第5話 アヌンナキがやってきた?

 その日の放課後、ユキが所属している天文同好会の部室に顔を出すと、同級生の男子数人が集まって、いつものようにワイワイやっている。この同好会、当然のことながら活動内容は天体観測なのだが、いくらなんでも放課後の午後四時に星を観測することもできず、結局、ただ部室でだべることが主な日課となっている。


「だから~、オレ、本当に見たんだからさ。信じてくれよォ~」


 ユキと同級生のマッシュルームカットをした北川が素っ頓狂すっとんきょうな声を上げている。


「あ、山口ぃ」


 横をすり抜けて通ろうとしたユキは北川に呼び止められる。まったくもう、面倒くさい奴だ。


「山口はUFOの存在を信じてる?」


「何を突然?」


と、ユキは引くポーズをとる。


 他の連中がはやし立てるように言う。


「ダメ、ダメ、こんな奴の言うこと聞いちゃ」


「こいつの言うことなんて信じられん」


 ユキは一応、北川の言うことを聞いてみた。


「何のこと?」


「オレ、昨日の晩遅くに、見たんだよ。うちの西の方の山の上を、青白い丸い光がジグザグに飛んでいたんだ。嘘じゃないよ」


「UFOを見たっていうの?」


「うん、嘘じゃないよ。信じてくれよ」


 ユキは笑いながら、


「そうねえ、あったら面白いとは思うけどね~」


「あ~、信じてないなぁ?!」


と、北川はまるで悲鳴のような、ふてくされた声を上げた。


 でも実は、ユキはその手の話は嫌いではない。というか、むしろ世の中の不思議な話はオカルトめいたことまで含めて好きといった方がよいくらいだ。


 何しろ、家にある父親の本棚に並んでいた有名なスーパーミステリー月刊誌『モーMoo』を創刊号からこっそり読破しているくらいだ。父親がいなくなってからは自分の小遣いで毎月買っている。しかし、ユキはこの趣味のことは周囲には内緒にしていた(先日はソラに見られてしまったが)。不用意にそのことを言うと、下手をすると相手に気味悪がられるかもしれないからだ。ただでさえ、天文同好会という女子の少ない部活をやっていて、同級生から「風変わりな」イメージを持たれているかもしれないのだから。


 男の子は幼い頃、虫か星のどちらかに興味を持つといわれる。「虫派」か「星派」かということだ。


 では、女の子の場合はどうだろう?


 男の子は……、女の子は……などと区別して言うと、この2035年の日本では、


「ジェンダーフリーだよっ!」


と、特に女性から大顰蹙ひんしゅくを受ける。


 しかし、この時代になっても理系志望者は男子に比べると、いわゆるリケジョは数が少ないのは事実であった。


 そんな中、ユキは中学生の時分から、父親の遺していった大口径の天体望遠鏡を使って何気に家の二階のベランダから夜空を眺めていた。そういう意味ではユキは「星派」と言えよう。


 ユキはこの父親の天体望遠鏡を高校生になっても大事に大事に使っていた。いや、これからもずっと大事に使うつもりだ──そう、ユキが小六の頃に他所よそに女を作って、母と自分を捨てて家を出て行った父親の天体望遠鏡を。


 なんだか世界史の授業のあった日に限って、帰り道でソラと一緒になる気がする。いや、まだ二度目だが。しかも今日は部活が終わって校門を出ようとしたところでソラに呼び止められたのだ。


「あ、ユキちゃん、待ってよ」


だって。


 ん?


 私、あんたにファーストネームで呼ばれるほど、仲良かったっけ?


 それにしても、偶然にしては出来すぎている。もしかして校門で待ち構えていた? 嫌だ、まるでストーカーみたいじゃない!


「偶然だね。僕も今、部活が終わったんだ」


「へえ、何部なの?」


「吹奏楽部だよ」


 ふうん、そうなんだ。


「ユキちゃんは何部なの?」


「えっ?……天文同好会……」


 一瞬の間を置いて、ユキは答えた。


「へえ、いいなぁ」


「何が?」


「何がって、リケジョっぽくて、カッコイイ」


「意外?」


「まさかぁ。褒めてるんだよ、僕」


 カッコイイ?


