第18話 宇宙人の不在証明

「でもさ~、宇宙人か、いるといいなぁ。だって、宇宙には数え切れないほどの星があるんだよ。いてもおかしくないでしょ」


と言うユキに対し、ソラはあくまで慎重な意見だ。


「いや、いるとしたら、もう地球に来ていてもおかしくないと思うよ」


「それって、フェルミのパラドックスじゃない」


 ──フェルミのパラドックス

 二〇世紀の物理学者エンリコ・フェルミは、「地球のような惑星が恒星系の中で典型的に形成されるならば、宇宙人は宇宙に広く存在しており、そのうちの数種は地球に到達していてもおかしくない」と考えた。にもかかわらず、現在に至るまで宇宙人の存在は確認できていない。それは一体どうしてか? 宇宙人はいるのか、いないのか?


 これについては以下のように様々な意見がある。


 1 宇宙人は存在し、すでに地球に到達しているが発見されていない。

あるいは、各国政府により公表が差し控えられている。


 2 宇宙人は全て潜伏、または地球の生命に擬態して正体を隠している。

あるいは、地球人が「宇宙人」として認識できない形態の生命である。


 3 宇宙人は存在し、過去に地球に到達していたが、最近はいない。

いわゆる古代宇宙飛行士説。我々人類はその子孫ともいう。


 4 宇宙人は存在するが、なんらかの意図のために、地球に到達していない。

いわゆる「動物園仮説」。宇宙に大規模に進出し得ないような低い文明レベルの惑星には介入しないといったような星系間の条約が存在する可能性が指摘されている。


 5 宇宙人と接触を試みる、もしくは宇宙に向けて自らの存在を発信することは、文明の破滅に繋がるためしない。いわゆる「黒暗森林理論」。

 宇宙の文明は、文化的な違いと非常に遠い距離に隔てられているために、相手が善意の文明だろうが悪意の文明だろうが、お互いに理解することも信頼することもできない。

 そもそも、高度な文明がわざわざ自らの星系外に進出する目的は、移民か資源採集以外に考えられず、異星人同士が接触した場合に起きることは、侵略に他ならない。そのため、宇宙人が「まだ地球に到達していない」ことは地球人にとっては、むしろ幸運である。スティーヴン・ホーキングは、このような観点から、地球人が宇宙に対して自らの存在を積極的に発信するアクティブSETIに反対していた。


 6 宇宙人は存在するが、恒星間空間に進出し地球にたどり着くまで進化していない。

 生命が発生し、知的生命として発展し、恒星間航行が可能になるまでの確率は非常に低い。

 ほとんどの宇宙人は、ある程度文明が発達すると、核戦争、環境破壊、人工知能の暴走、科学実験の失敗に起因する破局災害などを引き起こし、短期間に滅亡してしまうため、恒星間航行に乗り出す時間を持ち得ない。


 7 この宇宙には地球以外に生命体が存在しない。すなわち「存在しないものは来ない」。

 地球以外に生命が発生する確率はゼロではないが、今のところ地球の生命が全宇宙で最初に発生した生命で、二番目はまだ登場していない。あるいは二番目以降が存在していても、現在の地球の文明・生命進化のレベルよりも低い水準に留まっている(いわゆるレアアース仮説)。


「ユキちゃんのように、宇宙人がいると思いたい気持ちもわからないでもないけどさ、最新の研究によると、宇宙には他の文明が存在する可能性はあるけど、たとえ文明が存在しているとしても、その数はそんなに多くないと考えられているんだよ」


 と言って、ソラは息を継いだ。


「天文同好会に入ってるユキちゃんのことだから、一九六〇年代に天文学者のフランク・ドレイクが考案した『ドレイク方程式』はきっと知ってるよね?」


「もちろん」


と、ユキは胸を張った。


「N=Ns × fp × ne × fl × fi × fc × Lでしょ。ちなみにNは、銀河系にある地球外文明の数。Nsは、銀河系に毎年出来る恒星の数。fpは、その恒星に惑星系がある確率。neは、その惑星系で生命が存在可能な惑星数。flは、その惑星に生命が発生する確率。fiは、その生命が知的生物に進化する確率。fcは、その知的生物が星間通信出来るような文明まで発展できる確率。Lは、その文明を維持継続できる時間」


 ユキはすらすらと淀みなく答えた。この辺り、天文少女としての面目躍如たるものがある。「こういうの」はユキはたいして苦もなく覚えることができる。


 しかし、このドレイクの方程式は、各パラメータの取り方により値が大きく変わってしまう。それでもNsからneまでのパラメータは、最近ずいぶん正確な数値が観測されつつあるが、flからLまでのパラメータは不確実性が大きく、正確なNが出されていない。特に文明を維持継続できる時間であるLは難しく、Nは一から一〇〇万まで様々な値が提出されている有様だ。


