第40話 【おまけ】本編完結五ヵ月記念
【前書き】
Twitterのアンケートで要望が多かったので、本編完結(21年3月13日)からちょうど五ヵ月が経ったこともあり、記念に短編を書きました。
『39、とにかく全部が、可愛い④』より時系列は後ですが、1~39を読んでいなくても問題はありません。
◆◆◆
まぶしい光が瞼を焼いた気がして、カルヴァンは眉間にしわを寄せながらゆっくりとそれを押し開く。
視界に飛び込んできたのは、屋敷の天井ではなく、長年見慣れた兵舎の自室の二段ベッドだった。
(……?……俺、昨日、兵舎に泊まったりしたか……?)
寝起きでぼんやりする頭が、強烈な違和感を発する。イリッツァと屋敷で同棲するようになってからは、よほどのことがない限り、屋敷に戻っていた。ヴィクターに押し付けられた仕事で激務を極めたあの時期ですら、リアムに止められても意地でも戻っていたのだ。
今、カルヴァンが兵舎に泊まらざるを得ないなど、よほどの緊急事態のはずだが、あいにくそんな事態に陥ったという記憶がない。
(仕事中に、仮眠でもしたんだったか……?)
視界の隅で確認した窓から差し込んでくる太陽の角度は、朝と言うには傾きがおかしい。どうやらすでに昼を過ぎているようだ。……ということは、業務中である可能性が高い。
くぁ、と欠伸を漏らしながら、ゆっくりと身体を起こす。職務中の仮眠など、リアムに適当なところで起こすように指示をした後にたいてい執務室のソファで済ませてしまうはずだが、わざわざ自室に戻ってベッドに横になるなど、よほど疲れていたのだろうか。
寝る前の自分の行動に疑問を呈しながら、ぼんやりと部屋を見回すと――
ガチャッ
背後で、ノックすらなく扉が開く音がして、一瞬でどこかぼんやりしていた意識が覚醒する。
仮にも、騎士団長の私室だ。縦割りのこの社会において、気心が知れているリアムであったとしても、ここまでの無礼な振る舞いはしない。
(誰だ――?)
まさか、一般常識すら欠落している新兵でもいたのだろうか。
カルヴァンは、自分の私生活の領域に不用意に他者が干渉してくることを嫌う。その不可侵の領域に無遠慮に踏み込んでいいと許可を与えているのは、三十年生きた人生の中で、たった一人だけだ。
不機嫌を露わに入り口の方へと振り返ろうとして――
「あ。やっと起きたか。……ったく。今何時だと思ってんだよ。相変わらず休日のたびに朝帰りして昼過ぎに起きる爛れた生活、そろそろどうにかしろ。そんな無茶な生活出来るの、若い時だけだぞ」
「――――……」
響いた声に、振り返ろうとした身体が不自然に硬直する。灰褐色の瞳が、驚きに見開かれ、ぱちぱちと何度も意味のない瞬きを繰り返した。
耳に飛び込んできた、気安い声。今や泣く子も黙る英雄の騎士団長相手に、こんな口調で話せる人間は、王国内で一人だけだ。
(は――――…?嘘、だろ――……?)
その人物には心当たりがある。
私生活に無遠慮に立ち入ることを許した存在。気安い口調で、呆れたように苦言を呈すのも、いつも通り。
だが――
――響いた声に、脳が全力で混乱している。
「……カルヴァン?どうした?」
「――――……」
最近では、めっきりそんな風に呼ばれることは少なかった。呼ばれるとしたら、外で出逢ったとき――彼女が聖女の仮面を張り付けているときくらいだ。屋敷の中で、プライベートの空間で、彼女は当たり前のように『ヴィー』と聞き馴染んだ愛称で呼びかけてくる。
だが、不思議なことに、兵舎の私室という完全なるプライベート空間にも関わらず、今しがた響いたその声に『カルヴァン』と呼ばれることに――違和感を感じない。
いや、違う。
違和感を感じないことが、違和感なのだ。
「――――……ツィー……?」
混乱する頭を整理できないままに、ギギギギ、と無理やり声のする方向へと頭を向ける。
「へっ!?」
驚いた声を上げたのは――目の前の男だった。
(――――――男……)
――――そう。
男だ。
三百六十度、どこからどう見ても、ゴリゴリの筋肉美を誇る身体をした、男だ。
「な……なななな、何……!?」
慌てて、困惑しきった声で、目を泳がせながら返事をするその男は――
――遠い記憶の中にある姿と、何も変わらない。
その昔、隣国の民を恐怖のどん底に突き落とした、印象的な赤銅色の短髪。趣味が鍛錬と言って憚らないだけあって、女顔の下にくっついている鍛え抜かれた身体つきが強烈な違和感を発している。王国民らしく白く透き通った肌は、兵士らしく健康的に少し焼けていて、その手はごつごつとして幾つもの剣胼胝が出来た無骨なものだ。そして、先ほどから部屋に響く、ぐっと出た喉仏から発せられる声は、十五を過ぎた少年らしく、当然ながら声変り後の低い声。
(――――――あ。これ、夢だな)
記憶の中の美少女と唯一変わらないアイスブルーの瞳を見つめながら、カルヴァン・タイターは早々に結論づけて、呆れたように軽く嘆息したのだった――
「……あぁ。おはよう、ツィー」
「お……お、おぅ……もう、おはようって時間じゃねぇけどな……」
混乱の残る頭で、とりあえず声をかけると、相手も困惑した様子で、それでも一応返事を返してきた。
