第10話 火星人面岩の正体

 今年のゴールデン・ウィークも何ごとも無く終わった。


 まあ、ユキたち高校生にとっては何ごとも無く、とは言えても、世間ではそうでもない。


 まず、四月末以来、天気の良い日が続いたこともあってか、連続して真夏日だ。初夏を通り越していきなり真夏といった感じで、全国的に熱中症の患者が多数出た。


 あと、三年前に南西諸島方面で起こった事変の犠牲者合同追悼式が国と沖縄県によって行われた。先の大戦終結後八七年目にして初めて、わが国が官民ともに少なからぬ犠牲者を出した事件ということで、当時は大きなニュースとなった。この事変の傷は直接関係した多くの者にとって、まだ癒やされていない。いや、直接関係していなくとも、多くの国民には大きな衝撃を与え、その影響は現在に至るまで減少するどころか増大しつつあるようにすら思われる。


「おはよう北川君、UFOは発見できた?」


 朝、教室に入るなり北川の姿を見つけたユキは、わざと過剰に明るく彼に話しかけた。


「私、北川君が撮影したUFOの写真がニュースになるんじゃないかと期待してたんだけど」


 もちろん、UFOなんて見つけられなかったと思っている。


 案の定、北川はうつむいて答えた。


「できなかった……」


 しかし、そこで北川はユキを見て言った。


「でもさ、オレは確信してるんだ」


「何を?」


「火星には昔、火星人がいてさ、文明を築いていたことを」


 すると、ユキより先に北川の友人たちが寄ってきて口々に、


「え~、お前、そんなこと信じてるの?」


「火星人なんて、いるわけないじゃん」


などと、言いだす。


 だいたい北川は時々、突拍子とっぴょうしもないようなことを言いだして、それを周りの友人たちから否定されることがある。この時もみんな口々に北川の言を否定した。


 実際、すでに火星には数百人の人間が暮らしているが、もちろん、火星人の目撃情報なんてものは無いし、昔の火星人が暮らしていた跡というようなものも発見されていない。


「へへへ、じゃあ、これを見てみろよ」


と、北川は自信ありげにシャツのポケットからスマホを取り出した。


「何だ、それ?」


「グーグル・マーズで発見したんだよ。火星の人面岩。これって、明らかに人の顔してるだろ?」


 火星の人面岩。


 元々は半世紀も前にアメリカの火星探査機バイキング一号が撮影した火星のシドニア地区の写真をNASAが公開したものだ。長さ三キロメートル、幅一・五キロメートルの巨大な人の顔をした岩。まるで地中から顔を出した巨人が、じっとこちらを観察しているようにも見える。不気味と言えば不気味なものだ。


