第6話 シュメール文明に「謎」なんてない!



「民族は一体いつから民族になるのかというと、『記録に現れた時点』からなんだよ」


と、ソラは言った。ユキはその意味がすぐに飲み込めず、


「なによ、それ。どういうこと?」


と、聞き返した。


「つまりさ、人がある集団として、ある時点より以前に存在していても、記録に無ければ存在していたことを証明出来ないし、未来の僕たちにはわからないでしょ?」


「うん……そう言われれば、そうだね」


 丁寧に説明されれば飲み込める。


「シュメール人は文字記録を残し始めた最初の民族だから、『突然』現われるしかないんだよ。シュメール人以降の民族は、シュメールに近づいた時点でシュメール人が『異民族の××人が来た』とか記録してくれるから、前フリがある状態で歴史の表舞台に出てこられる。でも、シュメール人にはそれが無い。それだけのことだよ」


「あっ……そうか! 記録があるか無いかということなんだ。シュメール人以前には文字が無かったんだから、もともとシュメール人がいたという記録は他の誰にも残せない、ってことか」


 合点がいった。


「だからシュメール人は、地球上に突然、現れたわけじゃなくて、それ以前から存在してたんだよ。だけど、『我々はシュメール人である』というアイデンティティを確立して、自分たちで記録を残し始めた時点で、初めて僕たちから見えるようになったというだけの話なんじゃないかな」


と言って、ソラは一呼吸置いた。


「それにね、シュメール人の文明は最初から完成された状態では出現しているわけじゃないよ。これもなぜか、めっちゃ誤解されてる話だけど」


「え、そうなの?」


 ユキはビックリした。ソラは続ける。


「シュメール文明にはちゃんと前段階があるんだよ。河村先生も授業で言ってたでしょ。シュメール人の前にはウバイド人がいたって。シュメールの前にウバイド人の文化があって、彩文さいもん土器とか文字の元になる概念とか都市文化のはしりとかを作ってる。ちゃんと準備期間があるんだよ」


「あっ、そうか~。でも、河村先生、ウバイド人のことはさらっと触れただけだったよね」


「それは、ウバイド人のことがまだよくわかってないからだよ。やっぱり、文字が残っているかどうかが大きいんじゃないかな」


「なるほど」


「で、『ウバイド期』の次に始まるのが前四〇〇〇年頃からの『ウルク期』で、ここからいわゆるシュメール人の文化になるんだ。ウバイド期とウルク期で民族が入れ替わっている可能性があるけど、これは別にまるごと入れ替わったことを意味しない。おそらく、ウバイド期に住んでいた人の集団と、後からやってきた集団とが合わさったものが後の『シュメール人』と呼ばれる民族集団なんだろうね」


「そうか、シュメール人て言っても、純粋ピュアな集団なんてあり得ないんだ」


「そうやって交流し合って、人類は昔から生きてきたんじゃないかな」


 そう言ってから、ソラは話題を変えた。


「そうそう、最後に、シュメール人宇宙人説の根拠によく出される、『肖像の目が異様に大きい』ということなんだけど──たとえば今の少女マンガの登場人物が目がむちゃくちゃ大きいからといって、日本人の目が頭蓋骨の半分ものサイズでないことくらいはわかるでしょ。それと同じだよ。ぶっちゃけ、あれは実写じゃない。資料集にもある有名な像は『祈願者像』といって神殿に収める願掛け用の像で、特殊な美術様式が採用されているうえに、おそらくかなり美化されてるはずだよ」


「シュメールの少女マンガみたいに?」


 ソラは「少女マンガ」というたとえに口を開けて笑った。


「はっはは、そういうものかも知れないね……それに、シュメール人の墓はいくつか発掘されているから、そこから出てきている頭蓋骨を見れば、別に彼らの目が異様に大きいわけではないことは分かるはずだよ」