コリコリと左耳を掻きながら嘆息し、体を起こして洗面台へと向かう。――確認しなければいけないことがいくつかあった。
洗面所で顔を洗い、冷たい水で意識を再度はっきりさせて、見慣れた鏡を覗き込む。
(――やっぱりか……)
鏡に映りこんだ己の姿に、苦い顔で黙り込んだ。
そこに映る姿は、現実の自分の姿よりだいぶ若い。
(ツィーの姿が若かったから、もしかして――と思ったが。やっぱり、俺も、十五くらいか)
そうして、やはりこれは夢なのだろうと結論付ける。
そう考えれば、合点がいく。彼が十五前後の外見なのは――自分と同じように三十路まで年齢を重ねた彼の姿を、カルヴァンは見たことがない故に、脳が想像できなかったのだろう。
カルヴァンの私室にノックの一つもなく入室してくるのも、当然だ。――ここは、彼の部屋でもあるのだから。自室にノックなど必要ない。
(……だが、さすがにこれは初めての経験だな……)
再び左耳を掻きながら、ゆっくりと状況を整理する。
今まで、幾度となく彼――リツィード・ガエルが生きていたころの夢を見たことはある。彼の最期をなぞるような胸糞悪い夢から、何ということもない日常の想い出をなぞるような、ある種目覚めた後に胸糞悪くなるような夢まで、幾度となく。
だが日常をなぞる夢に関しては、実際にカルヴァンが過去に体験したことを、そのままそっくりなぞるだけの夢だった。その夢の中で、自分は三十路を迎えたときの記憶など持っていない。その後に起こる悲惨な彼の最期など知る由もなく、相変わらず「うわ、最低」「お前、ホント性格悪い」などと呆れたように罵られながら、実際に過去起きた出来事を、当時の記憶のそのままになぞるばかりだった。
(……現実の記憶を持ったまま、この時代の日常の夢を見るのは初めてじゃないか……?)
今がいつなのかは知る由もないが、彼がこうしてピンピンしているということは、少なくとも例の事件が起きる前なのだろう。
(聖人だって打ち明けられないってうだうだ悩んでた時期か?それとも、母親が死ぬ前か?師匠は存命か?――そもそも、アルクの戦いは終わっているのか?)
外見特徴が、彼を最後に見たころと大して変わっていないことを考えても、おそらくさかのぼったとしても死ぬ前の一年前後だろう。
ふぅ、と嘆息してから、カルヴァンはとりあえず部屋へと戻る。
見慣れた――昔は見慣れていたが、今はひどく懐かしい――背中は、どうやら鍛錬用の剣を引っ張り出して点検しているらしい。
(コイツ、休日はきっちりいつも同じルーティンばっかりこなすからな……)
記憶の中の彼の行動と同じであれば、時刻を考える限り、今はきっと午後のルーティンの一つである愛馬の世話を終えて帰ってきたところなのだろう。そうなれば、彼はきっとこの後、鍛錬場に赴いて日が暮れるまで剣を振るはずだ。――仕事が休みの日にまで、延々鍛錬をしつづけられるのは、やはり本人が趣味だと言い切っているだけあって、心からそれが好きで好きで仕方がないのだろう。
(……これが、あんな美少女に生まれ変わるんだからな……本当に、あの姿で生まれてくれて感謝だな)
シャツの下からでもわかるくらいに、鍛え抜かれた背筋が盛り上がった背中を見ながら苦笑いをこぼす。美少女の姿をしていても、鍛錬用の剣を手入れしているときのウキウキした背中は一緒なのが、なんとも言えない複雑な感情を呼び起こす。
現実世界の休日で見かける、同じように鍛錬用の剣の手入れをしている時の彼女を脳裏に思い描く。最高の手触りを持った銀髪を邪魔にならないように高い位置でひとくくりにして、聖女の仮面を取っ払っている少女の嬉しそうな表情は、何度見ても好みのタイプど真ん中で可愛くて、何なら露出した項が色っぽくて、不意にちょっかいを出したくなる雰囲気なのだが、今の赤銅色の髪をした青年は、全く同じ顔をしているというのにそのシャツの下の筋肉美を想像するだけで萎える。それはそれは萎える。
何やらウキウキしている彼の作業に口をはさむのもどうかと思ったが、せっかく、めったにない機会だ。夢とわかってはいるが、せっかくならこの状況を堪能してもいいだろう。
――どんなに望んでも、現実で、この姿をした唯一無二の親友と、こうして顔を合わせて言葉を交わすことだけは、永遠に叶わないのだから。
「ツィー」
「ふぇっ!!!?」
ごとんっ、と何か大きな音がした。驚いて何かを床に取り落としたらしい。
「……なんだ。そんなに驚かなくてもいいだろう」
「い、いや……ぅ……ご、ごめん……」
「?」
ただ声をかけただけで尋常ではない驚き方をされて、疑問符を上げる。リツィードは、謝りながらもまだ少し驚きが残っているのか、心臓の当たりを抑えている。よほどびっくりしたらしい。
「今日のお前の予定は?」
「へ?……えっと……いつも通り、このまま鍛錬場に行って、ひと汗流してから、食堂行くぞ」
「……呆れるくらいいつも通りだな」
記憶の中と、全く相違ない行動に、思わず苦笑して嘆息すると、リツィードは軽く首を傾げた。それなの何がいけないのか、とでも言いたいのだろう。
「……あ。もしかして、何時がいいとかあるのか?」
「ん?」
「夕飯の時間。――調理場使える時間とか、もしかして制限ある?」
(調理場――?)
