしても情報本部の監視対象だな」


と吐き捨てるように言った。


 どうも「反戦」とか「環境保護」という言葉は、学校の中ではプラス評価を受けるような言葉だが一般社会ではそうでもない、ということはユキのような高校生でも世の中の大人たちの言動を見て普段から薄々感じていることだ。世の中はそんなリベラルな人間ばかりではないのだ。


 その証拠に、神は明らかにそれらを敵視している。


 対して、工作員七号も神に問いかける。


「どうして、わざわざ南鳥島沖で新型兵器の実験をするの?」


 神は、「やれやれ、何を今さら」といったふうで答える。


「決まってるじゃないか、国を守るためだ」


 「南鳥島沖」にこだわっている工作員七号に対し、「実験の理由」にこだわっている神。いまいち話が通じない。ごうを煮やした工作員七号が再び尋ねた。


「だからぁ、どうして沖で?」


「しつこいな。わが国の領域の南の端で、本土からも遠く離れた無人島だからじゃないか? 実験区域の選定は、統幕が半年かけて慎重にしたはずだぞ」


 神は、このことにはさして興味が無いような口調で答えた。


 次にソラが尋ねた。


「神三佐、じゃあ、相手が、新型兵器よりも強い兵器を開発したらどうするおつもりですか?」


 それには神は軍人らしく断固とした口調で答えた。


「もっと強力な、新型『決戦』兵器を開発すればよい!」

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