「うん」


「そして、『ウルのスタンダード』をはじめとする他のメソポタミアの芸術では、『祈願者像』のような目を見開いた状態の人間は出てこない。ただ目は若干大きめ。目を見開いていることには何か意味があったんだろうけど。だから、ウル王墓に収められた人々が、僕たちと同じ人間で、かつ、見た目も一般的なホモ・サピエンスだったと結論するには十分でしょ? 彫像などで表現される『やたらと目が大きい』姿はもちろん、表現上の誇張なんだよ」


「ソラ君、何かすごい。理路整然と説明されてる感じがする。そうか~、『謎のシュメール人』なんて言って、実は『謎』なんか無いんだ~」


 ユキはソラの説明に素直に感心している。


「そうさ。少なくともオカルト業界で言われているような『謎』なんて無いんだよ。でも、意外だなぁ。ゼカリア・シッチンまで持ち出して。ユキちゃんはそういうことにも興味があるんだね」


 しまった、最初に調子に乗って喋りすぎたか。


「まあ、この前、本屋でスーパーミステリー月刊誌『モー』を買ってたから、『もしや……』って思ってたけどね」


 あああ、周りに隠していた趣味が……。


 ソラはソラで、


「でもね、シュメール関連本でゼカリア・シッチンはオカルトであって学問じゃないから、シッチン関連の話はに受けちゃいけないと思うよ。グラハム・ハンコックとかと同じ系列だから。でも、なんでこれが図書館なんかで歴史書のコーナーにあるんだろう……」


と、独り言のようにブツブツ言っている。


 ──ここで、ゼカリア・シッチンの唱えている「シュメール文明宇宙人起源説」について簡単に紹介しておこう。


 シッチンのシュメール神話の解釈によれば、太陽系には長い楕円形軌道をした三六〇〇年周期で太陽を回る惑星が存在するという。 この惑星は「ニビル」と呼ばれていた。 シッチンによれば、「ニビル」は高度な文明を持つまで進化した、人類と似た姿を持った地球外生命体の本拠地であり、その生命体は「アヌンナキ」と呼ばれていた。


 「アヌンナキ」たちは、およそ四五万年前に地球に飛来し、鉱物資源、特に金を探索、アフリカで鉱脈をみつけ採掘を行なった。これらの「アヌンナキ=神々」は、「ニビル」から地球への探索採鉱に出された、一般庶民の労働者に相当する異星人であった。「アヌンナキ」は、金鉱山で働く奴隷となる生物として、地球外生命体の遺伝子を当時の地球では最高の知能を持っていたホモ・エレクトスの遺伝子とかけあわせ、ホモ・サピエンスを遺伝学的に設計した、とシッチンは主張している。


 また、シッチンは「シュメール文明は、これら神々の指導のもとで建設され、人間による王権は、人間と『アヌンナキ』の仲介のために与えられた」としている。シッチンは、地球外生命体同士の間で起こった戦争に使用された核兵器からもたらされる放射性降下物(死の灰)が、前二〇二四年、シュメールの都市ウルを滅ぼした「悪しき風」であるという。


 ソラの話を聞いていると、教科書的な世界史の知識はもちろん、絶対に教科書には載っていないオカルト的な知識も豊富なようだ。


 ソラはさらにユキに向かって言う。


「でもさぁ、シッチンの主張なんか、僕たちの知識でもおかしいって思わない?」


「た、確かに……」


「三六〇〇年周期で太陽を回るものすごい楕円形軌道の惑星なんて、本当にあるのかな、って。ハレー彗星だって七六年周期なんだよ。仮にそんな星があったとしても、とても知的生命体は生まれないと思う。ほぼ氷に閉ざされた星だよ」


「あ、あのね、私はただ面白がって読んでるだけなんだから。別に何から何まで信じてるわけじゃないわ」


と、ユキは焦って弁明するように言う。


「わかってるよ。ただ僕は、こういう本の内容をたいして吟味せずに信じ込んでいる人が、世の中に一定数いることが信じられないんだ……他にも疑問はあるよ。たとえば、高度に発達した文明が鉱山採掘に『奴隷』なんて使うかな? きっと僕たちにはわからないような高度なテクノロジーを使うはずだよ」