軽く眉を顰める。何の話か、と思って視界を巡らし――不意に、壁に掛けられたカレンダーが目に入った。
「――――な――……」
「?……どうした?」
カレンダーに書かれた日付に目を見張り、思わず絶句する。その様子に、今度はリツィードが怪訝そうに眉を寄せた。
(ありえない――どういうことだ――?)
そこに書かれている日付は、間違いなく――
――リツィード・ガエルが迎えることが出来なかった、彼の十六歳の誕生日であることを示していた――
(とりあえず――色々と、イレギュラー極まりない夢だということはわかった)
カルヴァンは、そのうち混乱のあまり痛みを発しだしそうなこめかみを抑えながら、とりあえず昔のように鍛錬場へと向かうリツィードを見送り、兵舎の調理場へと足を向けた。夕飯として一般兵に振舞われる献立を確認して、使用される食材にあたりをつける。残る食材がカルヴァンが好きに使える食材だ。
「肉は買い足さないと残りそうにないな。後で出かけるか。使えそうな調味料は――……ん?珍しい香辛料が入ってるな。これ使うか。食ったことないだろ、アイツ」
カルヴァンの母親はファムーラ共和国の出身で、幼いころによく食べていた味は、王国の味付けとは異なった。商人をしていた父もよく、珍しい調味料を仕入れてきては、母に渡していたことを、もう遠くなった記憶の彼方で何となく覚えている。そのせいか、カルヴァンは自分のために食事を作るとき、時折そうした王国では珍しい味付けの調理をする。料理など、誰かに習ったことがあるわけではないので、全て我流であり、これが正しい調理法なのかどうかなど知らないが。
「あー……辛すぎるのはダメだったか。癖があるのは平気か?――まぁいい。食わせてみるか」
ぶつぶつと、リツィードと過ごしたころの記憶と、イリッツァの普段の食事を思い出しながら独り言をつぶやく。
毎年、彼の誕生日に、好きなものを振舞ってやる、というのがいつからか出来た二人の間の暗黙の了解だった。だが、なんでもリクエストを聞く、と言っているのに、彼がちゃんとしたリクエストをするのは稀で、たいてい「何か旨いもの」という完全に丸投げのオーダーが飛ぶことが多い。「お前が作ると、なんでも旨いから」との絶大の信頼があるかららしいが。
兵団に入る前、リツィードと学校に通うようになって、彼は初めて誕生日というものは家族に祝われる行事なのだということを知ったらしい。そんなことすら知らずに生きてきた幼い少年を哀れに想い、その常識を知ってしまった後に、あの冷え切った家庭に誕生日当日も帰らねばならないというのが不憫で、何かできないかと考えたカルヴァンの苦肉の策が、手料理を振る舞うことだった。当時のカルヴァンは、教会に身を寄せていた身だ。当たり前だが十分な金銭の収入などない。金のかかる贈り物を用意するなど、カルヴァンには到底困難だったのだ。
当時から、誰かの世話になるなどごめんだと言って憚らず、自分の身の回りのことは全て自分でやる、と豪語してはその通りに振舞っていたカルヴァンは、教会の敷地内にある調理場も好きに使用できた。何も持たないカルヴァンが、唯一、友の誕生祝いにしてやれることは、それくらいしか思いつかなかったのだ。
(それが、まさか十五の誕生日まで――いや、まさか、三十路超えて再会したあとの誕生日まで続くとは思わなかったが)
ぼんやりと考えながら、ふと、こんな夢を見た理由に思い至る。
「――あぁ、そうか。ツィーの、十六の誕生日だったから――」
リツィードが、どんなに願っても迎えることが叶わなかった、『十六歳』の誕生日。
その特別な一日を、イリッツァ・オームとして迎えることが出来た現実世界を経て、脳がこんなイレギュラーな夢を見せているのだろう。
もしも、彼が、あんな悲惨な最期を迎えず、この日を迎えられていたら――
――こんな、穏やかで、何気ない、幸せな日常を送れていたのだろうか、と――
「――――……」
左耳を軽く掻いて、苦い吐息を漏らす。――なかなかどうして、自分は意外と女々しい部分があるらしい。
この夢は、絶対にあるはずがない『もしも』の世界だ。
カルヴァンにとって、都合の良すぎる、『もしも』の世界。
この世界では、リツィードは帝国の陰謀に巻き込まれることもなく、凍てつく地下牢で鎖につながれて拷問を受けることもなく、磔刑に処されて愛する自国民に石を投げられることもなく、灼熱の業火に身を焼かれることもない。
いつも通り、休日には朝から礼拝をして、鍛錬をして、剣の手入れをして、馬の世話をして――誕生日には、親友と一緒にささやかにその一日を祝って。
聖女だの聖人だのといった柵からも、聖職者としての矜持だとかそんなくだらない思想にもとらわれない。彼は王国最強の剣士リツィード・ガエルとして、『アルク平原の死神』として大陸にその名を轟かせ、彼が何より好きで好きでたまらない剣術を、誰に憚ることなく極め続けられる世界。
