第12話 NASAは何かを隠している?
話を元に戻すように、ソラは言った。
「だいたいね、『NASAは何かを隠している』っていう陰謀論は、半世紀以上昔からあるんだよ」
「あっ、それ知ってるよ。聞いたことある」
ユキはちょっと得意げに言った。
「へへ、宇宙絡みの話は私のテリトリーなんだ」
と、なんだか自信ありげに、目をくりくりさせる。まあ、火星の人面岩の話も知っていたようだし、
「へ~え。たとえば?」
と、ソラはわざと訊いてみる。
「昔、アポロ計画陰謀論って、あったそうだよ。『人類の月面着陸計画は陰謀だ』って言うの。私、昔の『モー』で読んだことがあるわ。陰謀論にも『人類はそもそも月に行っていないのに、行ったことにされている』っていう主張と、『月に行ったら宇宙人と遭遇したのに隠している』っていう主張と、二通りあるんだっけ?」
「そういう話はよく覚えているんだね」
と、ソラは腕を組んで感心したように言う。
「そういう話限定で悪かったわね……」
と、ユキはちょっと怒ったふりをする。
そういえば、ユキが幼稚園くらいの頃、他愛のない子ども向けアニメのキャラクターの名前を何人か暗唱していた時に父親が、
「そんなもの覚えるくらいなら、化学の元素記号でも覚えたらいいのに……」
と言っていたとか。その話だけは母親から何度も聞かされていた。
そしてユキは今でも母親から、
「つまらないことは覚えているくせに、肝心なことはすぐ忘れる」
とよく叱られる。
実につまらない話を思いだしてしまった。
そこでユキは、「そういう話」をよく覚えている証拠に、
「じゃあ、ソラ君。教えてちょうだい。月面は真空であるはずなのに、アポロの宇宙飛行士たちが撮影した写真や映像では、星条旗が風にはためいているように見えるのはなぜ?」
と、ソラに意地悪っぽく訊いてみた。
「え~と、実は地球上のスタジオで撮影されたから……って考えるのが陰謀論でしょ」
と言って、ソラは面白そうに笑った。
「真面目に答えると……星条旗を地表へねじ込むときにポールを動かすから、真空中でもその反動でしばらくの間、旗は動くんだよ。真空中では空気の抵抗が存在しないから、地球上よりも旗が動きやすいし、一度動き出した旗はなかなか止まらないはずだよ」
「ソラ君、それ、すぐに説明できるなんてすごい!」
と、ユキはまたまたソラにビックリさせられた。
ソラと話していてビックリさせられることは多い。ユキが投げる球は、どんな悪球でも打ち返してくる感じだ。そういえば、昔、父親が持っていた野球マンガに、そんなキャラクターがいたなぁ、とユキは思った。
「僕はね、理屈に合わない話は嫌いなんだ。だから、そういう話は理屈で否定したくなるんだよ」
と言って、ソラはまた笑った。
「じゃあ、月面での影の方向が、写真の中でバラバラになっていたり、長さが違うのはなぜなの?」
「スタジオ内に光源が複数あるから……じゃなくて、平面的な写真では、遠近法により影が平行であってもそう見えない時があるし、地表の傾きに差があった場合は、影の長さが変わっても不自然じゃないよね。それに、そもそも光源が複数ある場合なら、影は方向がばらつくのではなく、一つの物体に対して複数できてしまうはずだけど、複数の影が映った写真は存在しないんだよ」
ユキもちょっとムキになってきた。
「う~ん、じゃあ、宇宙飛行士の背中の箱に、飛行士を吊り下げるワイヤーらしきものが見えるというのは?」
「あれはただのフィルムの傷か飛行士のアンテナだよ。飛行士を吊り下げるワイヤーにしては重心から外れているし……って、無駄だよ。ユキちゃん。この手の疑問には、もう、ちゃんと答が出ているよ」
「じゃあ、アポロ計画の後、アメリカが地球圏の外へ人間を長い間送っていなかったのはなぜ?」
「それこそ陰謀論だよ。その質問をする人は、『月面にはすでに異星人の基地が建設されていて……』とか答えさせたいんでしょ?」
と、ソラはまた笑った。
