3-5. 夜半のコンビニ

 高速を降りると外灯の数が一気に減り、暗闇の濃度がいっそう増した。


 二人は相変わらず音楽とラジオを聴きながら、そこに時折会話を挟みながら、人気のない道をひた走っていた。明るかったらきっと見晴らしのいいまっすぐな道が続いていた。

 先生と二人きりで過ごして何時間かになる。夢のような時間の中で野枝実がわかったのは、先生は思っていたよりもずっと寡黙でおとなしい人だということだった。ぽつぽつと口にされる言葉は余計な愛想が廃され、かといってぶっきらぼうでなく程よい愛嬌があるたたずまいで、どちらも気を遣わないでいられる居心地のいい素っ気なさがある。教師という役から抜けたら、本来はこういう人なのかもしれない。

 それに加えて、程よく脱力した先生から漂うそこはかとない色香のようなものに、野枝実は断続的にどぎまぎさせられていた。教師を辞めてから何か決定的なできごとがあったのだろうか、それとももともとこんな色香を持った人だったのだろうかと、学生のころは感じたことのなかった彼のほのかな甘さを隣で感じながら、はしたない想像を時折巡らせつつ何食わぬ顔で相槌を打ち続けていた。


 まっすぐに伸びる道路の脇に「コンビニ この先二キロ」という看板を確認し、少し走ると看板の通りにセブンイレブンが現れ、煌々と明るい光に吸い寄せられるように車を停めた。

 レジに立っていたのは感じのよさそうなおばさんだった。いらっしゃいませ、ではなく、こんばんは、とにこやかに二人に声をかけるおばさんに、二人して思わずぺこりと頭を下げ、こんばんは、と挨拶を返した。

「あんまんが今ちょうど蒸しあがったところですよ」

 お、やった、と先生は弾んだ声を上げて、早速あんまんを二つ、野枝実の分も一緒に買ってくれた。

 会計中に先生と世間話を始めたおばさんは、すっかり打ち解けた様子で野枝実にも笑いかける。優しいご近所さんが小さな子どもに向けるような笑顔だった。親子だと思われたのかもしれない。


 店の外に出ると薄曇りの夜空が広がっていた。日付がもうすぐ変わろうとしている。星は見えず灰色の雲に覆われていて低く迫ってくるような夜空だったが、突き抜けるように澄んだ夜空よりもなんだかちょうどよく感じ、野枝実は胸がすくような心地よい冷気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 店の前で早速包みを開けてあたたかなかたまりを頬張り、早々と食べ終わった先生は隣で一服し始めた。

「ずっと前、先生とこんな感じで肉まんとか食べましたよね」

「そうだったっけ」

「ほら、私が高校卒業する前に中学に行って、たまたま先生に会って……」

 しばらく虚空を見つめていた先生は、そうだ、とぱっと晴れやかな顔をすると、

「思い出した、準備室か何かで荒木がすごく怖がってたんだ」

 覚えていてくれたことが嬉しく、野枝実は何気なく笑った後にその後の苦い記憶がよみがえって笑顔がひきつる。


 思い出したことがきっかけになったのか先生は続けた。

「あのころと比べてよく食べるようになってよかったよ」

「あのときは全然食欲がなかったんです」

「やっぱりそうだったんだ。なんか、追い詰められてるような顔してたもんな」

「そんな顔、してましたか」

「うん、受験が終わって疲れてるのかなと思ったけど、少し心配だった」

 先生は、すうーっと細長く煙を吐き出してから野枝実を見て、

「今のほうがずっといいよ」

 ずっといい。ずっといい。反芻しながら何とも言うことのできない野枝実をよそに先生は「健康的で」と屈託なく付け加えた。

「それって太ったって意味ですか」

 野枝実がわざとらしくむくれてみると、先生は笑って弁明した。

「違う違う。元気そうで安心したってこと」

 煙草の煙が濃紺色の空に、そこにのびる薄墨色の雲の中に消えてゆく。


 先生が何を考えているのかわからない。この時間に先生はどんな意図を持っているのだろう。こうしてまた会えるのだろうか。これが最後は嫌だなと思う。

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