彼が、彼らしく、当たり前の毎日を生きられる――そんな、まさに、夢のような、世界。
だから――せめて、目が覚めるその瞬間までは。
自分に酷く都合のいい、この夢の中の彼との時間を大切にしようと思った。
「うわっ!すご、何これ、うまっ……!え、止まんない!癖になる!」
「そうか。まだあるから味わって食え」
一般兵たちの食事提供時間が終わった後の食堂――誰もいなくなったその部屋で、リツィードは差し出された食事をがっついていた。その向かいに腰掛けて、カルヴァンは苦笑しながら頬杖をついてその様子を何とはなしに眺める。
(最近のツィーは野菜と魚中心の食事ばかりだから、こうして肉料理をがっつくコイツを見るのは久しぶりだな)
エルム教は決して肉食を禁止しているわけではないので、おそらくイリッツァの個人的な好みの話なのだろう。イリッツァは普段、薄味で一見質素にすら見える食事を好む。清貧を愛す聖職者らしく、他の食材に比べれば多少値が張る肉を積極的に食すのを好まないのかもしれないし、幼少期から一緒に暮らしていたダニエル・オームの好みだったのかもしれない。
この時代のリツィードは兵士だ。自分で食事を用意するスキルなど皆無の彼は、兵舎の食堂で出される決まった献立をそのまま食べる。当然それは、身体が資本の兵士たちに合わせて、肉体を効率よく造るための献立になっていた。
(まぁ、おかげで今は、この時代のリツィードに比べて、鍛錬量に比例して筋肉量が増えて行かないのが幸いだが)
本人はそこに思い至っていないのか、いつも「何で筋肉つかないんだろ……」などとしゅん、としているが、カルヴァンは気づいていても指摘しない。――どんなイリッツァも嫌いになることはないのは事実だが、さすがに筋肉だるまになったゴリラみたいな女を抱きたいと思う趣味はない。
「好き嫌いが分かれる味かと思ったが、気に入ったか?」
「うん!すげーうまい!」
「それは良かった」
(……今度、ツィーにも作ってやるか)
脳裏に銀髪の美少女を思い描きながら、そんなことを考える。
もぐもぐと食べ盛りの少年らしく、皿の中身をがっつくリツィードを、なんとも言えない気持ちで眺めた。
(現実世界の俺は、この日何をしてたんだったか――あぁ、一番気分が落ちてた頃か)
リツィードが死んだのが、冬の入り口。そして今日は、春の手前。
一つの季節が過ぎようとしても全く癒えない傷は、毎日毎日悪夢となってカルヴァンを苛んでいた。国内は今までにないくらい混乱しきっていて、世界のすべてを恨みたい気持ちだったが、具体的に何を恨めばいいかすらわからなかった、あの頃。食事すら満足にとっていたかどうか、怪しい。
何故、どこで、何を間違ったのか。
いつ、何を、どうしたら、この事態を防げたのか。
――今、これから、何をしたら、この地獄から解放されるのか。
リツィードの影がそこかしらに残るあの部屋で、四六時中そんなことばかりを考えて、生きる意味すら分からなくて――ただ勝手に呼吸が続き、勝手に心臓が動いている、という、ただそれだけの毎日。
「でもほんと、お前って意外性に溢れる男だよな」
「……何がだ?」
ふと、思い出したように声を上げたリツィードに聞き返す。
「だって絶対、お前が実は料理とか掃除とか完璧だとか、誰も信じねーもん。……これで女癖と性格が悪くなかったらなー」
「……悪かったな」
ふ、と思わず苦笑が漏れる。イリッツァがラムダ湖のほとりで似たような発言をした日を思い出した。
これは、本当にリツィードがこの頃からそう思っていたのか、あの日のイリッツァとの記憶を脳が都合よく切り貼りして見せているのか。知る術はないが、彼と彼女が同一人物であることを印象付けるのには十分だった。
「まぁ、同僚のほとんどは、あの部屋の掃除はツィーがしてると思ってるだろうな」
「っ……!」
『奇跡の部屋』などという馬鹿馬鹿しい呼び名がついている自室を思い浮かべながら鼻で嗤うと、リツィードは不自然に息を詰まらせた。
「?……どうした」
「っ……な、なんでも――」
ごほごほ、と軽くむせながら水を流し込んで、リツィードは息を整える。
ふぅ、と一息ついてから、最後の一口まで食べきって、食後の挨拶まで律儀に済ませた後、スプーンを置いて、リツィードは切り出した。
「あ――あのさ」
「ん?……なんだ」
「きょ……今日のお前、どうしたの?」
「……?」
問われている意味が分からず、視線だけで問い返す。――こういう時、長い付き合いというのは、コミュニケーションが楽でいい。
視線の意味を正しく受け取り、リツィードは少し気まずそうに視線を逸らした。
「その――なんで、今日だけ……」
「?」
「な――名前――……」
「――――は?」
これ以上なく怪訝な顔で眉を顰めると、リツィードは言いにくそうに「ぅ……」と言葉に詰まった。
(名前?)