 今まであまり他人から褒められた記憶の無いユキは、頬がちょっとだけ赤くなる感じがした。むしろ、この趣味は「女のくせに……」と言われることすらある。特に最近、少し口うるさいと感じられるようになった母親がそうだ。


「女の子がそんな趣味を持ってても将来、何の役にも立たない」


なんてユキに面と向って言う。


 もっともそれは、この天体望遠鏡を遺して消えたユキの父親の影を娘の背後に感じていたからかも知れないが。


 ソラからカッコイイと言われて。ちょっといい気分になったユキは自然に、


「そういえば、さっき部室でさ……」


と、北川たちが騒いでいたことを話した。最近、北川は亀島市街から西の鈴鹿山脈の方角でよくUFOを目撃するという。


 しばらく黙って聞いていたソラは、


「じゃあ、ユキちゃんはUFOの存在を信じてるの?」


と訊いてきた。


「さぁ、あったら面白いとは思うんだけどね」


と、北川に対してと同じことを言うユキ。


 そこでユキは何気なしに、以前、『モー』で読んだ特集記事を思い出して、ソラに話をしだした。


「そういえばさ、今日の世界史の授業でシュメール人、って出てきたでしょ」


「うん、河村先生の話だと、何だか高度な文明を持っていたけど謎の民族、って感じだったよね」


「それよ、それ。実はね、シュメール人は宇宙人だったとか、宇宙人に文明を教えてもらった人々だったとかいう話があるのよ」


 一瞬、ソラは呆気あっけにとられたようだった。


 しまった。ユキはひやっとした。やはりいきなりこの手の話は刺激が強すぎたか?


 しかし、ソラはすぐに言い返してきた。


「また、いきなり何を言い出すかと思えば、そういうこと?」


「だって、おかしいと思わない?」


「何が?」


「どうして突然、どこから現われたのかもわからないシュメール人が当時としては画期的な文明を持てたのか、ということよ。そもそも世界中の神話には『天から下りてきた神々が、人類に文明を教えてくれた』っていうモチーフがあってね……」


と、ユキは『モー』で得たような知識を一生懸命思い出しながら話し始めたが、ソラはユキの話をさえぎるように、


「じゃあ、神話でいう神様って、宇宙人のことだって言うの?」


と訊く。


「そうとは断定できないけど……でも、世界最古の文明とされるシュメール以外にも、古代エジプトや、アフリカのドゴン族や、アメリカ先住民なんかにも、そういった神様にまつわる神話伝説があるというの」


 普段、周りには隠している知識を、ユキはソラになら開陳かいちんできるような気がして珍しく饒舌じょうぜつになる。


「で、シュメール神話にも、オアンネスていう神様がいてね。見た目は半魚人なんだけど、七日間で人間にあらゆる学問を教えたとされているの。数学、建築、法学、農業など。そして、人間のそれまでの野蛮な風習をやめさせ、生活を文明的なものにしたと伝えられているの。以後、オアンネスの指導によってもたらされた進歩に付け加えるものは何もない、って言われていたそうよ」


「でも、それは神話でしょ?」


と、あくまで冷静なソラ。


「その通りよ。でも、そこである人は考えた。世界中に同じような神話がある。だから、そのことは何らかの『真実』の反映なのだと。そこで考えられたのが『神=宇宙人』説なのよ」


「そんなに簡単に結びつけちゃっていいのかな?」


「たとえば、作家のゼカリア・シッチンていう人は、『シュメールの古文書には、アヌンナキと呼ばれる宇宙人が地球にやって来て、人類を創造したと書かれている』と主張しているの。本当だったら面白いよね~」


 なぜか、ソラの前では自分が周囲に隠していたオカルト趣味を全開してしまうユキ。


 しかし、ここでソラはついに耐えきれなくなったのか、く、く、く、と笑い出した。


「まったく、ユキちゃんは、何でも信じちゃうんだね」


「何よ、それ、どういうこと?」


 ソラの言い方に、ちょっと小馬鹿にされたようなニュアンスを感じてカチンときたユキ。


 でも、ソラは冷静に、


「あのね、シュメール人は確かによく『謎の民族』とか言われるけど、ぶっちゃけ僕には何が謎なのかわからない、ということだよ」


と、長めの前髪をかき上げながら言った。


「まず『シュメール人は突然、現れた』っていうことなんだけど」


と、ソラはここで一呼吸置いてからゆっくりと話し始めた。

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