3-17. 蜜月

 立っていられないほどの激流の中で、野枝実はきっと一生分のセックスを経験した。


 何食わぬ顔をして変わらない毎日を過ごしながら、時間を作っては無我夢中で抱き合った。そのたびにお互いの内にある底なしの欲求に困惑しながら、二人でそれを貪り尽くした。一晩中、朝も昼も夜も、何度も何度も何度も。野枝実は今まで見たことのない先生の表情をたくさん見て、今まで誰にも見せたことのない表情をたくさん見せた。

 御前崎からの帰り道、明け方のパーキングエリアで先生が買っていた六個入りのコンドームは一月も経たないうちにむなしくなった。生理中にはそれも使わずに交わり、野枝実の誕生日には四回交わり、二人で休みを合わせて作った三連休には合わせて十四回交わった。また会えますか、次はいつ会えますか、次はいつにしますか、野枝実がそれをくり返すうちに三日、四日、一週間と離れないようになり、結局野枝実は先生の部屋に三か月ほど居着いた。

 先生とのセックスの合間に就職活動で一喜一憂し、就職先が決まって先生と小さなお祝いをし、学生相応の苦労をしながら卒論を書き上げ、友達と二泊三日の卒業旅行に行った。その何一つたりとも野枝実の記憶には残っていない。自分の抜け殻が分身として、先生とのセックス以外のすべてをこなしてくれたような感覚だった。


 そのような生活を続けて一年が経ったころには二人とも壊れた人形のようになっていた。体中の力が抜けてぐにゃぐにゃになり、一滴も残らず干からびていた。深く疲労した野枝実は先生の自宅で四十度の熱を出し、胃の中のものをすべて吐き出し、彼に介抱されながら解熱した後にまた交わった。


 いつ捨てられても後悔はないと思うくらいに野枝実は身も心も燃え尽きていたが、先生は野枝実を捨てなかった。


 その年の瀬に二人は普通養子縁組を結んで法律的に親子関係となった。先生の希望によるものであった。それに応じた野枝実は無断で母の戸籍を抜けた。

 動物としてお互いに燃え尽きた後にやってきたのは、穏やかで生々しい時間だった。


 素肌でベッドに寝そべり、隣で眠る先生の背中と、その向こうにある春の夕景を眺めながら野枝実はぼんやりする。大きな体の割に小さな生活音で、様々の家事をそつなくこなしながら小綺麗に暮らしていると、恋人と一緒に住むとはこういうものかと思うし、かと思えば肉や魚を丸ごと調理して台所を汚したり、なみなみに溜めた湯船に体を沈めて豪快に湯を溢れさせたりする様子を見ると、父親との生活はこういうものなのかもしれないとも思う。そのどちらも野枝実にはわからないが、今はただ先生が野枝実の隣で眠り続ける。その背中を眺めるうちに野枝実も眠りに落ちる。


 真っ暗な海。真っ黒の海。夢の中の海はあたたかくも冷たくもなく、しんと静まり返っている。そこを一人で漂う野枝実を照らすのは、海に生えた大木のような灯台であった。野枝実の頭の方向には、どこか知らない街の赤いネオンが小さくまたたいている。灯台のはるか上にある世界、海の果てにある世界。どちらに行き着いたとしても幸福だと野枝実は思った。

 真夜中の海が昔からそこにあるように、先生は昔からそこにいるような顔をして野枝実のそばにいた。

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