第7話 ロズウェル事件考

 ──今からもう一四年も前のことになるが、二〇二一年六月二五日、アメリカの国家情報長官室は、未確認飛行物体(UFO)に関する分析結果の報告書を公表した。


 報告書は議会の要求を受けたもので、アメリカ軍などが二〇〇四年以降に撮影した正体不明の飛行物体の映像一四四件を分析したものである。そのうち一件は気球だったと判明したが、残る一四三件については「説明するための情報が不足している」として、現時点では実態が解明できないとした。


 さて明日からゴールデンウィークだ。暦の上ではまだ初夏と言ってもいいのだろうが、既に毎日、汗ばむような陽気が続いている。


 昼休みに、教室の前の廊下で天文同好会の北川が通りすがりの生徒たちに何やらビラを配っている。


 ユキは北川に近寄って訊いた。


「なに、なに?」


「UFO探査合宿参加者募集」


と、ぶっきらぼうに北川は答えて、続けた。


「みんな信じてくれないからさ。連休中に同志たちとオレの部屋で徹夜合宿して、絶対にUFOを見つけるんだ……女子は……どうせダメだよねえ?」


 どうせ返事はわかっているさ、とでも言うような北川のちょっと投げやりなもの言い。


「まあね。UFOに興味がないことはないけど、北川君の部屋で、というのが難点ね」


と、ユキは軽く受け流して、その場を離れようとした。


 いや、本当は参加して男子のUFO談義に加わりたいとも思うけど、さすがに北川の部屋で徹夜は……悪いけど……。


「あ~あ、北川もヤケ起こして、って言うか、閑な奴だよなぁ。UFOなんてあるわけないじゃん」


「どうせ、男同士で集まって徹夜でゲームに没頭するのがオチだろ」


 周りの男子は口々に冷たい言葉を投げかける。


 ユキのところへソラが近づいてきて言った。


「ユキちゃんは、UFOの存在は信じてるの?」


 慣れというのは恐ろしいもので、最近はソラから「ユキちゃん」と呼ばれても抵抗感が無くなってきた。まさに環境に適応したとも言えるユキ。


 ソラからこの質問をされたのは二度目だ。もっとも先日は、そこから「シュメール文明宇宙人授与説」の方へ話が流れて行ったのだったが。


「UFOかぁ。私は見たことないけど、UFOに乗った宇宙人とか、いるといいなぁ。だって、宇宙には数え切れないほどの星があるんだよ。そこから知的生命体が地球にやって来たっておかしくないじゃん」


と、ユキはいかにも夢見る乙女というか、脳天気な口調で言った。


 そんなことを言うユキを、ソラは珍しく少しにやにやしながら眺めている。


「それにさ、UFO目撃情報って、昔からいっぱいあるじゃない」


とユキ。


 ユキからの球を、ソラは即座に打ち返す。


「ケネス・アーノルド事件とかロズウェル事件とか?」


「あ、今、それ言おうと思ったのにぃ」


 ケネス・アーノルド事件もロズウェル事件も、『モー』の読者なら周知といってもよいくらい有名な事件だ。ただ、普通の高校生に言って、すぐに通じる話題とは思えない。


 その点、ユキとソラの関心事は結構かぶっているので、話題が合う。そういう意味ではユキも、話の際に相手に一から説明しなくてはならないというストレスを感じなくて済むので楽だった(そういう意味で、オカルトネタは人を選ぶのだ)。ただ、同じことでもソラの方が少し(あるいは、かなり?)知識量が多いので、ユキは少し悔しく思う。


 ──ちなみに、ケネス・アーノルド事件とは、一九四七年六月二四日、アメリカ人のケネス・アーノルドが、アメリカ合衆国ワシントン州上空で九個の奇妙な物体を目撃した事件である。初期のUFO目撃例として有名なこの事件の影響により、「空飛ぶ円盤(フライングソーサー)」という語が普及した。


 次に、ロズウェル事件とは、ケネス・アーノルド事件が起こった直後の一九四七年七月、同じくアメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で墜落したUFOがアメリカ軍によって回収されたとして有名になった事件である。


