第30話 火星と地球の秘められた歴史

 今から約四六億年前に形成された太陽系。


 その第四惑星火星。


 火星の地質年代はノアキス代、ヘスペリア代、アマゾニア代の三期に分類されている。


 約四〇億年前に後期重爆撃期が終わった頃、ノアキス代の火星は、地球と同じように温暖で表面は海に覆われていた。


 当時の火星は、地球と同程度の気圧を保ち、厚い大気に覆われていたと考えられている。そして、地表はけっして赤くはなく黒かった。また、水は豊富に存在し、大河や海があり、生物が生息できるような環境だった。南半球には大きな湖や川があり、北半球の低地には海があったと推測されている。


 次のヘスペリア代は、約三七億年前から三〇億年前まで続いた時代である。


 この時代の火星は、雪ではなく雨が降るほどには温暖だったものの、氷河が成長できるほどには水蒸気量が多くない「温暖だが半乾燥」で、現在の地球でいう「ステップ気候」のような気候だったと考えられている。


 ところが、約三〇億年前から現在まで続くアマゾニア代になると、大気は火星の磁場消失に伴う大規模な大気流出のため、〇・〇〇六気圧まで低下した。この時代に、火星は大気のほとんどを失ったとされている。


 そのため、火星は地球のように温暖な気候を維持できなくなった。ただしこの時期も、何度か温暖化現象は起き、一時的に温暖な環境になる時もあった。しかし、火星は地球より小さく、引力も地球の四割ほどしかなかったため、現在では地表の海や湖はすっかり干上がり、砂漠化した赤い惑星となったのである。


「ソラ君、それはある程度は私も知ってるよ。私、これでも天文同好会だもん」


と、ユキは言った。


「そうだね。でも──」


「でも?」


 ソラは言った。


「この時代区分は現在の地球人の通説なんだけど、実際はちょっと、というか大きく異なるところがあるんだ」


 ユキは驚いた。


「え~っ、どこが?」


 後で考えれば不思議だったが、ユキはソラの言うことはわりと素直に信じてしまう。この時も、通説と違うことを言いだしたソラの言に耳を傾けた。


「地質年代的にはわりと最近まで、火星地表には結構、水が残っている地域があったんだよ。もちろん、気圧や磁場もある程度は維持されていた」


「そこには、生命はいたの?」


 火星に生命はいたのか?


「うん──それでね、もう四〇年ほど前、一九九六年のことなんだけど、当時のアメリカのクリントン大統領が『火星からの隕石に生物の化石と思われるものが含まれていた』と発表したことは知らない?」


 ユキはどこかで読んだ記憶があった。


「う~ん、そういえば、どこかで読んだことがあったかなぁ?」


「どうも地球の生命の起源は火星らしいんだよ。火星から飛来した隕石に付着していたナノバクテリアが地球生命の起源になったんだ」


「パンスペルニア説ね。それ自体は生命の起源として有力な説だし、別に驚かないわよ」


「ユキちゃん、だからさ──」


と、ソラが言いかけた時に、工作員七号が、


「火星と地球の生命の起源は同じ、兄弟だっていうことよ」


と言った。


そう改めて言われると、ユキは声が出なかった。


「そうなんだよ」


と、ソラは静かにうなずくと話の続きを始めた。


 今から数十年前の米ソ冷戦時代、アメリカは超能力を軍事作戦に使用する計画を立てていた。名づけて「スターゲート・プロジェクト」。


 その中で、遠隔透視能力(リモート・ビューイング)を使用するという研究が行われ、その一環として実施された実験が、


「超能力者によって、古代の火星を透視する」


というものだったのである。


 その時、超能力者が透視したとされる古代の火星の姿は、


「これは……ピラミッドのようなものが見える。とても高くて、とても大きい」


「厚い雲……砂嵐……大きな地質の変動……人の影が見える。背が高くて痩せている……影しか見えない。彼らはもう存在しない」


と、いうものだったとされている。


 超能力者は試験官の指示に従って、もう少し時間を遡って透視を続けた。すると、


「シェルターの中で人工冬眠をしている人……シルクに似た衣服を羽織っている……古代の人のようだ。死にかけている……生き残る方法を模索しているが、それが見つからないからだ……戻っているはずの仲間を待っている……」


という結果が得られたという記録が残っている。


 太古の昔、何らかの地質学的な変動により絶滅に瀕した火星人は、地球への移住を試みた。この火星人がホモ・サピエンスの祖先であるという。


 地球は火星と違って水が豊富にあり、気圧が高いので普通に呼吸ができ、磁場によって放射線からも守られていたからだ。


 ところが地球には先住民として、ホモ・エレクトスやネアンデルタール人がいた。


 その中で最も文明の水準が高かったのが、デルモと称する人々だった。


 住んでいる星が違うとは言え、起源は同じだからか、デルモとホモ・サピエンスは外見もよく似ていた。科学水準も同じくらいだった。


「あれ、ソラ君、以前、ホモ・サピエンスは気候の影響で一万年前まで文明は持てなかったって言ってたよね。それに二五万年前って、ホモ・サピエンスが進化して生まれた直後くらいだよ」


「氷河期にも寒い時期と比較的暖かい時期があってね」


と、ソラはまた説明を始めた。


「ミンデル氷期とリス氷期の間の温暖な時期のことは、ミンデル‐リス間氷期と呼ばれている。第四紀の間氷期のなかでは,時間的に長い期間を示すので、大間氷期とも呼ばれているんだけど、その間にホモ・エレクトスの祖先から枝分かれして進化したと考えられているデルモは、今のホモ・サピエンスの水準に匹敵するような文明を築いていたんだ」


 当初は平和裡に地球に移住し、デルモと共存しようとした火星の住人──ホモ・サピエンスだったが、移住の条件が折り合わず、デルモとの交渉は決裂、ついに戦争に突入した。


 戦争は短期間にエスカレートして核兵器まで使用され、このままでは地球も火星のように滅亡する──と思われたところで、とうとう天の川銀河の知的生命体連合がこの戦争に介入し、両者の間で停戦協定が締結されたというのだ。


 この核戦争の「核の冬」の結果、地球は最終氷期に突入し、地表のデルモの文明のすべての痕跡は氷の下に埋もれた。デルモは赤道近くの海中に海底都市を建設して移住し、一方、ホモ・サピエンスは彼らの持ってきた文明を失い、氷河期でもまだ比較的温暖だったアフリカで原始の生活からやり直すこととなったのである。


「信じられない……」


 ユキは言葉が続かない。


 これではまるで『モー』の総力特集記事みたいだ。


 折から外では雷が鳴り、スコールのような強い雨が降り出した。最近は雨の降り方も激しくて、年に何回かは集中豪雨のため全国各地で大きな被害が出ている。


 雷が鳴るたびに、ユキは思わず目を閉じた。結構、大きな雷鳴。近い、ということだろうか? 大きな雨粒がこの店の大きな窓ガラスを叩く。


 しかし、ソラも工作員七号も雷なんかに動じてはいない。お互いに睨み合って立っている。


 デルモの工作員七号は言った。


「信じる、信じないはあなたの自由よ。でも、これが本当の地球の歴史」


 七号は二人に向かってさらに静かに言葉を続けた。


「私たちは日本政府に対し、極秘に南鳥島沖での新型兵器の実験を中止するように何度も申し入れた。でも、子供の悪戯とでも思われているのか、ロクに返事ももらえない……私たちは愛する海底都市を守るために、あらゆる手段を使って日本国防軍の新型兵器実験を中止させなければならない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る