革命の子

百日紅

革命の子

3つ隣の家には、兄貴が住んでいる。血の繋がった兄ではない。この村の若者のなかで最も体が大きくて、面倒見も良く、若者達の中心的な存在なので、皆が彼を慕って「兄貴」と呼んでいるのだ。その兄貴には首都に知り合いがいるようで、月に何度か彼から手紙が送られてきた。


十分すぎるほど「田舎」に分類されるであろう俺の故郷は、17歳の俺にとってはあまりにも小さな世界で、平穏な代わりにひどく退屈だった。それに引き換え、兄貴のもとに知り合いから届く手紙の、なんと刺激的なことか! いつからか、俺はその手紙を見せてもらうことだけを楽しみに、代わり映えのしない生活を乗り切るようになっていた。


「おい、手紙が来たぞ!」


兄貴が村の若者達を呼び集めている。俺も農具を放り投げ、一目散に兄貴の元へ向かった。あらかた若者達が集まったのを確認すると、兄貴は手紙を読み上げる。


手紙にはいつも、政治の話が書いてあった。隣国との関係はますます悪化しており、いつ戦争が始まってもおかしくない。それなのに、現在のところ政治的権力を握っている皇帝や貴族達は、傲慢で民を顧みず、富を貪り権力に執着しており、宮殿には賄賂が蔓延っている。そしてその状況を打ち破るため、首都に続々と革命の志士達が集まっていること、手紙の送り主もその1人であることも。


「このまま腐りきった皇帝や貴族どもに政治を任せていては、いずれこの国は滅びるだろう。国を守るためには、革命が必要だ。奴らを倒さなければ、この国の未来はない!」


兄貴が力強く叫ぶと、村の若者達は一斉に同意の声をあげた。この片田舎まで首都の政治の様子を伝えるものは、時折顔を合わせる感じの悪い役人の他には、兄貴の知り合いから届く手紙だけだった。だから、革命の熱に浮かされた若者達は皆……俺も含めて、この手紙に夢中だった。




「俺も、首都に行こうと思う」


ある日のこと、村の若者達の前で、兄貴はそう宣言した。


「国の一大事を、このちっぽけな村で指を咥えて見ているだけというのは、もう我慢ならない。俺も首都へ行き、同志と共に救国の英雄となる!」

「さすがだぜ、兄貴!」

「兄貴、頑張れよ!」


わあわあと叫ぶ若者達の中、俺は手を挙げて、「兄貴! 兄貴!」と叫んだ。


「兄貴、俺も首都に連れて行ってくれ!」

「お前を?」

「ああ。俺もこの村を出て、革命に加わりたい。どうせ俺には兄弟がいるんだ。俺が革命で死んだって、跡継ぎには困りやしない」


兄貴は嬉しそうに笑い、俺の肩をがっしりと掴んだ。


「そうか、そうか。お前が来てくれるなら頼もしいな。状況は刻一刻と変わっている。荷物をまとめて、明日にでも出発しよう」


俺は喜び勇んで、兄貴に言われた通り、大急ぎで荷造りをした。両親は俺が首都へ行くことに反対したが、そんなことに構ってはいられない。頭が固い親父とお袋は、俺達がやろうとしていることの重大さも、崇高さも、何も分かっちゃいないんだ。


そうして俺と兄貴は、小さな村を出て、意気揚々と首都へと向かった。




初めて足を踏み入れた首都は、どこもかしこも人ばかりで、ひどく騒々しい場所だった。俺たちはそこで兄貴の知り合いと合流し、路地裏にある地下酒場へと連れて行かれた。革命を志す者が集う酒場なのだと言う。首都には、こういう場所が他にもいくつかあるらしい。


「この国の特権階級は、愚かで野蛮な連中ばかりだ!」

「そうだ、そうだ!」

「この国の帝政は長く続きすぎた。今こそ澱んだ政治を変える時だ!」

「そうだ、そうだ!」


酒場にたむろする若者達は、酒を飲みながら口々にそんなことを叫んでいた。村の若者達の集まりとは段違いの熱気が、ここが首都であることを物語っている。


「おい、ずいぶん小さいガキがやってきたもんだな」


ガタイの良い男が目ざとく俺を見つけて、大きな声で言った。それを聞いた若者達の注目が、一斉に俺に集まる。


「どうしても革命に加わりたいって言うもんだから、俺が連れてきたんだ。そうだろ?」


緊張が押し寄せてくる俺の肩を叩きながら、兄貴が答える。ああ、何か言わなければ。


「俺はまだ若いが……国を思う気持ちは誰にも負けない」


それから、それから……。俺は兄貴や酒場の若者達の真似をして、力一杯叫んだ。


「腐った皇帝や貴族どもをぶっ倒して……俺達が救国の英雄になるんだ!」


次の瞬間、どっと歓声が上がった。皆が俺を褒め称えている。まるで世界の中心にでもなったかのような感覚だった。


「お前はもう立派な革命の志士だ!」


どこからか、そんな声が聞こえてくる。


そうだ、俺はもう、ちっぽけな田舎の村にいた頃の、農家の子供として燻っていた頃の自分とは違うんだ。そう思うと、心が沸き立ち、ゾクゾクした。俺は今日から、ここにいる若者達と共に国を救う、革命の志士なんだ!