言われた言葉の意味を考える。何がおかしかったのか、と改めて考え――
「――――あぁ。なるほど。そうか。確かにな」
合点がいって、頷く。
(この時代、リツィードを『ツィー』なんて呼ぶのは、何か真面目な話があるときくらいだったな、そういえば)
左耳を掻いて軽く嘆息する。
(……ついうっかり、いつもの感覚でいたな)
現実世界で、イリッツァを呼ぶとき、基本的にカルヴァンは彼女のことを『ツィー』以外の呼び名で呼ばない。彼女をイリッツァと呼ぶのは酷く違和感が伴うし、リツィードと呼べば周りが混乱する。故に、『ツィー』という愛称で呼ぶのが定着してしまった。婚約者となった今、彼女を愛称で呼んだとて目くじらを立てるような存在は少ない。
だが、この時代を思い返してみれば、十年来の付き合いがあるとはいえ、お互いが思春期真っ盛りの少年だ。いつまでも子供じみた愛称でお互いを呼ぶのが何となく気恥ずかしくなり、いつの間にか普段の会話でそう呼ぶ機会は自然に減っていった。
思い返してみれば、この夢が始まった瞬間から、何度も『ツィー』と呼ぶたびに彼はこれ以上なく驚いていた。おそらく、何か特別なことでもあるのかと身構えたのか、単に呼ばれ慣れていないため驚いたのか。
(すでに三十路になっている身からすれば、別に呼び名なんてなんだっていいだろうと思うが――まぁ、こいつはまだ思春期真っ盛りの精神年齢なんだろうしな)
「……なんでだろうな。何となく、だ。――まぁ、嫌なら呼ばない」
呼ばれるたびに気恥ずかしさがあったのかもしれない、と思って訂正すると――
「いっ――いいい嫌とは言ってない!」
「――――……」
食い気味に否定され、ぱちぱち、と目を瞬く。
イリッツァに比べて、己の主張をすることが圧倒的に乏しかったリツィードが、この低い声が、こんなに必死になって何かを主張したところは、記憶の中でもかなり少ないはずだ。
何度か瞬きを繰り返し――ふと、思い至る。
(――もしかして、俺がつけた愛称を気に入ってたのは、転生前からなのか?)
イリッツァがその愛称で呼ばれることを特別視していることは、この一年ほどで嫌と言うほど実感している。だがそれは、聖人であると打ち明けたら嫌われて二度とその愛称で呼んでもらえないのではという馬鹿馬鹿しい恐怖に捕らわれたまま転生して、女になった結果、二度と呼んでもらえないことが決定的になって絶望していた十五年があったせいだと思っていた。その期間に、彼女の中では、その呼び名で呼ばれることが奇跡のように思われて、執着を増していっただけだろうと――
「……もしかしてお前、意外にこの呼び名、気に入ってるのか?」
「っ――――」
息を詰めて、少し気まずそうにさっと視線を逸らすのが、何よりの答えだ。――言葉などなくとも、相手が何を考えているのかくらい、大体わかる。
「……へぇ。知らなかった」
「わ……悪いかよっ……!」
「いや別に?」
くっ……と喉の奥で笑いをかみ殺す。イリッツァであれば気恥ずかしさに頬の一つでも染めるのだろうが、案の定今に比べて感情の起伏の乏しいリツィードはそんな表情はしてくれない。だが、そんな親友の様子が懐かしくて、無性に可笑しくて、カルヴァンは笑いを堪えられなかった。
「わ、笑ってんな……!」
「くくっ……悪いな。俺は意外と、俺が思っている以上に昔から、お前に愛されていたらしい」
「あ、愛っ……!?き、気色悪っ!!!なんだそれ!」
ぞわっと顔を青ざめさせて叫ぶリツィードは、最近の女らしい反応を覚えたイリッツァの様子からは考えられないくらい、十五年前の記憶通りの反応だ。それがまた貴重で面白くて、カルヴァンは再び喉の奥で小さく笑う。
「お前は呼んでくれないのか?」
「えぇぇ……何お前、ほんと今日どうしたんだよ、気味悪い……」
ドン引きしている顔で、リツィードは悪童の笑みを浮かべる親友を見やる。
くくっ……と再び笑ってから、カルヴァンは目を眇めた。
「いいだろ。――久しぶりに、お前がそう呼んでるのを聞きたい」
「は……はぁ?……いつも、寝るときとか、呼んでるじゃん」
「何だ、呼んでくれないのか。――せっかく、お前だけに呼ばせるって約束したのに」
ニヤ、と頬を歪めると、リツィードが「ぅっ……」と小さく口の中で呻く。
この時代から『ツィー』という呼び名にこだわっているというのなら――カルヴァンが『友人になる証』として与えた彼の呼び名にも、こだわっているはずだった。
リツィードは口の中でぶつぶつと何か不満を呟くが、そんなのは彼なりの照れ隠しだとわかり切っている。――長い付き合いというのは、本当にこういうとき、便利だ。
