3-4. 御前崎灯台

 東京と神奈川の県境を越え、小一時間ほど走ったところで二人はサービスエリアに入り込んだ。

 昼間はきっとたくさんの人が行き来しておみやげを買ったり食事をしたりして賑わっているのだろう、夜半に差し掛かった今はまるで活気のない店内を二人でゆっくりと見て回った。

 広いフードコートには、作業着姿の男性が三、四人ぽつぽつと間を空けて腰かけていた。

 ご飯ものが食べたいと言っていた先生は醤油ラーメンを注文している。頭上のパネルに映るその写真がとてもおいしそうに見えたので、野枝実も同じものを頼んだ。


 夜が深まると味の濃いものが身に染みる。二人とも最初にスープを一口すすってため息をつき、それから同時に一口麺をすすると、先生はもうもうと湯気の立ちのぼる器から顔を上げて、うまい、と嬉しそうに顔をほころばせて言った。

「夜中に食べるラーメンってなんでこんなにうまいんだろうね」

 無防備で屈託のない笑顔を向けられながら、野枝実はぼんやりと幸せであった。


 それぞれの用を済ませた後、野枝実が外に出ると先生は遠くの喫煙所で煙草を吸っていた。どこからか地図を調達して眺めていて、野枝実に気づくと手招きして地図を見せた。

「せっかくだからもうしばらく走ってみない?」

 今いるのはここで、もうあと少しで静岡に入るんだよ。先生の説明を聞きながら野枝実は、地図をなぞる先生の指をただ追いかけていた。今どこにいるかなんてどうだっていい、まだこれから行き先があるならどこだっていい。太くてまっすぐな指がなぞる先には、あ、御前崎灯台。

「灯台があるんですね」

「見に行ってみようか」

 野枝実は大きくうなずいた。


 目の前には広大な駐車場が広がっていて、遠くの出入口から時折車が往来している。とはいえ野枝実たちの周囲は更地のようにがらんとしていて、遠くのスペースに大型車両が規則正しく並んでいるばかりだった。

 車と人の休憩所。無機質な場所で吸い込む空気は冷たく澄んでいて、ほんの少し雨の気配がする。

 高速道路、それもこんな夜遅くの高速道路にいるのは初めてなのに不思議と懐かしい。ずっと昔、誰かと来たことがあったのかもしれない。誰と来たかは覚えていないが、もしかしたら顔も知らない父と来たのかもしれない。

 唐突に父らしき記憶に行き当たったが、野枝実は目の前の幸せを噛みしめることに精一杯でそれに気づかなかった。

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