 それはユキもうすうす感じており、


「それを言い出したら、労働力の確保のために遺伝子操作で地球人を作り出すって話も、そんな手の込んだことをする前にロボットでも使うと思うわ」


と、言う。


 ソラはそこにまるで追い討ちでもかけるように、


「そうだよねぇ。一方で、シュメール文明は青銅器文明だから、鉄器が無いんだよ。神様が授けてくれた文明にしてはショボくない? それとも、アヌンナキも青銅器文明レベルなのかな?」


などと言い、二人は盛り上がって大いに笑い合った。


「ちなみに僕が思うに、世界中の神話で神が空から下りてきて人類を導いたという内容は、別に異星人がやってきた事実を表わすものじゃないんだ」


「じゃあ、どういうこと?」


「人間はどこに住んでいても同じようなこと──この場合は、天から神がやってきて人類を導いてくれたということ──を考える、ということさ。それが人間の認知能力の特徴だと考えるべきじゃないかな。これ、星野説ね」


と言って、ソラは笑った。


「なるほど、そういうことかも。人は、空から神がやってきたと思える心の仕組みを持っているということなのかもね」


「実はそういった理屈を思いついたのは、トバ・ショックに関する文章を読んでからなんだ。ほら、この前、話したでしょ。『地球上の全人口は一時、一万人以下まで減少した』ってやつ。てことは、人間て遺伝子的にはみんな同じようなものだと思わない? ということは、人間の考え方のクセだってわりと同じようなものになるんじゃないのかなぁ、と」


 そこでソラは一呼吸置いて、


「それとね、ユキちゃん。なぜシュメール文明は宇宙人が創造したなんて説がでてきたと思う?」


「さあ?」


「シュメール人のことが、よくわかっていなかったからだよ。わからないから何とでも言えるんだ」


「じゃあ、ソラ君はどう思うの?」


「僕はね、シュメール人は実はずっとメソポタミアにいたんじゃないかって思うんだ」


「どうして?」


「当時、文字を使えたのは、どういう身分の人たちだったと思う? これって、今の人にはなかなか実感できないんだけど」


と、ソラはまるで自分が「今の人」ではないような口ぶりで言う。


 ちょっと考えてユキは気がついた。


「あ、そうか──昔は人々みんなが読み書きできるわけじゃないんだ。読み書きができる上流階級が根こそぎいなくなったから、記録が残らなかっただけかも」


 ソラも同じようなことを言った。


「そうだよ。王様とか貴族とか神官とか……要するに限られている少数の支配層しか文字で記録は残せない。異民族との戦争に負けることで今までの支配層がごっそりいなくなっちゃって、支配層が異民族に交替したところで、大多数の庶民は今までと同じ場所にいたけれど、やがて時間を経るうちに独自の文化も消えていった、って考えられない?」


「すごい、ソラ君、それなら理屈が合いそう」


「うん、でも今のところはまだよくわからないんだけどね。それこそシュメール人の遺伝子と現代人の遺伝子を比較すればわかりそうなものなんだけど、今までに発見されたシュメール人の遺骨の保存状態が悪くて、DNA鑑定が難しいみたいなんだよ。でも、きっと近い将来、シュメール人の『子孫』も判明すると思うよ」


 途中でソラと別れて一人、ユキは家へ向かってお城の近くの街路を歩いていた。


 それにしても不思議だ。


 何が不思議かって、クラスメイトの星野宇宙だ。


 世界史の知識はかなりのもの(超高校生級?)だと思うけど、そればかりじゃない。


 オカルト系の知識も豊富なようだ。ユキも多少は知識があるからわかる。


 何かいつも落ち着いていて、友だちとワイワイ騒いだりするような性格でもなさそうだ。


 ただ者ではない。


 ユキはソラのおかげて世界史にちょっとだけ興味が持てるようになったと思ったが、それ以上にソラのことが気になった。


 星野宇宙──ソラ君って、いったいどんな子なんだろう?

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