2-11. 2007年11月16日[1]
美術室の長机の一角で、机に乗せたトレイから爪先で一つ、また一つとビーズをつまみ上げてテグスに通してゆく。ビーズクラフト部で野枝実は久しぶりの作品制作に取り掛かっていた。
今回のテーマは冬の花。もう一人の部員の理央と話し合って決めたテーマで、野枝実はマーガレットを作ることにした。用意するビーズは白と黄色の二色だけなので、過去の制作で余った手持ちのビーズだけで作れそうだったからだ。最初はストラップにしようかと思っていたが、フレームに入れて飾れるように少し大ぶりに作ることにした。三年生の十一月、恐らく時期的に最後の作品になるであろうから、今までの集大成的なマーガレットを作りたいと思った。
「私はシクラメンにする」
理央は先ほどそう言ったきり黙って作業に没頭している。野枝実以上に人見知りで物静かな彼女が、何を考えているのか未だに野枝実はよくわからない。三年間一緒に過ごしてようやく世間話らしきことができるようになってきたとはいえ、今でも必要以上のことは話していない。
野枝実は「シクラメンかあ、すごーい」と相槌を打つもののやはり理央からの反応はなく、下を向いてもう集中モードに入っている。
「の、え、み、さん」
背後からアイリがぬっと現れ、野枝実の肩に顎を乗せた。突然出現したアイリの白い頬に驚いて、野枝実はビーズの入ったトレイをひっくり返しそうになった。
「もう、いきなりやめてよー」
野枝実は胸をおさえながらアイリに抗議する。
以前、同じようにアイリに後ろから不意打ちで脇腹をくすぐられたとき、ひゃあっと間抜けな声を上げた野枝実は、驚きのあまり机に半身を強打し、トレイに入ったビーズを床にぶちまけて大変なことになった。その場にいた美術部員たち総出で拾うのを手伝ってもらったが、不格好にしゃがみ込んで一粒一粒を拾い集めながら、野枝実は顔から火が出そうなほどに赤面したものだった。そういえば、そのときは理央も一緒に拾ってくれた。
「だって野枝実ちゃんの反応おもしろいんだもーん」
いたずらっぽく笑うアイリはいつの間にか野枝実の髪をほどいて三つ編みにしようとしている。んもー、と野枝実が手を払いのけようとすると、「ちょっと待って待って、三つ編みうまくできそうなんだから」と逆に彼女にたしなめられてしまう。
「ねえ、理央ちゃんにウケてるよ」
えっ。アイリの言葉に野枝実は動きを止めて理央のほうを見た。ビーズに視線を落としたまま手を止めてくすくす笑っていた理央は、二人の視線に気づくと小動物のように体を震わせた。アイリはすかさず野枝実の隣に顔を並べ、屈託なく声をかける。
「ねえねえ、三つ編み野枝実、かわいくない?」
「かわいい」
か細く澄んだ声が返ってきた。理央はもったいぶって噛みしめるように言ってから、
「昭和のべっぴんさんみたい」
そう付け加えてまた手元に視線を戻した。
昭和の、べっぴんさん? 一瞬の沈黙の後にアイリが爆笑し、あっけにとられている野枝実の背中をばしばし叩く。理央はというと、一人で大笑いするアイリには目もくれず黙々と作業をしていたが、うつむいたその口元は恥ずかしそうにぎゅっと結ばれていた。
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