2-13. 母娘と恋バナ

 かつて母とともに寝起きしていた寝室には、野枝実のベッドの代わりに衣装ケースが並べて置かれ、その中には野枝実の服やもう使わない私物が詰め込まれ、上にはレースの布がかけられていた。


「なんか棺桶みたいだね」

 衣装ケースの前にしゃがみ込む野枝実の言葉に母が悲しげな笑みを浮かべる。

「彼氏とは一緒に住んでないの?」

「住んでないよお。すぐに一緒に住むだとか、若い子の感覚とは違うんだから」

 母は明るくくだけた口調で答えたが、どこかぎこちないやりとりなのは母娘でこういう話題を口にすることが初めてでお互いに慣れていないからだろう。

「野枝実もお付き合いしてる人がいるんだったら、結婚する前に一度一緒に住んでみたほうがいいよ。一緒に住んで初めてわかることもたくさんあるからね」

 母はわざわざ野枝実の隣に正座して、当たり前のことを諭して聞かせる。野枝実は一か月ほど前に付き合い始めた人のことを話そうかと思ったが、なんだか気が引けてしまった。


 その人は大学の授業で知り合った、二つ年上の先輩であった。無造作な飾らない感じに惹かれた。大学生らしからぬ実直で落ち着いた人柄が心地よかった。野枝実から異性に告白するのは生まれて初めてのことであった。本当は生まれて二度目であったが、野枝実はこれが初めてだと思うようにしていた。

「そんな人、今はいないってば」

「ほんとに? もしこれから彼氏ができたら連れておいでなさいよ。野枝実にふさわしい人かどうか、お母さんがジャッジしてあげるから」

 彼氏、のところをほんの少し力ませて母は言う。気持ちの若さでは娘に負けない、強くて明るいお母さん。そんな役のお芝居を見ているようだった。


 初めて生理が来たことを母に打ち明けたときのような気恥ずかしさが起こった。実際そのときも母はうつむく野枝実の隣に文字通り寄り添い、女の子はね、赤ちゃんを産むためにね、と教科書のようなことを野枝実に言って聞かせた。母自身が一番恥じらっている様子がいたたまれず、どんなことが起こるのかはだいたいわかっているのだから、いっそのこととことん事務的な態度で接してほしいと思ったものだった。


 そんな大昔のことを思い出しながら、野枝実も何かの役になりきって明るく母に言った。

「もー、お母さんってば。それより早くピザ食べようよ、お腹すいちゃった」

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