 さらに、画像の分析をしたという者の中には、


「人面岩には眼球や歯のようなものがある」


「涙を流した跡がある」


「人面岩の付近にピラミッドのような建造物がある」


「口が動き、何らかの言葉を発している」


などといった見解を発表する者までおり、その結果、「人面岩は古代火星人の遺跡だ」などといった説まで現れた。


「これこそ、火星人が実在する証拠に違いない!」


と、北川は声を上げた。


「あっ、その話なら私、知ってるよ」


 横からユキが口を挟む。


「NASAは公式発表で、『光と影の具合で岩山が偶然、人の顔に見えただけだ』って、言ってたんじゃなかったっけ?」


 しかし、北川は首を横にブンブンと振って言う。あんまり強く振るものだから、首だけ飛んでいくんじゃないかとユキが心配になったほどだ。


「いや、いや、いや。これほど精巧な彫刻が偶然出来るわけないよ! NASAは何か重大な秘密を隠しているんだ。これは陰謀だよ!」


 とうとう北川は陰謀論めいたことまで言い出した。


 ユキが何か言おうとする前に、今度はそれまで教室で黙ってみんなの一連のやり取りを聴いていたソラが、微笑を浮かべながら口を挟んできた。


「北川君、その話には続きがあるんだよ」


 北川はちょっと驚いたふうで、


「えっ、星野がこの手の話に乗ってくるなんて珍しいじゃん。いったい、どんな続きがあるんだよ? 聞かせてもらおうじゃないの」


と、言った。


 それを聞いたユキは内心、


「いや、いや。実はソラ君はこの手の話にも強そうだよ」


と思ったが、口には出さない。


 周囲の他の生徒たちは、意外にもソラが北川の話に口を出してきたので、耳をそばだてて聴いている。


 ソラはいつものようにゆっくりと話しだした。


「あのね、確かにこの写真は発表当時、そうやって騒がれたんだけど、今世紀に入ってからは、オカルト業界でもあまり話題に上らなくなったはずなんだよ。なぜだかわかる?」


 面と向かってソラから「オカルト業界」なんて言葉が出た上に、「なぜだかわかる?」と訊かれた北川はたじろいだ。


 ソラはいつもと変わらない雰囲気で静かに言う。


「二〇〇一年にアメリカの探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーが同じ場所を撮影したところ、人の顔なんて何も写ってなかったんだよ」


「そ、それは、NASAが隠蔽を……」


 北川は反論を試みる。


「いや、隠すつもりだったら、最初からNASAは公表しないんじゃない? もともとこの写真はNASAが、『こんなふうに写ってます。どうです、面白いでしょ?』っていうノリで公表したものなんだよ」


 こんなふうに身も蓋もないことを言われれば、北川も沈黙するほかない。


「で、近年、この写真が話題に上らないのは、単にNASAの説明が正しかったからだよ」


「え~っ、どういうことだよ? 星野!」


 北川は声を上げたが、あくまでソラは静かに言った。


「つまり、一九七六年のバイキング一号の写真は白黒で、画質も悪かった。二〇〇一年のマーズ・グローバル・サーベイヤーの写真はカラーの上に画質が向上していたので、顔のようには写らなかった。ただ、それだけのことじゃないかな」


「それだけのこと……」


 北川は言葉も出ない。


「人間はシミュラクラ現象といって、目・鼻・口を連想させるような三つの点が集まると、直感的に顔として認識する傾向があるんだって。バイキング一号の写真が顔に見えたのは、撮影時の太陽光の角度が低くて、岩の影がたまたま目・鼻・口などに見えただけだろうと考えられているんだよ。さらに、人間が自然の中で生きていたころの野性の名残りで、天敵などから身を守る本能として、生物の顔のように見える物──目が二つと、鼻や口があるように見える物──に対して、恐怖心を感じるようになっているそうだよ。だからなおさら、不気味に見えたんだろうね」


と、ソラは言ったところで、


「ちょっと、北川君、その写真見せてよ」


と、北川に頼んだ。北川はあっさりと、


「はい」


と言って、自分のスマホをソラに渡した。ソラは、人面岩の画像を一目見て、


「あっ、北川君、これはグーグル・マーズの画像じゃないよ。昔のバイキング一号の撮った画像をカラー画像に処理して、グーグル・マーズに貼り付けたものだ。誰かが作った悪戯いたずらだよ」


と言った。


「い・た・ず・ら」


 北川はフラフラと頭を抱える仕草をした。


「せっかく大発見だと思ったのに……よく考えたら『秘密』が、そんな簡単にネット上に公開されてるわけないよな……」


 周りの友人たちは、


「北川、もう無理やで」


「あきらめな~」


「はい、論破~!」


と、口々に冷やかした。


 しかし、北川もわりとあっさりしたもので、


「ちぇっ、残念だけど星野の知識にはかなわないや。でもさ、星野、よく人面岩の話、知ってたな……もしかして、UFOにも興味ある?」


と言いだして、また周囲の失笑を買うのだった。


 そしてソラがその問いに答える前に、始業の予鈴のチャイムが鳴った。


 今日も一日が始まった。

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