「一九六〇年代は冷戦下だったから、ソ連への対抗という目的のためには、目に見える成果を示さなければならなかったんだよ。アポロ計画が途中で打ち切られたのは、予算の問題が大きかったのと、月面探査の結果から費用の割には成果が少なかったからさ。そこからアメリカは、宇宙開発の軸足を長期的な技術開発に移したんだ」
「じゃあ、やっぱりアポロ一一号は月へ行ったのね?」
と、ユキは念押しをするように言った。
「当然だよ。アポロ計画陰謀論を主張する人たちは、撮影された写真に矛盾点が見られるとか、あるいは当時の科学・技術水準を考慮すると、月面への往復は不可能ではないかという推論を、その根拠にしている。けれど、実際はその多くは、そう主張する人の科学的無知や事実誤認によるものなんだ」
と、ソラは陰謀論を一刀両断するように言った。そしてさらに、
「必ずしも、目に見えているものが真実だと思わない方がいいよ。さっきも言ったけど、人間の目は実はだまされやすいんだから」
と言って、笑った。
ユキも何気なく、
「それを言ったら、ソラ君はだまされないね。そういう意味では人間離れしてるのかも」
と言って、笑った。
人間離れ──という言葉にソラはちょっと複雑な顔をして笑っていた。
一瞬の間を置いてソラは、
「ところでさ、ユキちゃんは、そもそも火星に生命はいると思う?」
「昔は表面に水が豊富にあったことは確実なんだから、いるんじゃない? もしかしたら、NASAはもうその情報を持っているんだけど、隠していたりして」
「また陰謀論を」
ソラは笑ったが、すぐに穏やかだが真面目な顔に戻って、
「そこだよ。本当に水さえあれば生命が存在すると言えるのかなぁ?」
と言った。
その点、ユキの意見は楽観的だ。
「確かに今のところ、火星に生命がいる、もしくはいたかどうかは分からないよ。でも、生命の生存に適した環境があった可能性は高いんじゃない?」
「いや、そのことだけど。本当に過去の火星に『生命の生存に適した環境』なんてあったのかなぁ?……ってこと」
「えっ?」
「今からもう七〇年も前、一九六五年、マリナー四号によって、火星には宇宙線や太陽風から生物を守る磁気圏が存在しないことが発見されたんだ。そのことは一九九〇年代後半のマーズ・グローバル・サーベイヤーによる観測でも確認されている。これって、生命にとっては致命的なんじゃないかな」
「放射線の影響はずいぶん大きいということ?」
「うん。二〇〇七年には、宇宙線によるデオキシリボ核酸やリボ核酸の損傷により、火星の地下七・五メートルまでには生物が存在できないということが計算されているんだ」
「だから、火星には生命は存在しない、って?」
「そうとは断言出来ないけど、もし火星に生命がいるとしても、地底にいるということになるんじゃないかなぁ」
火星の放射線環境は、人間にとっては重大な課題だと思われるわりに、火星の気候や水資源、重力などと比べると軽視されてきた。しかし、火星から送られてくるデータは、火星の放射線状況が厳しいことを示している。
地球ではヴァン・アレン帯やオゾン層が、太陽や宇宙から飛来する放射線を防いでくれている。だが、そのようなバリアのない火星の大地には放射線が直接降り注いでいるのだ。それが生命の身体やDNAを傷つける。
ちなみに、火星表面における、宇宙放射線による人体への被曝量は一年あたりおよそ〇・一~〇・三シーベルトと見積もられている。これは地球の約一〇〇倍である。
もちろん、火星コロニーでは様々な防御対策が取られているが、人体への影響はまだまだこれからの問題である。強い放射線が胎児や乳幼児の発達にどう影響するかも未知数だ。言うまでもなく、繁殖できなければ人類は定住できないのである。
もし、現在の火星に生命がいたならば、どれほど健気で我慢強い生命なんだろうか、とユキは思った。
すると、ソラは何気に時計を見て叫んだ。
「あっ、また喋りすぎた。さすがにもう部室へ行かないと!」
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