第8話 UFO集合的無意識説

 ──アメリカの国家情報長官室による、未確認飛行物体(UFO)に関する分析結果の報告書報告書では、その正体について五つの可能性を挙げている。


 1 バルーンやドローンなど、大気中の障害物


 2 自然の大気現象


 3 アメリカ政府または民間の非公開プロジェクトの産物


 4 中国、ロシア他の国家、あるいは非政府組織のテクノロジーによるもの


 5 その他(「分析、特定にさらなる科学的知識が必要になると考えられるもの」

  「理解には現在以上の科学的進展を待つ必要があるもの」)


「だいたい、もし本当にUFOが宇宙人の乗り物だとしたら、理由がわからないことが一つあってね」


と、ソラは言った。


「何が?」


と、ユキはたずねる。


「UFOがなぜわざわざアメリカ軍の周りをウロチョロするのかわからないよ。米軍基地の周辺で目撃情報が多いというなら、むしろ米軍の新兵器の実験だと思わない?」


「でも、だったら遭遇した米軍機のパイロットがパニクらないと思う。おかしいよ」


と、ユキ。


 それについては、


「だから、一般の兵士は知らない秘密兵器の実験なんじゃないかな?」


と、ソラは答を用意していた。


「じゃあ、ソラ君はUFOの正体はアメリカ軍の新兵器だと思うの?」


というユキの問いには、ソラはちょっと間を置いてから、


「いや……実は僕は、UFOは人間の心の問題だと思うんだ」


と言って、自分の前髪を触る仕草をした。


「心の問題って、どういうこと? 幻覚とか妄想っていうこと?」


 ユキにはソラのもの言いの意味が、今一つわかりかねた。


「二〇世紀の心理学者カール・グスタフ・ユングが言うところの『集合的無意識』ってやつだよ」


 いきなり心理学者の名前を出されてユキは面食らった。いや、世間の高校生なら大方はそういう反応を示すだろう。


「よくわからない」


 ソラはできるだけ易しく説明しようとする。


「個人の経験による無意識より深く、同じ種族や民族あるいは人類などに共通して伝えられている無意識、っていうんだ」


「人類共通の無意識? そんなの、あるのかしら?」


「まあ、ユング心理学自体、反証不能なオカルトだって言う人もいるけどね。でも、そう考えると辻つまが合うことが多いんだ」


「どういうこと?」


「あのさ、昔から『もしかしたら本当にいるかも知れない』とされてきた生き物っているでしょ」


「あ~、空想上の動物のこと? 河童とかツチノコとか天狗とか? 幽霊とかお化けとか妖怪とか?」


 ソラは苦笑しながら、


「まあ、幽霊やお化けは『生き物』ではないと思うけどね……あと、西洋なら天使とか妖精とかさ。あれ、本当にいるかどうかはさておき、みんながそう思っているからいる、みたいなものだって考えるの」


と、言った。


「なるほど」


「UFOとか宇宙人っていうのも、それと同じって言うのさ。みんながそう思っているから、ある、いる。昔の人が妖怪とか妖精に見えていたものが、現代人から見れば宇宙人に見える、ていうこと。それが証拠に、UFO目撃例の中には、乗員が無意味な行動を取ったり、地球の衣服を身に付けていたり、言動に当時流行していたSF小説の影響を受けている事例があったりするんだ。そのことから、UFOは人間の無意識が投影されたものであるとする説があるんだよ」


「なんだかよくわからないけど、要するに『人の心がそう見えるようにさせている』ということ?」


と、なんだかよくわからないままにユキはソラにたずねる。


「まあ、簡単に言えばそういうことかな。面白い考え方でしょ?」


 いや、面白いと言われても……。


「てことは結局、UFOは幻覚だって言うのと同じじゃない? じゃあ、たくさんの目撃者がいたワシントンUFO乱舞事件なんかはどう説明すればいいの?」


と、ユキはまたたずねる。


 ──ワシントンUFO乱舞事件とは、一九五二年七月一九日と二七日にアメリカ合衆国の首都ワシントンで起きたUFO騒動である。この両日、ワシントン上空に六八機ものUFOが現れ、大勢の市民の目の前で飛び回る事件が起きた。空軍の戦闘機が緊急発進したが、UFOの予想外の動きに翻弄ほんろうされただけだった。だが後日、空軍は目撃されたUFOは気象現象であったと公式声明を発表した。