その日から、俺は酒場に入り浸り、他の若者達との議論に熱中した。生まれや境遇はバラバラでも、皆が国のためを思い、一致団結して革命を志している。この酒場は俺にとって、ひどく居心地の良い空間だった。




「今夜遅く、革命を決行する」


俺と兄貴が首都に来てしばらく経ったある日、1人の男が言った。雨と風が強い日だった。


「夜になれば、嵐はますます強くなるだろう。それに、今夜は警備が手薄になることも分かっている。これは神様が俺達に授けた、またとない革命の機会だ」

「そうだ! 神様は俺達に味方しているぞ!」


別の男が声をあげ、また周囲の若者達がそれに同調した。


「別の場所で集まっている同志達と一斉に武装蜂起し、宮殿に突入する。皆、覚悟は出来ているな?」


俺は、兄貴や地下酒場の若者達と共に拳を突き上げ、声を揃えて叫んだ。


「革命だ! 革命だ! 我らは救国の英雄となるのだ!」




真夜中、俺達は配られた武器を手に、宮殿に突入した。本物の武器を初めて持ったのはほんの数日前で、あとは故郷で木製の剣を振り回していたくらいだが、それでも平和ボケした兵士達相手には十分だった。


俺達は立ち塞がる敵を殺しながら、どんどん進んでいく。宮殿はたちまち大混乱に陥り、居合わせた貴族たちはあちこちに逃げ惑っていた。


その中には、小さな子供の姿もあった。兄貴は逃げ遅れた子供の襟首を掴むと、乱暴に引きずり倒した。


「兄貴! 何やってんだよ」


俺は咄嗟に兄貴を止めた。なぜだか急に、故郷にいる末の弟のことが頭をよぎったのだ。この子供も、ちょうど弟と同じくらいの年頃のはずだろう。


「決まってるじゃないか。こいつを殺すところだよ」

「お願い! 助けて!」


泣き叫ぶ子供に構わず、兄貴は血塗れの剣を子供に向ける。


「こんな小さい子供も殺すのか?」

「こいつは貴族だ。この国を蝕む存在なんだよ」

「でも……!」


兄貴は躊躇わず、その視線に憎しみすら込めて、貴族の子の胸を剣で突いた。子供の痛々しい悲鳴が響く。


「いいか、お前、よく覚えておけ。こいつらは国のため、殺されて然るべき存在だ。子供だからといって、情をかけるな」


……本当に? いくら貴族とはいえ、まだ何も分かっていないような幼い子供だ。あの子に何の罪があったと言うのだろう?


「それから、金目の物を回収するのも忘れるなよ。武器の調達のために借金をしているし、これから俺たちが新しい政治をやっていくにも、金は必要だからな」


貴族の子がはめていた指輪を抜き取り、ポケットにしまいながら、兄貴は言う。


「……そんな」


これじゃあまるで追い剥ぎだ。野蛮なのはどっちだよ。そもそも、本当に国を変える手段はこれだけだったのか?


ほんの少し前まで革命の高揚感に燃えたぎっていた心が急速に冷え、恐ろしさに震えるのを感じる。けれど、何かを言う資格もない革命軍の俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。


それから間もなく、革命軍は逃げ出そうとしていた皇帝とその家族を取り押さえ、捕縛した。翌日の正午、民衆が集まる広場で皇帝一家を処刑した革命軍は高らかに勝利を宣言し、首都に新しい政府を樹立した。




革命の日から、数週間が経った。


新政府に加わる気のなかった俺は、故郷の小さな村に帰ってきた。あれだけ退屈に思えた長閑な光景が、なぜか今はひどく尊いものに思われる。勝手に家を飛び出しておいて急に戻ってきた俺を、何も言わず家に入れてくれた親父とお袋の優しさが、痛いほど身に染みた。


首都からの噂話は、絶えず入ってくる。革命によって首都がひどく混乱し、治安が悪くなっていること。もともと烏合の衆だった新政府は、誰が政治の主導権を握るかの内輪揉めに明け暮れていること。そんな有様なので、新政府は人々の支持を得ることができないままだということ。


革命の前より状況が悪くなっていることは、誰の目にも明らかだ。国を救うための革命ではなかったのか? 俺たちは何のために戦ったんだ? そう尋ねても、誰も答えてはくれない。首都に残った兄貴もまた、仲間の裏切りにあって殺されたと聞いた。


俺達の慕った、あの明るくて面倒見の良かった兄貴は、果たしてこんなにあっけなく死んでいい人だっただろうか。いったい何が、兄貴を、俺を、あんな残酷な人間に変えてしまったのだろうか。




この国が隣国に攻め滅ぼされたのは、それから3ヶ月後のことだ。

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