ごにょごにょと照れ隠しをするリツィードをニヤニヤと大人の余裕で待つ。相手は思春期真っ盛りの男だが、こちらは精神年齢三十路越えだ。微笑ましさすら持ってそれを待つ余裕くらいある。
そんなこちらの余裕に逃げられないと観念したのか、リツィードはゴホン、と一つ咳ばらいをした。
「――――ヴィー」
「……あぁ」
ふ……と思わず口の端から笑みがこぼれる。
「……懐かしいな。凄く、懐かしい」
「えぇぇ……そ、そんな言うほどじゃねぇだろ」
「いや、久しぶりだ。――十五年ぶりに呼ばれた気がするくらい、久しぶりだ」
「はぁ???」
思い切り訳が分からない、という顔をしたリツィードには答えず、鼓膜に届いた響きを噛みしめる。
毎日聞いている、可愛らしい鈴を転がす美声で呼ばれるのとは違う声音。
低く響く、幼いころから慣れ親しんだ、親友の声がそう呼ぶのは――もう、現実世界では逆立ちしたって叶わない。
「ツィー」
「な、なんだよ、もう……い、嫌じゃないけど、む、むずむずする」
居心地悪そうにもぞ、と尻を動かして姿勢を正したリツィードに笑って、カルヴァンは口を開く。
「今のお前に俺が伝えておきたいのは、一つだけだ」
これは、あり得ない、『もしも』の世界。夢から覚めれば、霧散してしまう儚い世界。
それでも、イリッツァと再会するまでのカルヴァンにとっての、理想の世界でもある。
「俺は、お前が何者であっても、お前を嫌いになることだけはない」
「ぇ――――?」
「神様なんか信じちゃいないから、何に誓えばお前が信じてくれるかわからんが――それでも、これだけは、誓ってやる。これから先の生涯、何があっても、俺がお前を嫌いになるなんてことはあり得ない。お前が、俺の大嫌いな聖職者になるとか、光魔法を使うとか――実は聖人だったとか言われたとしても」
「――――……」
「どうせ、お前がどんなに不幸に向かって突き進もうが、独りになろうと足掻こうが、俺は絶対に認めない。何したって俺からは離れられないんだから、いい加減観念しろ。――何かあったら、話せ。ちゃんと、考えてやるから」
十五年前――リツィードが死んだあと、どうしたらこんな事態を防げたのかと答えのない問いを繰り返した。
その答えを、十五年も経ってから、本人から、もらった。
種明かしをされれば、そんなくだらないことかと呆れたが――それでも、きっと、今のリツィードにとっては、何よりも深刻な悩みだったのだろう。
「な、なんだよそれ……お前、今日、ほんとにおかしいぞ……?」
「そうか?――まぁ、今日だけだ」
いっそ、これが現実だったら、どれだけよかったことだろう。
現実世界だと認識しているあの世界こそが夢で、今、この瞬間が現実だったなら――
今、目の前にいる親友は、あんな風に、独り寂しく苦しい最期を遂げることなどなく、こうして軽口をたたき合いながらの毎日を暮らしていく。カルヴァンは、騎士などと言う面倒な任に就くこともなく、気ままに毎日、その日の気分で自由に生きる。――ただ、リツィードの隣で、いつまでも。
イリッツァ・オームという少女が十六歳になったあの世界こそが幻想で――
「――――――――いやちょっと待て、よくないな」
はた、と我に返って呟く。
リツィードが目の前で怪訝な顔をした。
「っていうか、寝てる場合じゃないだろう、俺」
「は……?」
「せっかく、やっと素直になったかと思っていたのに――」
カルヴァンの記憶にある最新の記憶は、イリッツァの十六歳の誕生日――聖人祭と呼ばれるあの日だ。
初めて、その日を心穏やかに迎えられた。その感謝もあり、彼女の誕生日を寿いだ。
それなのに――逆に、とんでもないサプライズプレゼントをもらった。
(……そうだ、寝てる場合じゃない)
最後にもらった特大のプレゼントは「今日だけ特別」という訳の分からない条件付きだったため、「眠りに落ちるまでは今日までだろ」と丸め込んで、明け方近くまでイリッツァを眠らせず何度も愛の言葉を言わせたはずだ。「いい加減寝ろ!」と怒られた記憶が、うっすらと最後の方にある。
「……あぁ…なんか、大体わかってきたぞ……」
珍しく、自分がこんなにもゆっくりといつまでも夢を見ていること自体がおかしいと思っていた。――たいてい、ほんの少しの物音でも起きるはずなのに。
「チッ……魔法でもかけられたか」
大いにありうる。仮に本当に寝落ちたのだとしても、先に起きた彼女が、前夜に何度も愛を囁いたことを思い出し、カルヴァンにどういう顔をしていいかわからなくて恥ずかしくなって魔法をかけたという展開も、大いにありうる。