「あれは、集団ヒステリーで説明できないかな」


 こともなげに言うソラ。


 集団ヒステリーとは、文字通り集団でヒステリーを起こすことである。特定の集団が強い不安や恐怖などにさらされた時に、集団の構成員全体にパニックや妄想が広がる集団心理を指す言葉だ。


「当時はアメリカとソ連──今のロシアね──の間で冷戦が始まって、結構みんな核戦争の恐怖を本当に感じていたんだ」


「そう考えると、人の心がUFOを作り出しているという説も説得力がありそうね」


と、ユキが同意を示そうとした時、ソラはそこでまた悪戯いたずらっぽく笑って言った。


「でも、それだけではやっぱり理屈に合わない事例もあってね」


「え~っ? どんな例?」


「九世紀のフランスに、UFOと宇宙人の目撃例があるそうだよ。その例は、いかにも現代の宇宙人との遭遇例に似ている。このように、UFOや宇宙人という概念自体が深層意識においてさえ存在しないはずの時代の目撃例は、集合的無意識説では説明がつかないんだよ」


 ──八一五年(一説では八五二年)、フランスのリヨンで、空から球状の物体が連なりつつ降下をしてくる事件が起きた。球体は草原に着陸すると、やがて「ドア」が開き、中から三人の男性と一人の女性が現れた。球体はやがて上空に消え去った。周囲の目撃者は出現した四人を魔術師だと思い処刑しようとしたが、憔悴しょうすいしきった様子の彼らの説明を聞き、介抱した。


 介抱された四人の説明によれば、自分たちは普通の村人であり、野原にいる時にあの「球状の物体」と出会ったということであった。球体からは自分たちとよく似た男たちが現れ、彼らは自分たちは邪悪な者ではないと述べたという。四人は球体に乗り込んで飛行経験をすることとなり、丸い窓から眼下の地上を眺めたり、世界各地の町を訪れたりといった体験をしたという。


 この説明は当時の人々には受け入れられず、四人は火あぶりとなるところであったが、現場にいた司教が介入しこの混乱を鎮めた。事件の詳細はこの司教により記録されたという。


「ふ~ん、そんな例があるんだ」


 ユキはこの話は初耳だった。


 ユキはこの時、UFOが実在するのか否か、どうにも判断がつかなかった。


 それでは、もし目の前にUFOが現れたとしても、それが実在するという証拠はないのではないか?


 そもそも「目撃者の証言」なんて言葉があるように、人は「目撃したことは正しい」と信じがちだ。しかし、本当のところはどうなのだろうか? 実際には目撃しているつもりでも、「見間違い」などいっぱいあるのではないだろうか。ある事実を、心がそう見せているのに過ぎないと考えられるのではないだろうか。


 たとえば、同じ存在を見て、昔の人は「河童」だと思い、今の人は「宇宙人」だと思う。


 いやいや、そう見えるとしても、その前に「何ものか」は存在しているのでは?


 あ、そうか。そもそも「見えている」と思うものが、実は幻覚だったりするのか?


 視覚という人間の感覚そのものが、実はあまり当てにならない代物しろものなのかも知れない。


 しかし、そう考えると、ことはUFOだけの問題ではない。目の前に見えている全ての物の実在に疑問を持たざるを得なくなるのではないか?


 と、ユキはとりとめもなく考えを巡らした。まるで頭がクラクラするような感覚だった。


 五限目の予鈴が鳴った。


「あ、ごめん、休み時間つぶしちゃったね」


と、ソラは謝った。ユキは、


「いいよ、別に」


と応えたが、五限目の数学の問題が当たっていたことを思いだして、悲鳴のような声を上げた。


「ごめん、ソラ君、数学のノート見せてぇ」

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