 ──二〇二一年、イギリス、ノッティンガム大学の研究チームは、通信技術を得るに至った人類が登場するまで地球の誕生からおよそ五〇億年かかったことを念頭に、誕生から五〇億年以上経った恒星の割合、適度な惑星がハビタブルゾーンに存在している恒星の割合、他の知的生命体との通信を可能とする技術を獲得した文明(以下「高度な文明」)が存続する期間などの複数の条件をもとに、天の川銀河に存在する高度な文明の数を求めた。


 その結果、最も厳しい条件における「高度な文明の数」は天の川銀河全体で三六以上、「最寄りの高度な文明までの距離」は約一万七〇〇〇光年以下と試算されている。厳しい条件とはいえ、これだけの数の高度な文明が天の川銀河のどこかに存在する可能性が示されるものの、互いの距離が離れすぎているために、信号を受信するのは現時点ではほぼ不可能だろうと考えられている。


 ──では、原始的な生命が人類のような知的生命体に進化できる可能性はどれくらいあるのだろうか。二〇二〇年、東京都市大学の津村耕司氏は、海洋生物の化石から得られた情報を分析した結果、約四〇億年前に誕生した地球の生命が絶滅することなく今日まで生き残ることができた確率は「約一五パーセント」と推定されるとした研究成果を発表した。


 津村氏は過去五億四〇〇〇万年間の海洋生物に関する化石のデータベースをもとに、大量絶滅の規模と頻度を解析した。その結果、五億四〇〇〇万年前から現在までの間に地球の生命が絶滅せずに生き残れた確率は約七六パーセントであることが判明したとする。ただ、地球の生命は約四〇億年前に誕生したと考えられているものの、五億四〇〇〇万年前よりも古い時代の情報は不十分なため、生命の誕生から分析対象の時代までは約三五億年もの開きがある。


 そこで津村氏は、直近の五億四〇〇〇万年分の情報から得られた大量絶滅の頻度が四〇億年前からずっと一定だったと仮定した上で、地球に生命が誕生してから現在までの間に絶滅することなく生き残れた確率を推定した。その結果、約一五パーセントという結果が得られたとしている。言い換えれば、地球の生命は約八五パーセントという決して低くない確率で、今日まで存続できなかった可能性があることになる。


 ユキはそれでも面白がって言う。


「もし仮に宇宙人がいたとしたら、どんな姿をしているかしら?」


「地球とよく似た環境の星で進化した生物なら、地球人に近いかも知れないよ」


「じゃあ、地球と全然異なる環境で進化したら?」


「それなら、地球人と全く異なる形態をしているとも考えられるよね。それどころか、僕たちの知る『生命』の定義に当てはまらないような存在である可能性もあるんじゃない? それに、思ったようにちゃんとコミュニケーション出来るとも限らない。そもそも文明のレベルが違い過ぎたら、まともな会話も成り立たない。相手が人類にとって、恐ろしい病原体を持っていたり、激しい敵対心を持っていたら、どうなるか想像できるよね」


「なんか、ソラ君、ネガティブなこと言い過ぎなんじゃない?」


と、ユキはちょっと口をとがらせた。


 それでも、ソラは言う。


「いや。地球上の人間同士だって、異なる文明の接触は大きなリスクを伴うものだったんだよ。大航海時代、アメリカ大陸のアステカ文明やインカ文明だって、スペイン人に滅ぼされちゃったじゃないか。原因は、戦争もだけど、ヨーロッパから渡ってきた感染症の影響も大きかったんだって。まして、宇宙人とむやみに接触なんかしたら……」


「そう考えたら、何か怖くなってきた……」


「ただ、銀河系内の高度な文明間の距離は、十数年前のノッティンガム大学の研究では、平均して一万七〇〇〇光年ということになるそうだよ。それだけ離れていたら、まず、接触は無理じゃないかなぁ」


「そうかぁ。じゃあ、少なくとも私たちが一生のうちで宇宙人に会うことは、まず無いだろうね」


「バクテリア程度の生命体なら、太陽系の他の惑星や衛星にもいるかもしれないけど、高度な文明を持つ生命体は、宇宙中を捜したって、そうそういないと思うよ」


 ──人間のような知的生命体が地球外にも存在していると考える人は多く、中には宇宙人と遭遇した際の対処方法を真剣に検討する人もいる。ところが、地球上に生命が誕生して知的生命体に進化する可能性について分析したオックスフォード大学の研究チームは、「知的生命体の誕生は非常にまれな出来事である」と主張している。


 ソラは、


「観測可能な宇宙の中に存在する知的生命体は人類しかいない割合が高いそうだよ」


と言った。


「そう考えたら、今、私たちが地球にいることが奇跡なのかな」


「かもね。でも、ユキちゃん、世の中のことは奇跡じゃなくて、科学と論理で解決できるはずだよ」

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