(もしもあの世界が夢で、これが現実だなんてことになったとしたら――俺は、生涯、あの世界一の美女を独り占めして堪能できないってことだろう。――いや、やっぱりそれはだめだ。それだけはだめだ。そもそも、まだ一度も抱いてない。あり得ない)
十六歳の誕生日で満足している場合ではない。――十七歳の誕生日を、一刻も早く迎えて悲願を達成しなければならないというのに。
「……変なヴィー。どうしたんだよ、ほんとに」
リツィードが、思い切り怪訝な顔でこちらの顔を覗いてくる。
「悪いな、世界一の美女が待ってることを思い出した」
「はぁ?――なんだよ、今度はどこの誰だよ。どっかの貴族のお嬢様とか?……もうお前の女好きは不治の病みたいなものだと思ってるから何も言わないけど、頼むから俺を面倒ごとに巻き込むなよ?」
当たり前だが、リツィードからは嫉妬の欠片も感じない。気安いかつてと変わらないやり取りに、懐かしさを感じて思わず吐息で笑う。
たまになら、こんな世界を味わうのも悪くはない。
――――帰る場所は、結局、あのどこまでも可愛くいじらしい美女の隣なのだとしても。
ふ……と瞳を開けると、見慣れた屋敷が目に飛び込んできた。夢の中で目覚めたときと同じく、もう昼過ぎらしい。
「……やっぱり、アイツ……魔法かけて行きやがったな……」
目覚めた時点で空になっている腕の中を見下ろし、寝起きの少しかすれた声で不機嫌に呻く。
些細な物音でもすぐに目覚めるカルヴァンが、しっかりと腕の中に抱きしめて眠った少女が抜け出したことに気づかないまま眠り続けるなど、絶対にありえない。どう考えても、無理矢理起きないように細工をされたとしか考えられなかった。
むくり、と身体を起こして軽く肩を回す。――夢の中と違って、寝起きの身体が強張っているように感じるのは、あのころと違って、一晩中女を抱きしめて眠るなどという、当時からは考えられない習慣のせいだろうか。……ただの歳のせいかもしれないが。
とりあえず着替えようと自室へと向かうと、なぜか先客がいた。
「わ!びっくりした……!起きたのか」
「あぁ。おはよう、ツィー」
「おはよ、ヴィー。――って、もうそんな時間じゃないけどな」
ははっ……と吐息を漏らすように笑うのは、あのころと変わらないが、目の前にいるのは、やはり何度見ても世界で一番かわいい未来の嫁だ。たとえ夢と同じ返事が返ってきたとしても、その桜色の唇から洩れるのは、鈴を転がすような美声に他ならない。記憶の中にある低い男の声とは似つかないそれに、現実に戻ってきた実感がわき、ほっと隠れて安堵の息を吐く。
「……っていうか、お前、魔法かけただろう」
「ぅ゛っ……!」
「よくもやってくれたな」
「そ……それは……」
ごにょごにょ、と口の中で何か言い訳を呟くイリッツァは、気まずそうに眼を泳がせている。白銀の長い睫毛が、せわしなく何度も上下して、可憐な美少女の不安げな表情を煽った。
「やれやれ……洗濯も、ちゃんと一緒にやるって言っておいただろう」
「こ、これは、別に……そ、その、疲れてるだろうって思って……えっと……」
イリッツァの手には、騎士団長のマントらしき赤い布が握られている。煤で汚れていたはずのそれが綺麗になっているところを見るに、どうやらすでに洗濯は終えられてしまったようだ。クローゼットにしまおうとカルヴァンの私室にやってきたところに遭遇したらしい。
「もう乾いたのか?早すぎないか?お前、人のこと寝かせておいて、自分は寝てないとかないだろうな……?」
むっと不機嫌を露わに問い詰める。今の季節は、冬の入り口だ。稀に初雪が観測されることすらあるこの時期に、いくら昼過ぎとはいえ、すでに洗濯物が綺麗に乾くとは信じられない。イリッツァとカルヴァンの二人分の洗濯をして、そのあとに干したとなると、イリッツァはいつ起きだして洗濯を開始したというのか。
「あ、いや、さっきリアムが通りかかって、お前に渡しておいてほしいって言われた書類持ってきて――ちょうど洗濯終わったところだって言ったら、風の魔法で乾かして行ってくれたんだよ。あいつ、めっちゃいいやつだな」
「……なるほど」
これはきっと、明日、職場で、「聖女様に洗濯をさせるなんて何事ですか!!!?それも、二人分も!!!そのうえ、自分は寝てるとか、団長は神罰が怖くないんですか!?」と小言を叩かれるコースだろう。今のうちから面倒を覚悟して、苦虫をかみつぶすような顔になる。
「……念のため聞くが、お前の下着は見られてないよな?」
「ばっ……阿呆!!!部屋に干してるに決まってるだろ!!!だからまだ乾いてねぇよ!」
