第11話 陰謀論の心理

 その日の放課後の教室。


 ユキはソラと朝の話の続きをしようとしていた。


 北川たちは何のかんの言って先に部室へ行ってしまったので、教室に残っているのはユキとソラの二人だけだ。


「実はさぁ、火星には人面岩の他にも、いろいろと怪しい遺物・遺跡というか、オーパーツがあるって言われてるんだよね」


と、ユキはソラに言った。


「たとえば、『火星のモノリス』って言われているものがあるの。これは比較的最近になって発見されたもので、NASAの火星探査機マーズ・リコネッサンス・オービターによって撮影され、二〇〇九年にその存在が確認されたものなの。映画『二〇〇一年宇宙の旅』のモノリスに似ていることから命名されたのよ」


と言いながら、ユキはスマホでネット検索した「火星のモノリス」の画像を見せる。


 こういう会話だけでも、ソラに対しては前提になる説明──この場合なら、映画『二〇〇一年宇宙の旅』に登場するモノリスとはどういうものか──という説明が要らないぶん、ユキにとっては話が早くて嬉しいのだ。


 これが同年代の女の子たちとの会話だと、こうはいかない。SF映画の名作『二〇〇一年宇宙の旅』に登場する、人類の進化を促したとされる石柱が「モノリス」である、と言葉で説明しただけでは、予備知識ゼロの子は全然イメージできないだろう。


「火星の衛星、フォボスにも同じような『フォボスのモノリス』って呼ばれるものがあってね、これは一九九八年に火星探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーによって撮影されたもので、長い影などから、九〇メートルほどの高さがあると見積もられているの」


 話が通じる、と踏んだ相手に対しては、ユキは饒舌だ。


 ソラは苦笑しつつ、


「ユキちゃん、これは今朝、北川君が見せてた人面岩の画像と同じ理屈で説明できるよ」


と言う。


「やっぱり~?」


 ある程度、予期していたのだが、ソラにそう断言されると、やっぱりがっかりする。


「画像の解像度の問題から、影が長方形に見えてるだけだよ」


「じゃあ、これは?」


「火星には『火星のピラミッド』と呼ばれる建造物ふうの地形がいくつも発見されているの。一九七一年にマリナー九号がエリシウム平原を撮影した際にピラミッドを確認、一九九七年にマーズ・パスファインダーがアレス峡谷に着陸した際にも『ツインピークス』と呼ばれるピラミッドのような小高い丘を確認したと言われてるの」


「これも画質の問題だと思うよ」


 ユキはスマホでネット検索した画像を次々にソラに示しながら言った。


「じゃあ、この、ネズミとか、人魚とか、頭蓋骨とか、それから……」


 とうとうソラは吹き出した。


「ユキちゃん、これは全部、画像の見え方の問題だってば」


「やっぱり~? つまんないなぁ」


「あのね、これはパレイドリアと呼ばれる現象で、脳の癖のようなものなんだよ。人間の脳は未知のものを見ると、見慣れた何かに変換しようとするんだ。火星にネズミや人魚や頭蓋骨が見えてしまうのも、人間の脳のせいなんだって」


 そういう話もユキは確かに以前、聞いたことはある。


「理屈では、そう説明出来ても、何だかつまらないなぁ」


「人間は確かに目に見えたものは、信じてしまうでしょ?」


「うん」


「でもさ、見えたものが真実ではない、ということもあるんだよ。心霊写真と同じで」


「心霊写真?」


 またソラが振ってきた新しい話題に、ユキは何となくウキウキしてしまう。


「あのね、今から五〇年以上前のことになるのかなぁ……一九七〇年代から八〇年代にかけて、心霊写真っていうのが流行はやって、テレビや雑誌などで盛んに紹介されたわけ」


「あ、話としては知ってるよ。写真に幽霊とかが写り込んでいる、っていうんでしょ」


「あれも人面岩と一緒」


「一緒?」


「当時はそれ以前に比べると、たくさんの庶民が観光旅行に出かけるようになり、さらにカメラが一般に普及して、みんなが観光地などでやたらと記念写真、スナップ写真を撮るようになった。たくさん撮った写真の中には、その場にいないはずの人の顔なんかが写っていたりする」