 この事件が異常なことは、発生してから三〇年以上経過しても、関係者に対して空軍の圧力があったとする新たな証言や「政府の秘密文書」と称するものが多数現われ、さらに「ロズウェル事件の際に回収した宇宙人の解剖フィルム」なるものまでが公表されたことである。


 ユキもネットでその動画を見たことがあるが、出来が悪いB級ホラー映画のようにしか思えなかった。


 しかも一九九七年には、アメリカ政府より正式報告書「ロズウェル・リポート」が発行され、「当時墜落したのは実は秘密実験に使用されていた気球で、後に発見された宇宙人の死体といわれるものは、高空の人体への影響を調べるための観測用ダミーである」とされた。また、解剖映像が捏造ねつぞうであったことも後に判明した。要するに公式にはUFOだの宇宙人だのというものは何も存在しなかった、となっている。


 しかしその一方で、隠蔽工作があったことを確信する人々も多い。何はともあれ、今となっては真相は藪の中と言ってもよいだろう。


 また、ネバダ州にあるアメリカ空軍基地エリア五一はそれに関連して、「ロズウェル事件で墜落したUFOが運び込まれているのではないか」、さらに「グレイと呼ばれる宇宙人がいるのではないか」とも疑われていたが、現在では公式に否定されている。実際には、この基地はステルス機の試験飛行を行っていると考えられている。


 ソラは言った。


「そういえばアメリカ政府は、十数年前からUFOじゃなくてUAP(未確認空中現象)と呼んでるね」


「でも、なんかUFOの方が言いやすいし。たとえば、日○焼きそばUAPなんて考えられないわ」


「そこ? やっぱり、ユキちゃんの発想はユニークだよね」


と、ソラはユキのことを褒めているのかいないのか微妙な言い方をする。


でも、ユキも特にそんなことで目くじらを立てるわけでもない。


「も~、何とでも言って」


なんて言っている。

 

 それにしても意外だ。ソラの口からUFOの話題が出るなんて。ソラも、意外とUFOに興味があるのだろうか? そんなユキの気持ちを見透かしたかのように、ソラは言った。


「僕もUFOというかUAPに興味がないことはないんだよ。でもね、やっぱりあれはあくまで『未確認空中現象』であって、それをすぐ『宇宙人の乗り物』に結びつけるのは、論理の飛躍があると思うんだ」


「え~、でも、UFOを目撃したパイロットが『あれは地球の技術ではない』とか感想をもらす例も多いそうだよ」


「じゃあ、どういう方法でUFOが彼らの星から地球までの長い距離を飛んでくるのかな? 光速よりも遅い速度であれば時間がかかりすぎるし、何らかの方法でUFOが光速に近づけば船体が溶けるほどの高温になるはずなんだよ」


 ソラに言い返されて、ユキは少しムキになってきた。


「でも、でも、高度な文明を持った宇宙人だったら当然、宇宙船の建造方法や航法だって、私たちが想像できないような水準に達していてもおかしくないでしょ」


「だったらさ、逆にそんなハイテクノロジーを駆使したUFOが、なぜロズウェル事件の時には簡単に墜落したのかなぁ?」


「うっ」


 ユキは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返した。


「彼らの技術だって『絶対』ではないのよ!」


「じゃあさ、万が一、そんなハイテクノロジーを駆使したUFOが墜落したとしても、乗員は墜落死する前に安全に脱出するんじゃないかな? それくらいの緊急脱出装置は備えて遠い星から飛行してきたんじゃないのかなぁ?」


「あっ」


「さらにそれでも万が一、乗員を乗せたまま墜落したとしても、乗員は簡単に死んでしまうものなんだろうか? 何らかの安全装置は働くだろうし、生物としての死に対する耐性は人類と同じくらいなのかなぁ?」


 なるほど。


 ソラに言われると、どれももっともな疑問のように思えてきた。


 ユキはその時、いっそ亀島にもUFOが出現しないかなぁ、と思った。なんなら最近、周囲からの言われ方がちょっとかわいそうにも思える北川君に見つけてもらってもいい。


 果たしてUFOは宇宙人の乗り物なのだろうか?


 それとも……。

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