「よかった。――明日、兵舎で火の手が上がるところだった」
過去の経験則で最近のイリッツァの服の上から見える身体のラインや触れ心地から推察するに、彼女が身に着けているのは、ランディアと一緒に買いに行ったという新しい下着のはずだ。年頃の女性らしく色っぽく美しいデザインの下着を、あの男社会にまみれて生きてきた童貞に見せるなど、その場で鼻血を噴かれてもおかしくはない。帰ってから、その下着をイリッツァが身に着けているところを妄想するくらいのことはされそうだ。――そんな事態になれば、問答無用で燃やす。記憶中枢を燃やす勢いで遠慮なく頭部を燃やす。
「そういえば、夕飯はどうする。……何か、リクエストがあれば受け付けるが」
「え――作ってくれんの!?」
「そういう約束だったろう。――昔から」
苦笑して告げると、ぱぁっと嬉しそうにイリッツァの顔が輝く。
「えっと……うーん……うわ、悩むな……!お前に誕生日に作ってもらうのなんて、すげぇ久しぶり……!」
「……まぁ、十五年ぶりくらいだからな」
普段も、カルヴァンが休みであれば料理を作ることはよくあるが、誕生日に、わざわざリクエストをして作ってもらう、という経験は一年に一度だけだ。目を輝かせつつも、悩んで決められない様子のイリッツァに、苦笑してカルヴァンは口を開く。
「何でもいいなら、お前に作ってやろうかと思ってた料理がある」
「えっ!?嘘、何それ!?食べたい!」
「割と好き嫌いが分かれる味付なんだが――まぁ、お前は多分食ったことないだろうと思う」
「食べたい!お前の作った飯で、旨くなかったこと一回もないし!……じゃあ、今日の夕飯はそれで!」
「やけにあっさり決めるな……まぁいい。じゃあ、後で買い出しに行ってくる」
せめて料理名や食材くらいは聞いてから判断しても良いのでは、と思ったが、本人が何やら嬉しそうなので苦笑して受け入れる。
「あー、今から楽しみ……!よし、目一杯腹空かせとこ!今日は鍛錬キツめにしようかな……!」
「それはほどほどにしてくれ」
クローゼットにマントを仕舞い込みながらウキウキとする背中に、呆れた声を飛ばす。――背中から全身で嬉しそうにしているのは、夢の中で見た光景とやはりあまり変わらない。
「――……ツィー」
「ん?」
呼びかけると、夢の中とは異なり、驚くこともなく当たり前のように振り向く。パッと美しい白銀の髪が舞うように散った。
「愛してる」
「はっ……!?」
ぼふっ……
何の脈絡もない愛の告白に、一瞬で雪のように白かった肌が真っ赤に色付く。
「な――ななななんだよ急に!!!」
「お前は?」
「はっ……はぁあああ!!?」
「昨日は言ってくれただろう。――お前は?」
「っ――あれは昨日だけだって言っただろ!馬鹿!!!」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるカルヴァンに、唐突な告白の意図を理解して、イリッツァは叫びながら婚約者の腹にパンチをお見舞いする。
くっ……と喉の奥で笑いをかみ殺して、カルヴァンは舞い散った銀髪を捕まえてさらりと手触りを堪能する。堪らない手触りは、今日も変わらず彼の独占欲を満たしてくれた。
「……思うんだが、来年の誕生日にいきなり本番って言うのは、お前も辛いんじゃないか?」
「はぁっ!?」
「というわけで、徐々に慣らしていくためにも、今日からは――」
「真昼間っから何言ってんだお前は!!!!口を閉じろこの下半身暴れ馬野郎!!!!」
べふっ……と手にしていたタオルで顔をはたかれて、カルヴァンは口を閉ざし、くくく、と喉の奥で笑いをかみ殺した。
「来年の本番は誕生日なわけだから、最中は好きだとか愛してるだとか言ってくれるわけだろう?――あぁ、想像するだけでヤバいな。堪らない。その妄想だけで何回でも抜ける」
「ばっ……!!!お前聖女の前でなんつーこと言ってんだド阿呆!!!今すぐリアム呼び戻すぞ!!?」
赤い顔から一転、ドン引きで顔を青ざめさせて、キャンキャンと吠える姿すら愛しく思えるから不思議なものだ。
カルヴァンは後ろでわーきゃー叫んでいる婚約者の可愛らしい美声を聞いて、口元に人を食ったようないつもの笑みを浮かべながら、まずは約束のリクエストに応える買い出しに向かうため、クローゼットに向かうのだった――
【番外編】英雄カルヴァン・タイターの日常~今日も俺の嫁が最高に可愛い~ 神崎右京 @Ukyo_Kanzaki
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