「あ、それももしかして、当時の写真の解像度の問題だということ?」


「そう、それにシミュラクラ現象だのパレイドリアだの、あと二重露出だの手ぶれだのといった撮影者の技術的な問題とも重なって、どうしても影がなんだか人の顔のように見える。そうして、心霊写真が出来上がるのさ……で、カメラの性能が向上したら、誰も『心霊写真』なんて言わなくなったでしょ」


「そうだね……火星の人面岩もそれと同じというわけね」


「そうだよ。だって、十年以上前から火星にはたくさんの人が住んでるんだよ。けれど、誰も人面岩どころかネズミや人魚や頭蓋骨なんか見てないでしょ」


「でも、『NASAは何かを隠している』って主張する人は後を絶たないわ」


「ああ、それは典型的な『陰謀論』だよね」


「陰謀論?」


 ──陰謀論とは、ある事件や出来事について、事実や一般に認められている説とは別に、策謀や謀略によるものであると解釈する考え方のことである。強大な権力を持つ人物あるいは組織が、一般市民に知られないように不正な行為や操作を行っている、といった推論・主張が多い。


 ソラはいつものように穏やかな声で続けた。


「まず、陰謀論が好きな人は、物事の裏面を探ることが好きなんだと思うよ」


「どういうこと?」


「良く言えば『探求熱心』だけど、悪く言えば『疑い深い』性格って言うのかなぁ」


「え~と、自分の目の前で起きてる出来事をそのまま素直に受け止めることができないって感じ?」


「そうだね。どんなことに対しても『絶対に裏があるに違いない』と、疑いの目を向けるような性格だよ」


「いるよね、そういう人」


「そういう人は、世の中の何でもかんでも『これは陰謀だ』って、考えるようになってしまってるんだ。で、自分にとって何か都合の悪い出来事や解釈できない出来事が起こるとすぐに『この出来事の裏には、それを陰で操っている悪の存在がいる』って考えてしまうんだよ。そして『この出来事は、悪の存在が仕組んだことだから、間違いなく陰謀である』って考えてしまうんだよ。ひどい時には、存在するかしないかもわからない『悪の存在』を恐れるようになったり、悪の存在の正体を探そうとまでし始めるんだ」


「それって、影の政府だの、フリーメーソンだの、イルミナティだの、シオンの議定書だの、薔薇十字団とかいうやつだよね」


「ユキちゃん、よくそんなにスラスラと出てくるね……」


と、ソラはあきれ顔だ。


 そして。


「そうだよ。そういう人は世の中の悪いこと、自分で理解できないことすべてをその『悪の存在』のせいにするんだ」


と言った。


 ソラの話を聞いたユキは、思わず首をすくめた。


 自分も知らず知らずのうちに、ものの考え方を陰謀論に絡め取られてしまっていないだろうか?


「歴史の解釈だってそうだよ。たとえば、日本史で織田信長を殺害した本能寺の変の黒幕は誰だ、とか」


「信長を殺したのは、明智光秀じゃないの?」


「いや、だから、黒幕がいるって言うんだよ。陰謀論だと裏で明智光秀を操っているやつがいることになるんだ」


と言って、ソラは笑った。


「でも、それってある歴史学者も書いてたけど、明智光秀の力を過小評価していると僕は思うけどね」


「なるほど」


たぬき親父と呼ばれる徳川家康だって、すべて事前に計算して陰謀を巡らせて勝つべくして勝った、なんてことはないはずだよ。関ヶ原合戦に勝って天下を掌握するまでは、薄氷を踏む思いの時もあったはずさ。歴史っていうのは、大勢の凡人同士が絡み合って、結果的には大きな流れが作られていくものだと思うな」


 話が火星の人面岩から日本史まで飛んでしまったが、ユキにはなるほどと納得できるものだった。

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